第9話 独占供給の「儲け話」
ドナドさんと共に、俺は王都の北端にある巨大な精肉市場へ向かった。
案内された大型肉屋の貯蔵庫は、石造りの冷ややかな空間だ。壁に埋め込まれた魔石が淡い蒼光を放ち、庫内の温度を一定に保っている。
そこに鎮座しているのは、ドナドさんが闘技場で俺に店の売り上げを全額賭け、手にした配当で仕入れた『キングオーグの肉』だ。
「リュウジィ、これはお前が勝ってくれたおかげで手に入った最高級品だ。まずは自分でも食ってみろ。味を知らないと始まらないからな」
ドナドさんはそう言って、最高級の部位を俺に差し出した。
「……ドナドさん。これ、相当美味しいんですよね? もっと大量に仕入れられないんですか?」
俺の問いに、案内役の肉屋が首を横に振った。
「リュウジィさん、冗談はよしてください。キングオーグは体長五メートルを超える巨体。仕留めるには腕利きの狩人が二十人は必要だ。一度の狩りで死人が出るのも珍しくない。命懸けの数パーセントの幸運だけが、この肉を市場に運んでくるんですよ」
(五メートル? 『北斗の拳』の世界かよ。二十人がかりで死人が出るってのは、放っておけないね……)
店に戻り、俺はさっそく肉を焼いた。
この世界の五大珍味――その実力がどれほどのものか、まずは一人の客として、ただ純粋に味わってみる。
この世界の肉の焼き方は、芯まで火を通しすぎるのが主流らしい。寄生虫や腐敗を恐れてのことだろうが、俺は、自分が一番美味いと思う『ミディアム』でいく。
前世、俺の店にいたチーフを思い出す。帝国ホテルを「キャビアの横流し」でクビになったという、とんでもない訳ありコックだ。そいつの手つきを思い出しながら、炭火で適当に転がす。
表面をカリッと焼き上げ、溢れ出す脂が火に爆ぜる。暴力的なまでに美味そうな匂いが厨房を満たした。
(……うまい)
一口噛めば、肉汁がダムを決壊させたように溢れ出した。
この野性的で、かつ芳醇な脂の甘み。脳裏をよぎったのは、格安チェーンじゃない。
(……叙々苑かよッ!)
かつて店が死ぬほど儲かって、毎晩のようにアフターで通っていたあの高級焼肉の味。遊安通りを抜け、金に飽かせて食いまくっていたあの高級焼肉の味。それをさらにバケモノにしたような衝撃だ。
(……ああ、クソ。わさびだ。わさびが欲しくなる……! 脂の強いこいつに、本わさびをたっぷり乗せるか、あるいは粗塩とニンニクチップで食えたら最高なんだがな。だが、ここは異世界だ。そんなもん、あるわけないよな)
叙々苑……叙々……ジョジョ……!
脳内を謎の連想ゲームが駆け抜ける。
漲る力、震える拳。俺のスタンド(スキル)は「不器用」だが、この肉のポテンシャルを引き出す術は持っている。
(オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!)
身体の芯から熱が湧き上がる。この肉には、単なる旨味以上の「力」が宿っている。
(……これを、もし俺が安定して獲ってこれたら? これは、とんでもない儲けのチャンスかもしれないな)
食って感動したからこそ、新しい「稼ぎ方」がはっきりと見えた。
それから数日後。俺は思わぬ形で、その構想を前倒しすることになった。
「……悪いな、リュウジィ。もうカードが組めないんだ。実質……出禁だ」
闘技場の支配人が、申し訳なさそうに告げた。あまりに圧倒的すぎて、俺が出る試合には誰も賭けなくなってしまったらしい。
(……ちっ。いい稼ぎ口だったんだがな)
だが、俺はすぐに切り替えた。客が引いたなら、もう潮時だ。これからは、自分の拳で「最高級の商材」を獲りに行く。
「ドナドさん、予定変更です。悪いですが、しばらく店を空けますよ。……ちょっと、いい肉を仕入れに行ってきます」
驚くドナドさんを背に、俺はゆっくりと立ち上がり、拳に巻いた布を締め直した。
死人が出るような場所に、恩人を連れて行くつもりはない。
ただ、「確実に儲かる」という予感だけが、今の俺を突き動かしていた。




