第7話:重量級の「お会計」
俺は今、闘技場の控え室にいる。
壁の向こうから聞こえる歓声が、とにかくうるさい。
キャパは三百人くらいか。これだけの人間が、誰かがぶっ飛ばされるのを期待して詰めかけている。控え室の壁にこびりついた血痕が、なんとも趣味が悪い。
周りの連中は、いかにも「武道家です」みたいな顔をしたスキル持ちばかり。
誰と当たるか直前まで教えてくれないのが、この街のルールだ。
ドナドさんは、俺に店の「一週間の売り上げ」を全部賭けると言い出した。
「リュウジィ、お前は新人だ。格上の騎士が相手じゃ、お前に賭ける奴なんていねぇ。だからこそ、勝てば店の改装もできるし、世界五大珍味のキングオーグの肉だって仕入れられるぜ」
笑っちゃいるが、ありゃ相当なギャンブルだ。店を回すための金を自分に張られる重み。まあ、そういう無茶は嫌いじゃないけど。
着ているのは、ミーナちゃんが急いで直してくれた作業着だ。
靴の裏には、ドナドさんに鍛冶屋に頼んで作ってもらった『馬の蹄鉄』を縄で縛り付けている。
前の世界では、形意拳と心意六合拳をかじっていた時期があった。
結局、形意拳をメインにやっていたが、あの激しい動きの感覚はまだ身体が覚えている。
昔の使い手は、蹄鉄を靴裏に仕込んで、相手のスネを狙う蹴りを使っていたらしい。
この蹄鉄は通常の半分の重さで打ってもらった特製品だ。これなら、跟歩や践歩を妨げることはない。
控え室から、一人、また一人と名前を呼ばれて出ていく。
俺は恐怖を押し殺すように、呼吸を整えた。
ゆっくり、深く。落とせ。丹田に、全てを落とせ。
(……なんだ、この感覚)
三日間繰り返した呼吸法。今の身体が、驚くほどスッと馴染んで、どこまでも軽く感じる。
趣味でのめり込んできただけの動きが、この世界に来て、この肉体になった途端、とんでもないキレを見せ始めている。
(……マジか。これ、本当に俺の動きか?)
想像以上に「仕上がって」いる自分の感覚に、ちょっと引いている。
「――リュウジィ選手、出番です」
呼ばれたので、立ち上がる。
砂埃が舞う広場に足を踏み入れると、観客からのヤジと笑い声が飛んできた。
細身の俺と、鎧で固めたデカい騎士。そりゃ、どっちが勝つかなんて見え透いてるんだろう。
対面に立つ男が、重い武器を地面に突き立てた。
――ハルバード。
槍と斧が合体したような、一撃必殺の重兵器だ。
(……あんなもん、まともに食らったら、ただじゃ済まない。間違いなく死ぬな)
男が兜の隙間から、こっちを睨んでいる。
「……貴様だな。俺の部下たちをコケにしたガキは」
なるほど。あの騎士たちの面子を潰されたから、隊長クラスが直々にお出ましってわけか。
「武道家ごときが騎士団に恥をかかせたんだ。その首で払ってもらうぞ。」
「俺お金ないんですよ。」
俺は軽く受け流して、息を吐いた。
丹田から全身の末端へと、熱が巡るような感覚。
(……ずっと続けてきた趣味の積み重ねが、本気になったらどうなるか。正直、俺自身が一番楽しみなんだ。)
俺は構えるのをやめた。
ただ、左足を一歩前に出し、リラックスして立つ。
余計な型はいらない。今は、相手のデカい一撃をかわして、隙に拳を叩き込むことだけ考えればいい。
(……さあ、通用すればいいけどね)




