第11話:ヤツハカ村の門出(ドナドさんの義理と王都)
人を集めて荷馬車を買い、キングオーグの肉を王都まで滞りなく運ぶ仕組みが整ったおかげで、精肉商売は順調そのものだった。
村に漂っていた血の臭いは、いつの間にか肉を焼く香ばしい匂いに取って代わられていた。
拠点にした「墓場の村」も、以前とは比べものにならないほど活気づいている。
村の長老からは何度も感謝された。
「村の名前を、リュウジィ村にしてはどうでしょう」
「いや、それはやめてください」
俺は即答した。
そんな名前を付けられたら、落ち着いて暮らせない。
それでも長老たちは、どうしても新しい名前を付けてほしいと言って聞かなかった。
仕方なく、俺は適当に口にした。
「……じゃあ、ヤツハカ村で」
霧が深くて、どこか昔テレビで見た村の雰囲気に似ていた。
それだけの理由だった。
(古谷一行の金田一耕助は好きだったな。志村けんさんもネタにしてたっけ。「八つ墓村の祟りじゃぁぁぁ」って……)
思わず苦笑する。
まあ、名前なんてそんなものでいいだろう。
そもそも、キングオーグは二十人がかりでも命を落とすことがある化け物だ。
まともに戦っていたら、いくら命があっても足りない。
だから俺は、村の若者たちと何度も話し合いながら、「どうすれば安全に、効率よく倒せるか」を考えた。
そして行き着いたのは、実に原始的な方法だった。
村で一番足の速い人間が囮になる。
キングオーグをギリギリまで引きつける。
そして、あらかじめ掘っておいた深い落とし穴に落とす。
動けなくなったところを、長い槍で全員で仕留める。
単純な方法だ。
だが、これが驚くほど効果的だった。
(なんで今まで、こんな簡単な方法を誰も思いつかなかったんだ?)
答えは簡単だった。
キングオーグを狩りに来る連中は、ほとんどが自分のことしか考えていなかったからだ。
他人を囮にしてでも、自分だけが儲かればいい。
そんな考え方では、協力なんてできるはずがない。
俺は村の若者たちに何度も説明した。
「一人でやるより、みんなで協力したほうが安全だ。それに、結果的に全員が儲かる」
最初の狩りは、そう簡単にはいかなかった。
囮役が早く逃げすぎたり、穴の位置がずれていたり、槍を突くタイミングが合わなかったり。
何度も失敗した。
そのたびに、みんなで集まって話し合った。
「ここをもっと深くしよう」
「囮は、もう少し引きつけてから逃げたほうがいい」
「槍を持つ奴は、もっと近くで待っていたほうがいい」
少しずつ修正していく。
そして何度も繰り返すうちに、狩りの成功率は目に見えて上がっていった。
そうなれば、もう俺が毎回狩りに出る必要はない。
俺は仕組みを作った代金として、売り上げの一部をもらうことにした。
(村が活気づいていくのは、悪くないな)
だが――。
(……そろそろ、他のこともやってみたい)
俺には、まだやりたいことがあった。
まずは、最初に助けてくれたドナドさんへの恩返しだ。
キングオーグの肉は、ドナドさんの店には安く卸すことにした。
暇さえあれば店にも顔を出した。
そんなある日のことだった。
「ドナドさん、ちょっといいですか?」
カウンターの隅に座りながら、俺は声をかけた。
「なんだ?」
「この世界に、女性がお酒の相手をしてくれる店ってありますか?」
その瞬間、給仕をしていたミーナがこっちを見た。
「なによ。女遊びがしたいわけ?」
「違います」
「じゃあ、何よ」
「お酒を飲みながら、楽しく話をしてくれる店ですよ」
「だから、それが娼館じゃない。お父さん、いい店を教えてあげなよ」
「おう、任せとけ」
ドナドさんが腕を組んで頷いた。
「王都の中心地に『ピンクのウサギちゃん』って店があってな……」
「ちょっと! お父さん!」
ミーナの怒鳴り声が店内に響いた。
「ドナドさん、そうじゃなくて」
俺は慌てて手を振った。
「そういうの抜きで、複数の女性がお客さんの隣に座って、話をする店はないんですか?」
「……酒場のカウンターならあるがな」
ドナドさんは首を傾げた。
「せいぜい二、三人だ。話をするだけで金を取るなんて商売、聞いたことがねえな」
「そんな暇な客がいるのか?」
ミーナまで不思議そうな顔をする。
(……キャバクラ、この世界にはまだないのか)
娼館はある。
酒場もある。
だが、女性が客の隣に座って酒を作ったり、話をしたりして、その時間そのものに金を払ってもらう店はない。
(だったら――)
俺は口元を緩めた。
(俺が一番乗りになればいい)
誰もやっていない。
だったら、やってみる価値はある。
俺はこの異世界初のキャバクラを作ることを決めた。
問題は――。
キャストだ。
まずは人を集めなければならない。
俺は王都の中心地にある安宿を借りることにした。
宿の主人は長期滞在だと分かると、最初は面倒くさそうな顔をしていた。
だが、まとまった金をテーブルに置いた途端、態度が変わった。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
(……現金って強いな)
翌日から、俺は王都の広場を歩き回った。
暇そうにしている女性。
仕事を探していそうな女性。
そんな人を見つけては、片っ端から声をかけていく。
まずは、ベンチに座っていた若い女性に話しかけた。
「すみません。少しお話をいいですか?」
「……何?」
俺は羊皮紙に書いた募集要項を見せた。
「新しい酒場を始めるんです。そこで働いてみませんか?」
女性は羊皮紙を眺めたあと、怪訝そうな顔をした。
「……ねえ、これ何?」
「新しい酒場のバイトの募集です」
「悪いけど、体は売らないわよ」
「違います、そういう仕事じゃありません」
俺は慌てて首を振った。
「俺の店では、客に体を触らせたりしません。ただ一緒にお酒を飲んで、話をしてもらうだけです」
「お酒を飲むだけでお金をもらう?」
女性はますます怪訝そうな顔をした。
「……冗談でしょ。随分とおかしな詐欺を考えるのね」
そう言い残すと、女性は去っていった。
(……詐欺か)
まあ、いきなりそんな話をされても信じられないよな。
俺だって、逆の立場なら疑う。
だが――。
(誰もやっていないなら、俺が一番乗りになれる)
俺は諦めなかった。
広場を見渡す。
まだまだ、人はいる。
(次は、あっちの広場にいる人に当たってみるか)
俺は募集内容を書いた羊皮紙を握り直し、再び歩き出した。
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