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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第97話「放鬆」(ファンソン)


 リニューアルオープンに向けた準備は、着実に進んでいた。


一階で営業していた焼肉屋は、近場の新店舗へ移転。空いた旧店舗は改装され、二階の接客店と合わせて経営を分離する予定になっている。


リュウジィは一日おきに両方の店を回り、工事の進み具合を確認していた。とはいえ、見る場所はそこまで多くない。職人たちへ軽く声を掛け、内装や厨房の状態を確認すれば終わりだ。両方回っても、一時間も掛からない。


だから余った時間は、自然と鍛錬に使っていた。

 

昼下がり。旧市街外れの石畳広場には、乾いた風が流れていた。昼間でも人通りは少ない。端の方では、荷車引き達が休憩しながら酒を飲み、露店商達が雑談している。


そんな広場の一角で、リュウジィはゆっくりと身体を動かしていた。

 

最初は五行拳。

劈拳、崩拳、鑽拳、炮拳、横拳。


次に十二形拳。

龍、虎、馬、鼉、鶏、燕――。

さらに五行連環拳、八式拳、雑式捶。最後に形意拳総合套路。


順番は毎回変わらない。

 

最初は極端にゆっくり。太極拳のように、どの筋肉が動き、どこから力が伝わっているのかを確認する。肩。肩甲骨。股関節。背骨。全身を一本に繋げるように意識する。

 次に発勁。一撃放ち、止まる。再び放ち、止まる。身体のどこにも力みを残さず、瞬間だけ爆発させる。

 そして最後。動きを寸断せず、流れるように繋げながら発勁する。

 静と動。脱力と爆発。相反するものを同時に成立させる。

 タツヨは腕を組みながら、その様子をじっと見ていた。


「……なぁ」


「ん?」


「俺のボクシングに何か取り入れられないかな?」


リュウジィが動きを止める。タツヨは少し考え込むように言った。


「何か俺を見て、気付いた事ない?」


「(首を振りながら)現世で日本チャンピオン経験者に、単なる武術愛好家だった俺が言う事なんて無いよ」


「いいから」

 

タツヨは苦笑する。


「何かあったら言ってくれないかな?」

 

リュウジィは少しだけ考える。


「……あくまでも中国武術的な意見ね」

「おう」

「毎日時間を掛けて、肩と肩甲骨をゆっくりストレッチする」


「肩甲骨?」


「柔らかくするんだよ」

 

リュウジィは肩を回しながら続ける。


「で、パンチを撃つ瞬間はリラックスする」


「リラックス?」


「触れた瞬間だけ爆発するイメージ」

 

タツヨが眉を寄せる。


「なるほど、それで何が変わる?」


「簡単に言うと無駄な力みを無くす事で、足の裏から生み出した床反力を滞りなく全身に伝えることが出来る」


リュウジィは軽く地面を踏む。


「タツヨはそれだけ腕太くて筋肉も凄いから、もっとパワーをコントロールするように撃ってみたら?」


「リラックスするって事か?」


「そう。だらしなく力を抜くんじゃなくて、余分な力みをなくし、心身をリラックスさせつつも、いつでも動ける状態を保つ。中国武術では放鬆――ファンソンって言うんだけど」


「おい、ちょっと難しいよ」


「タツヨのファントムストレートは撃つ時、かなりリラックスしてるよな?」


「……まぁな」


「全弾あれを撃てるようにするんだよ。ジャブもフックもアッパーも」


「イメージ何となくわかった。練習してみるよ」


「パンチを撃つ時に、"決めてやる"って力まないで、淡々と当てる」

 

タツヨは小さく笑った。


「(腕を組みながら)……面白いな、中国武術」


「理論はかなり変態的だよ」


「お前が言うと説得力あるわ」

 

その時。


「オーナー」


広場の入口から、カエデの声が聞こえた。リュウジィが振り向く。そこにはカエデと、一人の栗色の髪の少女が立っていた。


「連れて来ました」

「ん?」


リュウジィは軽く首を傾げる。漆黒のチャイナ服が、陽光を受けて僅かに金色の筋を浮かび上がらせる。


リッカは思わず目を奪われた。見た事のない服だった。貴族とも違う。騎士とも違う。なのに妙に存在感がある。


「この子、店で雇いたい子です」


「あぁ、なるほど」


リュウジィは納得したように頷いた。リッカは困惑したまま、リュウジィを見る。


「……誰?」

「オーナーです」

「…………え?」


リッカはもう一度、リュウジィを見る。若い。どう見ても若い。

「(リュウジィを指差しながら)……年下じゃん」


「リッカ」

 カエデの声が低くなる。

「オーナーに対して、その口の利き方はやめなさい」


「え、いや……だって」


「やめなさい」

 リュウジィは苦笑した。


「別にそこまで気にしなくていいよ」

「ですが」

「いいって」

 リュウジィは軽く肩を竦める。


「初対面なら普通の反応だし」

 横からタツヨが笑う。

「まぁ見た目で信じられないのは分かるけどな」


「それで?」

リュウジィがカエデを見る。


「何かあった?」


「借金を抱えていましたので、15000ゴルド程貸しました」


「へぇ」

 

リュウジィは特に驚いた様子もなく頷く。


「店の方、任せられそう?」


「問題ありません」


「じゃあいいんじゃない?」


リッカは、目の前の男をもう一度見た。若い。軽そう。なのに。カエデが絶対の信頼を向け、タツヨが対等に話し、15000ゴルドを必要経費みたいに流す。


「……意味わかんない」

 

リュウジィは苦笑した。


「(軽く手を振りながら)まぁその辺は、そのうち慣れるよ」

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