第8話 初めての殺し合い
「始めッ!」
審判の合図と同時に、巨漢の剣士が突進してきた。
開始の合図も待てなかったのか、踏み込みが速い。剣士スキルで強化されたハルバードが、かなりの速度で俺の頭上へ振り下ろされる。
「ブン!」
観客席から悲鳴が上がった。
俺は反射的に、どうにか動いてそれを躱した。
(……わッ、やばっ!)
俺は一歩、斜め前へ足を踏み出した。
――践歩。
真正面に立っていたら、頭が割れていた。だが、この動きは避けるためだけじゃない。相手の側面に潜り込むための歩法だ。
ハルバードの刃が、音を立てて俺の肩先をかすめ、地面の石畳を砕く。
ハルバードが通り過ぎ、俺が至近距離に入った。男の動きが止まる。
俺は簡単に側面に入れたのに、恐怖で下がってしまった。
観客席がどよめく。
「どうした?チョロチョロ逃げ回るだけか?つまらんぞ」
ガタイの良い騎士がハルバードを頭上で回しながら挑発してくる。
(とにかく落ち着こう。ハルバードの軌道は見えた。確信した。やはりこの世界で俺の形意拳はどうやらチートらしい)
今度は自分から飛び込む。待ってましたとばかりに、男がハルバードを振りかぶり、斧の部分で斬りつけに来た。
やはり見える。前の世界じゃ、ただの趣味だった。道場で型を繰り返して、汗をかいて、それだけだった。だがこの体で動くと、相手の重心がどこにあるか、次の動作がどこへ向かうか、不思議なほど先が読めた。
地を這うように体勢を低くして、それを躱す。
そして――暗腿。
靴裏に縛り付けた蹄鉄の角が、男の鎧の脛を金属ごと削り取った。
バギィッ! と、嫌な音が闘技場に響く。
「が、ぁあああかっ!?」
鎧のグリーブごと脛の肉を削られ、男の巨体がガクンと膝をつく。これだけの体格の男が、一撃で膝をつく。観客席がどよめいた。
迷ってる暇はない。崩れた男の正面に飛び込み、左手で盾を強引に跳ね除ける。
がら空きの胴体へ、まっすぐに割って入る。
後ろ足の蹴り出しから、腰、背中、そして拳へと、全身の質量を一気に伝える。
――崩拳。
この身体に、転生前に繰り返してきた動きを乗せる。骨を真っ直ぐ繋いで呼吸と動作を一致させれば、ただの拳が重い衝撃になる。
パァアィィィィィン!
鼓膜を震わせる鋭い衝撃音。分厚い胸当ての鎧が俺の拳の形に凹み、衝撃が突き抜ける。
その威力に、自分でも驚いた。
一発叩き込んだが、余裕なんてない。確実に倒す。
俺は拳を引かずに一気に歩を詰め、身体を半回転させた。後手を頬に添えて防御し、頭の横から肩にかけてを一直線の壁に変える。残ったすべての力を、その頭と肩に預けてぶち当てる。
――靠。
中国武術独自の体当たりだ。
ゴウォン!!!
逃げ場のない衝撃を叩き込まれ、巨漢騎士は闘技場の壁に激突した。男は意識を失って、砂埃の中に沈んでいく。
闘技場が、一瞬で静まり返った。
誰も、声を出せなかった。それほどの、あっけない幕切れだった。
(……必死だった)
俺は立ち上がり、握りしめた自分の拳を見つめた。こんなに威力が出るとは思わなかった。嬉しいより先に、まだ手が震えていた。
ゆっくりと息を吐く。丹田から、空気が抜けていく。さっきまであれだけ満ちていた熱が、するすると引いていく感じがした。残ったのは、じんわりとした疲労と、妙な静けさだけだ。
たった数分だった。
なのに、どっと疲れた。店での一件とは違う。
あの時は無我夢中だった。今回は、最初から最後まで意識があった。それが余計に堪えた。
二度目の人生で、俺は何をやってるんだろうな。
俺は倒れたまま動かない男に背を向け、そそくさと退場門へと歩き出した。観客席がざわめき始めたのは、俺が門をくぐる直前だった。
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