第8話 重量級の「お会計」②
「始めッ!」
審判の合図と同時に、巨漢騎士――重装のハルバード使いが動いた。
開始の合図すら待ちきれなかったのか、踏み込みは速い。スキルによる筋力補正を乗せた大振りのハルバードが、重戦車の主砲のような速度で俺の脳天へと振り下ろされる。
観客席から悲鳴が上がった。だが、俺の視界は驚くほど静かだった。
(……お前、いきなりかよ! 危ねえな)
俺は一歩、斜め前へ踏み出した。
――践歩せんぽ。
真正面に立っていれば、今頃頭が割れていた。だが形意拳の歩法は、相手の攻撃を「避ける」ためにあるんじゃない。懐に潜り込むための加速装置だ。
ハルバードのブレードが俺の肩先を数ミリで掠め、地面の石畳を粉々に砕く。
男の目が驚愕に見開かれた。自分の「最速の一撃」が、避けられたのではなく、懐に潜り込むための加速に使われたことに気づいたんだろう。
観客席がざわめく。だが俺には関係ない。
(まずは、逃げ道を塞ぐ。……一気に、詰める)
地を這うような、無駄のない足運び。視線は相手の重心だけを追う。
――暗腿あんたい。
縄で巻き付けた蹄鉄の角が、男の甲冑の薄い脛すねを、金属ごと削り取った。
バギィッ! と、嫌な音が闘技場に響く。
「が、ぁあああかっ!?」
鎧のグリーブごとスネの肉を削り、骨を軋ませる衝撃。男の巨体がガクンと膝を突く。あれだけの体格の男が、一撃で膝をつく。観客席がどよめいた。
だが、ここで止まる理由はない。
相手が膝を突いたなら、その体勢すらも次の起点にする。俺は男の防御を掌で力強く「どかした」。最短距離の直線を確保する。
「……お会計っす。領収書は、後で送りますね」
後ろ足の蹴り出しから、腰、背中、そして拳へと、全身の質量を一気通貫で伝える。
――崩拳ほうけん。
思ったより動くこの身体に、27年かけてやってきた動きを乗せる。骨を真っ直ぐ繋いで全部ぶち込めば、ただの拳が、別物に変わる。それを、この世界に来て初めて実感した。
パァアィィィィィン!
鼓膜を震わせる鋭い衝撃音。分厚い胸当ての鎧が俺の拳の形に凹み、衝撃波が突き抜ける。
だが、一発叩き込んだところで、拳を引いてる暇はない。
だから、俺は拳を引かずに一気に歩を詰め、身体を半回転させた。後手を頬に添えてガードし、頭の横から肩にかけてを、一直線の「壁」へと変える。残ったすべての推進力を、その頭と肩に預けてぶち当てる――。
――靠こう!
ゴウォン!!!
逃げ場のない鉄塊のような衝撃を叩き込まれ、巨漢騎士は闘技場の壁に激突した。男は白目を剥いて砂埃の中に沈んでいく。
闘技場が、一瞬で静まり返った。
誰も、声を出せなかった。
(……一発目で十分だったか。必死で、つい追撃まで入った)
俺はゆっくりと立ち上がり、拳についた鎧の塗料を振り払った。身体が、さっきの衝撃を求めてまだ熱を帯びている。現世では絶対に感じられなかった感覚だ。
俺は、立ち上がろうともしない男に背を向け、悠々と、だが無駄のない足取りで退場門へと歩き出した。




