第94話「逆の生き方」
初めての冒険者活動は、帰りは何事もなくキングス・フォーンに着いた。ジャスパーがふろむ・えーの依頼料だけはどうしても受け取ってくださいと言うので、俺とタツヨはそれを受け取った。
別れ際、気紛れな旅団の三人と御者の四人が何度も頭を下げて見送った。
朝の街は活気付いていた。朝日が建物の隙間から差し込み、行き交う人々の影を路面に長く伸ばしている。挽き割られた穀物や干し肉の匂いが微かに漂い、家畜を引く男たちの威勢の良い怒声や、開け放たれた窓から漏れ聞こえる生活音が混ざり合って、街全体が忙しなく動き出していた。
並んで歩くタツヨが、そんな喧騒の中でこちらを見た。
「依頼なのに旅行みたいな感じだったな。お前、このまま家に帰るか?」
「いや、ちょっと武器屋に行こうと思って」
「何か欲しい物あるのか?」
「ヴァルカリア兄弟用にミスリルのサーベル注文しようと思って」
「(足を止めて)お前面倒見いいね。お前見てると、何で現世で店潰したのかわからん」
「この世界に来て、現世とは逆の事やってるんだよ」
俺が足を止めると、タツヨもつられて立ち止まり、こちらを向いた。
「逆の事?」
「現世で俺は店が儲かると、自分さえ良ければいいって思ってた。キャストや従業員には給料を払ってるんだから、それ以上のこと別にしなくていい。面倒なことや嫌な事はなるべくやらないで、好きな事だけやって人生逃げ切ってやろうと思ってた。でも、それが無理だとわかった時はもう遅かった」
「タツヨはボクシングで日本チャンピオンになってるんだから凄いよ。俺とは違うよ」
照れくさそうにふいと視線を逸らして、短く鼻を鳴らした。
「(顔を背けたまま)そうかよ。別に強くなりたい、認められたいってやってただけだ」
「謙遜するなよ」
「(背中を叩いて)うるせえ。さっさと行くぞ」
背中を叩かれて、二人は再び歩き出した。
武器屋へ向かう前に、予定していた靴屋へ寄った。重い木の扉を押して入り、棚に並ぶ靴を一つ一つ確認して一足を選び、ゴルドを払って会計を済ませた。
店を出ると、包みを脇に抱えた俺を横目に、首を傾げた。
「何で靴なんて買ったんだ?」
俺は履いている靴を片足だけ浮かせて見せた。
「このヒヒイロカネ入りの靴は転生したアグニ村の鍛冶屋と靴屋の合作なんだけど、ヘタって来たから武器屋で手入れして貰おうと思ってさ。やって貰えるかな?」
歩きながら、声が返ってきた。
「大丈夫だろ?ただメンテナンスって言葉は通じないから、整備とか手入れって言えばいいんじゃない?」
石畳が続く街路を進むにつれ、朝の喧騒は一段と増していった。荷車を引く人々の足音と遠くから響く槌音が混ざり合う中、目的の店は職人街の一角に構えていた。前にバッドのミスリルの剣を注文して作ってもらった店だ。
俺は入り口の扉を指さした。
「ほら、印があるじゃん」
「印?」
扉には薄く菱形の印が彫り込まれていた。
「ドワーフの所で修行しましたって印だよ」
「そうなんだ。だからあの剣も出来が良かったんだな」
黒ずんだ鉄の看板が風に揺れ、焼けた金属の匂いが漂ってくる。二人は扉の取っ手に手をかけた。
中に入ると、武具特有の油と冷たい鉄の匂いが鼻を突いた。所狭しと剣や槍、防具が並び、奥の鍛冶場からは規則正しい槌音が響いている。
カウンターに近づくと、奥から初老の店主が顔を上げた。バッドの剣を頼んだ時に一度会った男だ。厚い革エプロンを身に着け、灰で汚れた手で金具を磨いていた。
「お久しぶりです」
「(手を止めて)おお、久しぶりじゃのう。リュウジィじゃったか?で、今日は何か欲しい物があるのか?」
「ミスリルで両手持ちのサーベルを二本お願いしたいんですが」
「ミスリルのサーベル?勿論出来るが、なにか希望はあるかな?」
店主が筆を手に取った。俺は少し考えてから続けた。
「ポンメルを付けて、そこに狼の彫刻を入れてよ。後は任せます」
「(ニヤリと笑って)この前のロングソードと同じじゃな?任せとけ」
「それとこの靴ちょっとヘタってるんだけど何とかならないかな?」
俺は履いている靴を脱いでカウンターに置いた。店主はそれを受け取り、手慣れた手つきで革の質や縫い目を確かめ、逆さまにして内部を覗き込んだ。
「(靴を裏返したまま)……おい、お前さん。この仕込み方は……ヒヒイロカネ(緋緋色金)か?こんな所に希少金属を惜しげもなく使う奴がいるなんてな。驚いたよ、随分と贅沢な代物だ」
店主は靴を手にしたまま顎に手を当て、しばらく考え込んだ。
「ヒヒイロカネを扱える職人となると、俺の知り合いの靴屋に話を通さんといかん。少し時間が掛かるが、構わんか?」
「お願いします。何日くらいかかりますか?」
「(顎を撫でながら)そうじゃな……一週間は見ておいてくれ」
「わかりました」
俺は靴をカウンターに預け、タツヨと並んで店を出た。朝の職人街に、槌音が響いている。特別なことは何もない、ただの朝だった。それでも悪くない、と思った。




