第10話 墓場の村のジンギスカン
ドナドさんの店を離れて数日。
俺は霧深い断崖に囲まれた、通称「墓場の村」の入り口に立っていた。
闘技場を追い出された今、食い扶持を稼ぐには、これに賭けるしかない。
キングオーグの生息域に近いという、寂れた村。
俺と同じように、一攫千金を夢見る連中もいた。
だが、なぜかみんな顔色が悪い。
俺は気になって、それとなく聞いてみた。
「こんにちは。ちょっと気になったんですが……皆さん、なんというか、疲れてません? やっぱりキングオーグを捕まえるのは難しいんですか?」
道端にしゃがみ込んでいた集団の一人が、ぶっきらぼうに答えた。
「オーグを捕まえるのは、もちろん大変だ。それよりも、俺たちが食べる食料の供給がうまくいってないんだ。みんな飢えてる」
聞けば、この村は立地の問題もあって、食料の物流が安定していないらしい。
村人たちは自分たちが食べていくので精一杯。
そのため、外から来た狩人たちには、ぎりぎりの量しか食料を売ってくれないという。
(……キングオーグが捕れたとしても、王都までの配送ルートをどうにかしなきゃならない)
(そうなると、ここにいる人間の力が絶対に必要だ)
現世でも、人間が仕事をする一番の理由は飯を食うことだ。
単純に、飯を食わなければ人間は死んでしまう。
(まずは食料。それに、村の連中の協力も必要だ)
(キングオーグを捕まえられれば話は進む。だけど……五メートル近くあるモンスターを、人間の俺が本当にどうにかできるのか?)
考えても仕方がない。
俺は気を取り直し、奮発して新調した靴の紐を締め直した。
闘技場で稼いだ金をつぎ込み、鍛冶屋と靴屋をハシゴして急ぎで作らせた特注品だ。
イメージ的には、軽量の安全靴。
革は馴染んで柔らかく、軽量。
そして、つま先にはダイヤモンドより硬いと言われる希少金属、ヒヒイロカネが仕込んである。
(キャバクラを潰して、ヤマト、パワーステーション、フルキャスト……いろんな派遣会社で引っ越しの日銭を稼いでいた頃は、毎日、寅壱の安全靴を履いてたな)
(十八歳の小僧にタメ口を叩かれて、我慢できずにぶっ飛ばして、首になったっけ)
そんなことを思い出し、俺は苦笑した。
そして――森の奥。
俺は初めて、「それ」と対峙した。
キングオーグ。
ギョロギョロとした目。
豚のような顔。
口からは、下から上に向かって突き出した奥歯の牙。
そして、頭頂部から背中にかけて一直線に生えた、モヒカンヘアーのような毛。
五メートルを超える巨体だ。
放たれる圧は、闘技場で戦った騎士とは比べものにならない。
「ガ、アアアアアッ!」
丸太のような腕が振り下ろされる。
咄嗟に反応したものの、あまりのリーチに、受け身を取るのが精一杯だった。
(……デカすぎる)
(こんなのを、俺が本当に何とかできるのか?)
俺は一定の距離を取りながら、逃げ回る。
四足歩行のキングオーグが、まるでヒグマのように前足を上げ、後ろ足で立ち上がった。
「ガアァァァーッ!」
雄叫びが森に響き渡る。
――今だ!
俺は一気に踏み込んだ。
「――暗腿!」
ヒヒイロカネの仕込まれたつま先を、オーグの向こうずねへ叩き込む。
バギィィッ!
硬いものが壊れる音が響いた。
(……硬い)
(でも、この靴ならいける)
一発じゃ足りない。
蹴る。
離れる。
蹴る。
離れる。
俺はそれを繰り返し、オーグの右足を徹底的に攻め続けた。
やがて――
巨獣の動きが止まった。
右足をまともに動かせなくなり、俺を追ってくることもできない。
今だ。
動けなくなったオーグの眼前へ、一気に踏み込む。
「――そのまま、動くな!」
腰を捻りながら拳を突き出す。
全身のバネを拳に乗せ、拳を外へ半回転させながら喉元へ叩き込む。
――鑽拳。
グシャァッッッッ!
衝撃が巨体を貫いた。
五メートルのバケモノが断末魔の叫び声を上げ、その巨体を地面へ沈める。
「……やった」
俺はしばらく、倒れたキングオーグを見つめていた。
だが、感傷に浸っている暇はない。
俺は一度村へ戻り、数人の人間に声をかけた。
キングオーグの解体を手伝ってもらうためだ。
もちろん、報酬はオーグの肉。
夕暮れ。
俺は村の広場で、解体を手伝ってくれた数人と一緒に、仕留めたばかりの肉を持参した鉄板で焼き始めた。
ジューッ。
音とともに、オーグの脂が跳ねる。
村で採れた岩塩を振り、そこらで摘んだ野草を放り込む。
強火で一気に表面を焼き、中には肉汁を閉じ込める。
「おい、何を食べてるんだ、あんた……」
匂いにつられたのか、疲れ果てた狩人の一人が近づいてきた。
肉の匂いに、男の鼻がピクピクと動いている。
俺は鉄板の肉を返しながら答えた。
「キングオーグのジンギスカン風。一皿、150ゴルドだよ。この辺の相場なら、これでも十分だろ?」
本来なら庶民には口に入らない最高級品。
それを、現地の狩人が熱々の鉄板から直接食べる。
男は一口食べた瞬間、言葉を失った。
そして――猛烈な勢いで肉を頬張り始めた。
「……うめえ!」
「なんだこれ……力が湧いてくる!」
瞬く間に、俺の周りに人が集まり始めた。
やがて、行列ができる。
(……もしかして?)
(この「ジンギスカン」を村の名物にすることができれば?)
人が集まる。
人が集まれば、道も整備される。
道が整備されれば、肉を運ぶ人手も確保できる。
(まだまだ課題はあるけど……いけるかもしれない)
俺は道具を片付けながら考えていた。
もっと楽にオーグを狩る方法はないか。
どうすれば効率よく王都への供給につなげられるのか。
そして――
この村そのものを、どうやって商売に巻き込んでいくか。
俺の頭の中では、もう次の計画が始まっていた。
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