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第10話 墓場の村のジンギスカン


 ドナドさんの店を離れて数日。俺は霧の深い断崖に囲まれた、通称「墓場の村」に立っていた。


 ここはキングオーグの生息域に近いだけの場所だ。一攫千金を狙う連中が集まっているが、まともな食事もとれず、ただ疲弊している。

 

運搬手段が整備されていないせいで、鮮度が落ちた肉に高い値段がついて、王都へ運ばれていくだけの場所だった。


(……王都まで運ぶには、まだ鮮度の問題が解決できていない。だが、ここで獲れたてを焼いて、もしそれなりの対価を払う連中がいるなら、王都へ持ち込んだ時の跳ね返りは計算できる。タイミーで配送の仕分けをしていた頃、荷物の状態一つで伝票の数字が変わるのを嫌というほど見てきたからな)

 俺は新品の旅靴を履き直す。

 闘技場の稼ぎを半分突っ込んだ特注品だ。革はしなやかだが、つま先にはヒヒイロカネの芯を入れてある。


(キャバクラを潰してタイミーで食い繋いでいた頃、俺のつま先を守っていたのは寅壱の安全靴だった。あの重みがなきゃ、俺はとっくに現実に押し潰されていた。……


あの頃、現場で一緒になった十九歳の小僧に生意気な口を叩かれて。『なんだ? お前、手を出すのかよ?』なんて言われりゃ、昭和世代は手を出しちまうんだ。結果、ぶっ飛ばしてタイミーは出禁。……情けねぇ思い出だが、あの感触だけは身体が覚えてる)

 

ヒヒイロカネ。こいつは、俺にとっての『作業靴』だ。

    


 森の奥で、俺は初めて「それ」と対峙した。

 キングオーグ。五メートルを超える巨体だ。放たれる圧は、闘技場の騎士とは比べものにならない。


「ガ、アアアアアッ!」

 

丸太のような腕が振り下ろされる。

 咄嗟に反応したが、あまりのリーチに受身を取るのが精一杯だった。


(……デカすぎる。北斗の拳のウィグル獄長かよ。普通に殴り合っても叩き落とされるだけだ。まずはこの重機の足を止めるしかねえ)

 

姿勢を低く沈め、死角に潜り込む。狙うは、岩柱のようなスネの骨だ。

「――暗腿(あんたい)!」

 

ヒヒイロカネのつま先を、オーグの向こうずねへ叩き込む。バギィィッ! と、硬いものが壊れる音が響いた。

(……硬え。だが、この靴ならいける)

 

一発じゃ足りない。引っ越し現場でピアノを運んでいた時のような、粘り強いステップで翻弄し、二発、三発と同じ箇所に鋼を撃ち込んだ。ついに、巨獣の膝が折れる。

 崩れ落ちたオーグの眼前に、一気に踏み込んだ。

「――そのまま、固まってろ」

 全身のバネを拳に乗せ、ドリルみたいに回転させながら喉元へ突き出した。

 ――鑽拳(さんけん)

 衝撃が巨体を貫き、五メートルのバケモノが沈黙した。

    

 その日の夕暮れ. 俺は村の広場で、仕留めたばかりの肉を、持参した鉄板で焼き始めた。

 ジューッという音と一緒に、オーグの脂が跳ねる。

 村の岩塩を振り、そこらで摘んだ野草を放り込んだ。強火で一気に表面を焼き、中は肉汁を閉じ込めた状態にする。


「おい、何を食べてるんだ、あんた……」

 

疲れ果てた狩人の一人が、堪らず声をかけてきた。肉の匂いに、男の鼻がピクピク動いている。

「キングオーグのジンギスカン風。一皿、150ゴルドだよ」

 

本来、王都の貴族が冷めた皿でつつく最高級品を、現地の狩人が熱々の鉄板から直接食べる。その旨さに、男は言葉を失い、ただ猛烈に口を動かした。


「……うめえ! なんだこれ、力が湧いてくる!」

 

瞬く間に、俺の周りに行列ができた。

(……これだけ食いつくなら、ここを拠点にする価値はある。この「ジンギスカン」を村の名物にすれば、人が集まり、道が整備され、運び出すための人手も確保できる。村おこしなんて建前はどうでもいい。俺の目的は、王都にこの肉を安定供給するルートだ)

 

俺は道具を片付けながら、この村をどう作り替え、王都への供給へと繋げるか、その実務的な段取りを考えていた。

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