第93話 お前やっぱりあぶない奴だな
リュウジィ、タツヨ、ジャスパー、オリオン、アミリの五人を乗せた四台の荷馬車は、荒野を抜け、いよいよ目的地である商業都市アメヨコへと到着した。
重厚な城門をくぐった瞬間、それまでとは肌を撫でる空気の温度も、耳に飛び込んでくる喧噪もガラリと一変する。
中世ヨーロッパ風の堅牢な石造りの街並みでありながら、通りには無数の露店が隙間なくひしめき合っていた。色鮮やかな衣服や生活日用品、さらには怪しく出所不明の魔導具や珍しい食材の山まで、所狭しと積み上げられている。
あふれかえる人々の熱気と生活の匂いが、巨大な街道を完全に埋め尽くしていた。
活気ある店先からは「安いよ!」「今だけだよ!」と、威勢のいい売り子たちの声が何重にも重なり合ってこだまし、足を止めた客たちが熱を帯びた値切り交渉を繰り広げている。
四台の荷馬車は、その圧倒的な活気の波を力強くかき分けるようにして、喧噪に満ちた大通りをゆっくりと進んでいった。
やがて一行を乗せた馬車は、大通り沿いにある目的の商会の重厚な建物の前へと到着する。
馬車がピタリと停止すると、待ち構えていたかのように商会の中から従業員たちが飛び出してきた。
慣れた手つきで荷台から荷物を次々と地上へ降ろし、きびきびとした動きで作業を進めていく。
その様子を見届けたオリオンとアミリの二人は、街道で入手したワイルドオーグの魔石を適正価格で買い取ってくれる魔石屋へ向かうと告げ、心なしか弾んだ足取りでその場から離れていった。
やがて全ての荷物が降ろされ、ガランとした荷台に代わって、従業員たちは続いて別の新たな荷物を馬車へと積み込み始めた。
新しく積まれた荷物の総量は、ここへ来る前に積んでいた量と比べると半分ほどであった。
それでも長旅の安全と重量のバランスを綿密に考慮し、従業員たちは荷物を偏らせることなく、やはり四台の荷馬車にそれぞれ丁寧に分けて積み込んでいく。
テキパキと進む荷積みの様子を満足げに見つめていたジャスパーが、次の出発までまだ時間に余裕があると仲間に告げた。
それを聞いたリュウジィは、どうせならとタツヨを誘い、商会の周りに広がる異世界の街並みを二人でぶらつくことにした。
雑踏の中、二人は行き交う人々の肩を避けながら、怪しげな露店が連なる通りへと足を踏み入れた。
道の両脇にせり出した軒先には、現世の魚屋の店頭のようになまめかしく並べられた正体不明の海洋魔獣の干物や、魔力を失い怪しげに青白く発光する型落ちの魔導具が、売り子の野太い怒鳴り声とともに雑然と並べられている。
ふと、二人の目の前を、人間の背丈の倍はあろうかという巨大な木箱を肩に担いだ労働者たちが、荒い息を白く吐き出しながら足早に横切っていった。
異世界ならではの圧倒的な肉体労働の光景に、リュウジィは足取りを止め、じっとその姿へ視線を注ぐ。
「なあタツヨ、あの背が低くてやたらガタイがいい奴ら、何だ?」
好奇心を隠せない声音で尋ねるリュウジィの横で、タツヨは横切っていく労働者たちの屈強な背中を目で追いながら答えた。
「あれはドワーフだよ」
「ドワーフか。初めて見たな」
「力仕事じゃかなり重宝されてるらしいぜ。手先も器用だから、この世界の業物や防具は、大抵あいつらが作ってるんだよ」
プロの職人としての敬意を込めて語るタツヨの言葉に、リュウジィは感心したように相槌を打つ。
「へえ、そうなのか。キングス・フォーンとアズマリアの武器屋は普通の人間だったけどな」
納得いかないといった表情を浮かべるリュウジィに対し、タツヨは歩みを緩めることなく、わずかに首を横に振った。
「あそこらは人間の街だからな。でも人間の職人で腕のいい奴は、大抵ドワーフに習った経験があるらしいぜ。本当にいいやつは、やっぱりドワーフの技術が元になってるんだよ」
文化の繋がりを実感しながら、リュウジィとタツヨは雑多な活気に満ちた光景へ視線を向けつつ、歩みを進めた。
耳をつんざくような怒号と喧騒の中を並んで歩きながら、ふと懐かしさを覚えたのか、リュウジィが声を弾ませる。
「活気あるな、現世の上野のアメ横に似てるよな」
隣を歩くタツヨは、道すがらの奇抜な商品を並べる露店に視線を流しながら、クスリと笑って返す。
「上野のアメ横って言えばさ、インチキバッグ屋知ってるか?」
「インチキバッグ屋?」
聞き返すリュウジィの顔には、微かな面白がりと共感が浮かんでいる。
「本日最終日です。これがチャンスです。本日最後の大売り出しですって言いながら、また次の日になると、本日最終日ですってバッグ売ってるんだよ」
その絶妙すぎるローカルネタに、リュウジィは思わず足を止め、身を乗り出すようにして同意した。
「それわかるよ!空港でもさ、東京ばな奈がたまに限定のお菓子売るんだよ。それが人気があると同じように、本日最後ですって三日ぐらい売ってるんだよ」
ありふれた日常の一幕のようなそのやり取りに、二人は顔を見合わせて腹の底から笑い合った。
しばらく活気あふれる異世界の街を気の向くままにぶらついた後、二人が約束の商会の前に戻ってくると、すべての用事を完璧に終えたオリオンとアミリが、すでにそこで静かに待っていた。
帰ってきた二人の姿を認めたオリオンは、パッと顔を輝かせ、タツヨに向けて嬉しそうに声を弾ませる。
「タツヨさん、ワイルドオーグの魔石四十万ゴルド(日本円で四百万円)で売れましたよ」
オリオンはそう言いながら、手元にあるずっしりと重そうな金貨の束から、ちょうど半分にあたる二十万ゴルドの束を丁寧に作り、タツヨへと手渡した。
突然の大きな報酬を目の当たりにしつつも、タツヨは微塵も動じることなく受け取る。
「ありがとう。それじゃこれ」
タツヨは受け取ったばかりの二十万ゴルドの中から、一切の迷いなくすっと十万ゴルドの束を取り分けると、それを目の前にいるオリオンへと真っ直ぐに差し出して返した。
予期せぬ行動に、手元に再び戻ってきた金貨の重みを感じながら、オリオンは目を丸くして硬直する。
「えっ? これは一体?」
戸惑い隠せないオリオンの目をじっと見据え、タツヨは低く落ち着いた声で告げる。
「これで三人で一人十万ゴルドになるだろ? 取っときなよ」
「しかしそれは……」
自分の分け前を不当に奪うわけにはいないと、生真面目なオリオンは必死に首を振って恐縮する。
その頑なな様子に、見かねたリュウジィが温かい笑みを浮かべて言葉を添えた。
「いいから、いいから貰っちゃいなよ」
リュウジィの気さくな言葉に背中を押され、これ以上は拒めないと悟ったジャスパー、オリオン、アミリの三人は、その場できちんと背筋を伸ばして姿勢を正し、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
仲間たちの清々しい表情に満足したように頷くと、タツヨはさらに、自分たちの旅の安全と移動を懸命に支えてくれた四人の御者たちの方へと歩み寄った。
「この十万ゴルド、四人で分けなよ」
分け隔てのない気風の良さを見せながら、タツヨはそう言って、御者の一人の硬い手のひらに十万ゴルドをしっかりと手渡した。
予想もしなかった大金という思いがけない臨時収入を受け取った御者の四人も、胸を熱くさせ、感激した面持ちで深々と頭を下げた。
こうしてすべての用事を滞りなく済ませた一行は、それぞれの胸に心地よい温もりを抱きながら、再び四台の頑丈な荷馬車を走らせて商業都市アメヨコの喧騒を後にした。
堅牢な城門をくぐり抜け、アメヨコへとやって来た緑豊かな街道を、馬車は静かに復路へと戻り始める。
帰りの道中、馬車に乗るメンバーの配置は行きとは少し変わっていた。
先頭の馬車にはジャスパーが単独で乗り込み、二台目の馬車にはオリオン、三台目の馬車にはアミリがそれぞれの責任を背負って乗り込んでいる。
そして最後尾となる静かな四台目の馬車に、タツヨとリュウジィの二人が並んで腰を下ろしていた。
ガタゴトと規則正しく揺れる馬車の木板の上で、リュウジィは窓の外に広がるのどかな原野の景色を穏やかな眼差しで見つめながら、ポツリと口を開く。
その声には、平穏な日常が戻ってきたことへの安堵が滲んでいた。
「結局大した事もなく、のどかな馬車旅行って感じだな」
隣で同じように揺られながら、タツヨも深く息をつき、同意するように大きく頷く。
「本当だよな。ちょっとだけデカい強くもないモンスターが出て来ただけだしな。やっぱりダンジョンとか行かないと面白くないかもな」
危険と隣り合わせの世界でありながら、どこか物足りなさを感じる少年のような瞳でタツヨが笑う。
「ダンジョンか、ダンジョンだと最低でも一週間ぐらいだろ?」
現実的な予定を思い浮かべながら、リュウジィは少し思案げに眉を寄せ、いま自分たちが抱えている責任に思いを馳せた。
「店が新店舗になって安定しないと無理だな」
そこまで言葉を区切ると、リュウジィはふと視線を横に向け、隣に座るタツヨの横顔を捉えて茶化すように話しかけた。
「タツヨって無茶苦茶好戦的だよな。ふろむ・えーでいきなり暴れるしさ」
指摘された本人は、悪びれる様子もなく、むしろそれが当然だと言わんばかりに胸を張る。
両方の拳を軽く握り、前方を見ながら即座に言い放った。
「当たり前だろ?現世じゃプロボクサーだから、当然試合以外で人の事殴れないしさ、日本チャンピオン程度の稼ぎじゃ生活出来ないから、バイトしてると、ボクサーって強いの?なんて茶化されてよ。この世界は喧嘩して、相手を殺しても罰はないから、使わなきゃ損だぜ!」
剥き出しの闘争心と、この世界だからこそ解放された欲望を屈託なく語るその姿に、リュウジィは呆れたような、しかしどこか深く共感するような複雑な笑みを浮かべた。
「お前はやっぱり危ない奴だな」
そう呟きながら、リュウジィは肩をすくめて苦笑した。
タツヨは遠くを見据えたまま、今度は相棒の心の内を覗き込むように言葉を続ける。
視線を右側の景色へ移し、タツヨはリュウジィへ言葉を投げかけた。
「お前だってこの世界に来て、形意拳使いまくりで、嬉しいだろ?俺達は現世じゃ大して役にたたない、鞘から抜かない刀一所懸命研いでたようなもんだからな」
その鋭い指摘に、リュウジィは胸の奥を突かれたような心地よい衝撃を受ける。
そして、前方を見たまま深く頷いた。
「それは当たり、やたら滅多ら弱い物イジメ的な事をするつもりはないけど、大好きな武術を遠慮なく使えるのは快感だよな」
抑え込んでいた情熱を解放できる喜びが、二人の間の空気を熱く満たしていく。
今度はタツヨがふと表情を和らげ、隣にいるリュウジィの方へとゆっくりと顔を向けた。
「リュウジィ……お前やっぱりあぶな奴だな、気をつけよう」
互いの胸の内に秘めた圧倒的な強さと狂気、そしてそれを共有できる仲間としての絆を感じ取り、二人は顔を見合わせて声を上げて爆笑した。
揺れる馬車の車輪の音が、彼らの弾むような笑い声を乗せて、夕暮れの街道の彼方へと心地よく溶けていった。
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