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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第7話 頼むぜ、形意拳!


7


俺は今、闘技場の控え室にいる。


壁の向こうから、地鳴りのような歓声が聞こえてくる。


うるさい。


収容人数は三百人くらいか。

これだけの人間が、誰かがぶっ飛ばされる瞬間を期待して詰めかけている。


控え室の壁には、乾いて黒ずんだ血痕がこびりついていた。


なんとも趣味が悪い。


周りにいるのは、いかにも「武道家です」といった顔をした武道家スキル持ちばかりだ。


試合前だというのに、みんな妙に落ち着いている。

視線も、呼吸も、無駄な動きがない。


こういう場所に慣れているんだろう。


それに比べて俺は――どう見ても場違いだった。


誰と当たるのかは、直前まで教えてくれない。

それが、ここのルールらしい。


試合前、ドナドさんは店の一週間分の売り上げを、全部俺に賭けると言い出した。


「リュウジィ、お前は新人だ。相手が武道家だろうが剣士だろうが、お前に賭ける奴なんていねぇ。もし相手が剣士で勝てば店の改装もできるし、世界五大珍味のキングオーグの肉だって仕入れられるぜ」


勝てる自信なんて、正直ない。


むしろ怖い。


目の前に立つ相手が、もし本当に剣士だったら。

その剣が、俺の身体を簡単に斬り裂くのだと思うと、背筋が冷たくなる。


それでも、一度死んでやり直した人生だ。


どうせなら、現世で生活の一部になっていた形意拳を、この身体で試してみたかった。


それだけだった。


衣服は、ミーナさんが急いで闘技場用に仕立て直してくれた作業着だ。


靴の裏には、ドナドさんが鍛冶屋に頼んで急ごしらえで作ってもらった馬の蹄鉄を、縄で縛り付けている。


現世で、形意拳と心意六合拳を同時に習っていた時期があった。


結局、形意拳一本に絞った。


それでも、あの激しい動きの感覚は、身体の奥にまだ残っている。


(昔の心意六合拳の使い手は、蹄鉄を靴裏に仕込んで相手のスネを蹴ったっていうしな)


通常の半分の重さで打ってもらった特製品だ。


これなら、形意拳の歩法。

跟歩(こんぽ)や践歩(せんぽ)を妨げることはない。


控え室から、一人。


また一人。


名前を呼ばれ、男たちが闘技場へ出ていく。


そのたびに、壁の向こうから歓声が大きくなる。


俺は恐怖を押し殺すように、呼吸を整えた。


ゆっくり。


深く。


落とせ。


丹田に、全てを落とせ。


(……よし、この感じだ)


三日間、繰り返してきた内功強化の呼吸法。


身体全体に力が行き渡っていく、この感覚。


転生前には、これが何の役に立つのかなんて、さっぱり分からなかった。


先生に言われるがまま、何度も何度も繰り返していただけだ。


それが今は違う。


この異世界の身体の中で、全く別の意味を持ち始めている。


息を一つ吸うたびに、指の先まで熱が届く。


足の裏が地面を捉える。


背中が広がる。


腹の奥が静かに熱を持つ。


(……筋肉が脈打ってるのがわかる)


身体の内側から、力が湧き上がってくる。


怖い。


それでも、不思議と逃げたいとは思わなかった。


「――リュウジィ選手、出番です」


名前を呼ばれた。


俺はゆっくりと立ち上がる。


膝が、ほんの少しだけ震えていた。


それを誤魔化すように、一度だけ拳を握る。


大丈夫だ。


そう言い聞かせるように、控え室を出た。


砂埃が舞う広場に足を踏み入れる。


瞬間。


観客から、ヤジと笑い声が飛んできた。


細身の作業着姿の俺。


その向かいに立つのは、全身を鎧で固めたデカい剣士。


絵面としては、確かに笑える。


男が、ゆっくりと重い武器を地面に突き立てた。


――ハルバード。


槍と斧が合体したような、一撃必殺の重兵器だ。


その刃が、陽光を受けて鈍く光る。


(……あんなもん、まともに食らったら死ぬな)


冗談じゃない。


一撃で終わる。


男が兜の隙間から、こっちを睨んでいる。


その視線には、明らかな殺意があった。


「……貴様だな。俺の部下たちをコケにしたガキは」


なるほど。


面子を潰されたから、隊長クラスが自分で来たわけだ。


男がハルバードを持ち上げる。


その巨体が、さらに大きく見えた。


「武道家ごときが騎士団に恥をかかせたんだ。その首で払ってもらうぞ」


その言葉を聞いた瞬間。


身体の震えが、すっと止まった。


恐怖が消えたわけじゃない。


むしろ逆だ。


怖い。


死ぬかもしれない。


だけど――ここまで来たんだ。


「何を払うの?」


俺は右足を前に出して、立った。


逆腹式呼吸を続ける。


丹田から全身の末端へ。


熱が、ゆっくりと巡っていく。


足の裏が砂を捉える。


腰が落ちる。


背筋が伸びる。


いつもの構え。


何千回、何万回と繰り返してきた動きだ。


(……現世の趣味が、どこまで通じるか。不安と楽しみが半分ずつだ)


ハルバードをかわして、隙を見て殴る。


――いや。


そもそも、かわせるのか。


あんなものを。


殺し合いなんてしたことない。


人を殴り飛ばしたことだって、転生する前には一度もなかった。


それでも。


絶対に生き残ってやる。


二度目の人生を、こんな所で終わらせてたまるか。


そう思ったら、不思議と足が止まらなかった。


恐怖を抱えたまま。


震えを抱えたまま。


俺は、構えを崩さない。


頼むよ、形意拳。


俺を守ってくれ。



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