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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第92話 街道の闇を焦がす肉の香り




魔族の国のある一室。


 石造りの冷たい壁に囲まれた薄暗い部屋の奥で、異形の者が不気味な光を放つ大きめの水晶を、じっと見つめていた。


 額からは上へ向かって太い角が生え、肌は黒に近い褐色。耳は後ろへ向かって斜めに尖り、首から頬にかけては、まるで呪詛を刻み込んだかのようなおどろおどろしい複雑な模様のタトゥーが走っている。


 頭部には金色の髪が生えており、長さは肩に届かないミディアムショート。整った容姿をしているにもかかわらず、その異形の姿からは、人間とは明らかに異なる存在であることが見て取れた。


 不気味に揺らめく水晶の表面には、先ほどまで猛威を振るっていたワイルドオーグが、無残にも崩れ落ちる決定的な瞬間が生々しく映し出されていた。


 その光景を見つめる金髪の男の胸の内では、やり場のない怒りが渦巻いている。


 男は喉の奥から低い唸り声を漏らした。


「チッ……」


 吐き捨てるような舌打ちとともに、金髪の男は不機嫌そうに顔を歪める。石床を蹴飛ばしたい衝動を必死に抑え込むように、その肩がわずかに波打っていた。


 そんな金髪の男の背後から、足音もなく別の男が声をかける。


 声をかけた男も、角や褐色肌、タトゥーといった特徴やミディアムショートの髪型は金髪の男と全く同じだった。ただし、唯一異なるのは、その髪の色。こちらは鮮やかな赤色をしている。


 赤い髪の男は冷めた笑みを浮かべながら、面白がるような視線を金髪の男へ向けた。


「また人間の村や街にモンスターを出現させて、チマチマ人間を殺してるのか? 協定違反だぞ」


 仲間を煽るような軽薄な口ぶりに、金髪の男の焦燥感はさらに煽られた。額の血管がピクリと脈打つ。


 金髪の男は水晶から視線を離さないまま顔を歪め、吐き捨てるように言った。


「協定違反なんて関係ねえよ、上が勝手に決めた事だろ?」


 その言葉とともに、水晶へ向かって拳を叩きつける。


「何でゴミみたいな人間と仲良くしなきゃいけないんだ?」


 怒りに任せて放たれた拳が、硬質な水晶の表面を鈍い音を立てて打ち付ける。


 しかし、画面の中でワイルドオーグが無残に敗北したという事実まで変えることはできない。


 赤い髪の男は呆れたように小さく息をつくと、さらにからかうような声音で追撃した。


「あーこわっ! また折角送り込んだモンスターが魔術士か複数の人間に討伐されたか? 何人か殺せたんだろ?」


 その言葉は、金髪の男が最も触れられたくないプライドを容赦なくえぐり出した。


 歯噛みする音が、静まり返った部屋に小さく響く。


 金髪の男は顔を歪め、忌々しそうに吐き捨てた。


「魔術士でも複数の人間でもねえよ、たった一人に殺られた。あっと言う間に。クソッ、一人も殺せなかった」


 悔しさに全身を震わせながら、金髪の男は唇を噛み締め、血を滲ませる。


 その信じがたい事実を聞いた瞬間、それまで余裕の表情を貼り付けていた赤い髪の男の動きが、ピタリと止まった。


「どこぞの名のある剣士だろ?」


 信じられないといった様子で、赤い髪の男は目を細める。


 だが、返ってきた答えは、さらにその予想を斜めに裏切るものだった。


「武道家だよ。両手にアーティファクトのガントレット着けてやがった」


 その言葉を聞いた瞬間、赤い髪の男の表情から、ヘラヘラとした余裕が完全に消え去った。


 赤い髪の男は目を見開き、金髪の男へ顔を向ける。


「何? そんな戦闘力のある人間がいるのか?」


 静まり返った部屋の空気は、人間たちの知らぬところで、確実に不穏な波紋を広げ始めていた。



 場面は変わり、ワイルドオーグが倒された血腥い街道の現場。


 周囲には、先ほどまでの戦闘による緊張感がまだ残っている。


 しかし、それをよそに、ジャスパー、オリオン、アミリの三人は、地面に横たわるワイルドオーグの巨大な亡骸を囲み、手際よく解体作業を進めていた。


 飛び散る返り血を器用にかわしながら、それぞれが役割を分担し、巨大な身体から必要な素材を正確に切り分けていく。


 一方、タツヨとリュウジィの二人は、三人から手伝わなくていいと言われていたため、少し離れた安全な場所から、その作業の様子をのんびりと眺めていた。


 やがて、分厚い肉の塊を切り分けていたアミリが、その頑丈な体組織の中から眩しく光る塊を見つけ出した。


 彼女の瞳が、驚きにわずかに見開かれる。


 アミリはそれを取り出すと、安堵したような表情を浮かべながらタツヨのもとへ歩み寄った。


「タツヨさん、魔石を見つけました」


 差し出された眩い光を放つ魔石を一瞥すると、タツヨは面倒臭そうに片手をひらひらと振った。


「俺は別にいらないから、あげるよ」


 あまりにも欲のない言葉を聞き、解体作業の手を止めていたジャスパーとオリオンも思わず顔を上げる。


 三人は一様に戸惑いの色を隠せず、困惑した表情を浮かべた。


 ジャスパーは、高価な魔石を簡単に譲ろうとするタツヨを前に、プロの冒険者としてのプライドと、そのあまりの高価さへの気後れから、必死に辞退する。


「いや、自分達は何もしていませんし、ワイルドオーグの魔石は高価なものです。さすがに貰えません」


 だが、当の本人はどこ吹く風といった様子で肩をすくめる。


 そしてポケットに両手を突っ込んだまま、改めて魔石を見つめた。


「うーん。でも、俺はいらないしな」


 タツヨがどうしても自分の取り分を受け取ろうとしないため、このままでは話が進まないと察したジャスパーは、額の汗を拭いながら必死に妥協案を口にした。


「じゃあ、アメヨコに着いた時にこれを売りましょう。その売ったお金の半分を受け取ってください。それならどうですか?」


 これ以上拒否するのも面倒だと言わんばかりに、ジャスパーの必死な提案にタツヨは少し考え込む。


 やがて、渋々といった様子で頷いた。


 ふと、そのやり取りを腕組みをして見守っていたリュウジィが、足元に転がる解体途中の獲物へ興味津々な視線を向ける。


「そのワイルドオーグの肉って美味いのか?」


 素朴な疑問を投げかけられたジャスパーは、血の付いた手を布で拭き取りながら、苦笑交じりに答えた。


「正直美味しくないです。美味い肉のモンスターって解体してる時に臭みがないんで。これ、けっこう新鮮なのに臭みがあるんですよ」


 その言葉を聞いた瞬間、リュウジィは露骨に顔をしかめ、両手をブンブンと振った。


「じゃあ棄てちゃいなよ」


 もったいないというよりも、不味いものを口にしたくないという子供のような素直な拒絶だった。


 ジャスパーは少し申し訳なさそうに視線を落とし、手元の肉を見つめる。


「昨日リュウジィさんとタツヨさんに頂いたアイテムボックスに、今日の分の食材はありますが、一応非常用にと思いまして……」


 その健気な言葉に、リュウジィは納得したように小さく息を吐いた。


(そっか。上級冒険者じゃないから、いつ食えなくなるかわからないもんな)


 旅の厳しさを知る者同士、心の中で深く頷く。


 すると、リュウジィはパッと表情を明るくさせ、提案した。



「その魔石、けっこうなお金になるんでしょ? だったらそんな肉、無理して取っておかなくてもいいじゃん。それに俺、持って来たよ」


 リュウジィは胸元から自身のアイテムボックスを軽やかに取り出すと、中に収納していた極上の肉を彼らに見せた。


 未知の気配を感じ取り、ジャスパーが思わず身を乗り出す。


「何の肉ですか?」


 弾むような声で尋ねるジャスパーに、リュウジィは得意げに笑ってみせた。


「キングオーグの肉だよ」


 その名称を聞いた途端、それまで冷静だったオリオンが文字通り飛び上がった。


「俺達、キングオーグの肉なんて高価すぎて食べた事ないですよ」


 興奮で瞳を輝かせる御者たちを見て、リュウジィは悪戯っこのように笑みを深める。


「タレも持って来たからさ、そっちの御者(ぎょしゃ:馬車を操縦する者)さん4人も一緒に食べようよ」


 思いがけない大盤振る舞いに、オリオンたちは耳を疑った。


「俺らいいんですか?」


 戸惑いながら問いかける御者に、リュウジィは太っ腹に胸を張って肯いた。


 その気前の良さに、アミリやジャスパーの顔にも、パッと花が咲いたような笑顔が広がる。


「さすが元水商売! 気が利くじゃん」


 タツヨがからかうように笑うと、リュウジィは少し誇らしげに鼻を鳴らして返した。


「当たり前だよ!」


 その一言で、張り詰めていた場の空気が一気に和んだ。


 三人はすぐにワイルドオーグの解体を途中で放り出すと、今夜の宴へ向けて急ぎ足で馬車に乗り込み、再び目的地へと車輪を走らせた。



 馬車がガタゴトと揺れながらしばらく進み、周囲の景色が完全に夜の闇に飲み込まれる頃、一行は街道の脇に安全な場所を見つけて馬車を止めた。


 待ちに待った夜の野営の準備が始まる。


 冷たい夜風が吹き抜け、周囲の気温が急激に下がってくる。寒さに身を震わせながらも、ジャスパーとオリオンは街道の脇にある手頃な平らな石を懸命に拾い集め、暖を取るための大きな火を力強く起こした。


 アミリもすぐに手際よく肉を焼くための鉄板や道具の準備に加わり、手慣れたつきで場を整えていく。


 やがて、パチパチと心地よい音を立てて燃え盛る炎の周りに、全員が輪を作った。


 冷え切った身体を炎の温かさにさらし、誰もがホッと息を漏らす。


 その傍らでは、網の上に置かれた極上のキングオーグの肉が、じゅうじゅうと音を立てながら焼き上がっていく。


 香ばしい匂いが夜の空気へ広がり、それだけで空腹を刺激する。


 そして、見事に焼き上がった肉を、ジャスパー、オリオン、アミリは待ちきれないとばかりに一斉に口へと運んだ。


 一口食べた瞬間、全員が「美味い、美味い」と感嘆の声を上げた。


 あまりの美味さに食べる手が止まらない。


 ジャスパーもオリオンも、口に肉を詰め込んだまま何度も激しく頷き、冷めるのも忘れて、次々と網の上の肉を自分たちの皿へと移していった。


 普段は冷静沈着なアミリも、この時ばかりは小さく息を吐きながら、至福の味を噛みしめるように肉を何度も口へと運び続ける。


 先ほどまでの緊張感が嘘のように消え、皆で美味い肉を楽しむ穏やかな時間が流れていた。


 旅の疲れも吹き飛ぶような美味さに食べる手は止まらず、用意された山のような肉は、あっという間に皆の胃袋へと消えていったのだった。





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