第92話 街道の闇を焦がす肉の香り
魔族の国のある場所。
薄暗い部屋の奥で、異形の者が大きめの水晶をじっと見つめていた。
その者の額からは、上に向かって太い角が生えている。肌の色は黒に近い褐色で、耳は後ろに向かって斜めに尖った形をしていた。首から頬にかけては、複雑な模様のタトゥーが施されている。頭部には金髪の毛髪が生えており、長さは肩に届かないミディアムショートだった。
水晶の表面には、ワイルドオーグが崩れ落ちる瞬間が映し出されていた。
「チッ……」
異形の者はそれを見て、不機嫌そうに激しく舌打ちをした。
その背後から、別の男が声をかけた。声をかけた男も、角や褐色肌、タトゥーといった特徴やミディアムショートの髪型は金髪の男と全く同じだったが、唯一, 髪の色だけが鮮やかな赤色をしていた。
赤い髪の男は冷めた笑いを浮かべながら、金髪の男に向かって話しかけた。
「また人間の村や街にモンスターを出現させて、チマチマ人間を殺してるのか? 協定違反だぞ」
金髪の男は水晶から目を離さずに吐き捨てた。
「(視線を水晶に向けたまま顔を歪め)協定違反なんて関係ねえよ、上が勝手に決めた事だろ?(水晶を拳で叩き)何でゴミみたいな人間と仲良くしなきゃいけないんだ?」
「あーこわっ! また折角送り込んだモンスターが魔術士か複数の人間に討伐されたか? 何人か殺せたんだろ?」
「(顔を歪めて忌々しそうに吐き捨て)魔術士でも複数の人間でもねえよ、たった一人に殺られた。あっと言う間に。クソッ、一人も殺せなかった」
その言葉に、赤い髪の男が眉をひそめた。
「どこぞの名のある剣士だろ?」
「武道家だよ。両手にアーティファクトのガントレット着けてやがった」
「(目を見開いて金髪の男に顔を向け)何? そんな戦闘力のある人間がいるのか?」
場面は変わり、ワイルドオーグが倒された街道の現場。
ジャスパー、オリオン、アミリの三人は、地面に横たわるワイルドオーグの巨体を囲み、手際よく解体作業を進めていた。タツヨとリュウジィの二人は、三人から手伝わなくていいと言われていたため、少し離れた場所からその作業の様子を眺めていた。
やがて、肉を切り分けていたアミリが体組織の中から光る塊を見つけ出した。アミリはそれを取り出すと、タツヨのもとへと歩み寄ってきた。
「タツヨさん、魔石を見つけました」
「俺は別にいらないから、あげるよ」
その言葉を聞いて、作業をしていたジャスパーとオリオンも顔を上げた。三人は一様に困惑した表情を浮かべる。
「いや、自分達は何もしていませんし、ワイルドオーグの魔石は高価なものです。さすがに貰えません」
「(ポケットに両手を突っ込み)うーん。でも、俺はいらないしな」
タツヨがどうしても受け取ろうとしないため、ジャスパーが妥協案を口にした。
「(視線を上げてタツヨを見つめ)じゃあ、アメヨコに着いた時にこれを売りましょう。その売ったお金の半分を受け取ってください。それならどうですか?」
ジャスパーの提案に、タツヨは少し考え込んだ後、渋々といった様子で頷いた。
「……わかった。じゃあ、そうしよう」
やり取りを見ていたリュウジィが、解体されている獲物に視線を向けた。
「(あごを少し引いて解体中の巨体を指差し)そのワイルドオーグの肉って美味いのか?」
問いかけられたジャスパーが、手を止めて答える。
「正直美味しくないです。美味い肉のモンスターって解体してる時に臭みがないんで。これ、けっこう新鮮なのに臭みがあるんですよ」
「(眉をひそめて手を横に振り)じゃあ棄てちゃいなよ」
「(手元のワイルドオーグの肉を見つめながら)昨日リュウジィさんとタツヨさんに頂いたアイテムボックスに、今日の分の食材はありますが、一応非常用にと思いまして……」
(そっか。上級冒険者じゃないから、いつ食えなくなるかわからないもんな)
リュウジィは納得すると、言葉を続けた。
「(胸元から自身のアイテムボックスを取り出し)その魔石、けっこうなお金になるんでしょ? それに俺持って来たよ」
リュウジィは胸元から自身のアイテムボックスを取り出すと、その入り口付近に収納されている肉を、少しだけ覗かせて見せた。
「何の肉ですか?」
ジャスパーが尋ねる。
「キングオーグの肉だよ」
その名称を聞いた途端、オリオンが声を上げた。
「(腰を浮かせて前傾姿勢になり)俺達、キングオーグの肉なんて高価すぎて食べた事ないですよ」
「タレも持って来たからさ、そっちの御者(ぎょしゃ:馬車を操縦する者)さん4人も一緒に食べようよ」
「俺らいいんですか?」
リュウジィが肯くと、その場にいる全員が喜びの声をあげた。
「さすが元水商売! 気が利くじゃん」
タツヨが言うと、リュウジィが返した。
「当たり前だよ!」
三人はすぐにワイルドオーグの解体を止めて、馬車に乗り込んで再び出発した。
しばらく進み、周囲が完全に暗くなった頃、一行は街道の脇に馬車を止めて夜の野営の準備を始めた。夜の風が吹き、周囲の気温が下がってくる。ジャスパーとオリオンは、街道の脇にある平らな石を拾い集め、暖を取るための大きな火を起こした。アミリもすぐに肉を焼くための準備に加わった。
火の周りで暖を取りながら、焼き上がったキングオーグの肉を、ジャスパー、オリオン、アミリは一斉に口へと運んだ。
全員が「美味い、美味い」と声を上げ、食べる手を止めない。ジャスパーとオリオンも、口に肉を詰め込んだまま何度も頷き、次々と網の上の肉を皿へと移していった。
アミリも小さく息を吐きながら、肉を何度も口へと運び、用意された山のような肉はあっという間に消えていった。




