第88話:体制の報告
翌日、俺は店に足を運び、ミライがここで働くことになったという決定を全員に告げた。
「ロクメイカンのミライさんが、ここで働くことになりました。」
俺がアズマリアに行っている間に、ミライはあっという間に皆の懐へ入り込んでいたらしい。俺の言葉が終わるや否や、店内は一斉に歓喜のざわめきに包まれた。
(やはりコミュニケーションスキルが凄いな、ミライは。)
俺は一呼吸置いてから、全員を見渡した。
「それと、俺の彼女になった事も伝えとく。宜しくね」
その爆弾のような、それでいて最高にめでたい報せに、店中から割れんばかりの祝福の声が上がった。さっきまでの歓喜とは比べものにならないほど店内の空気が沸き立ち、俺は思わず苦笑してしまう。
気を取り直した俺は、すぐさまキャバクラのママであるリナの元へ歩み寄り、静かに声を潜めた。
「ミライはあくまでも、相談役で接客をするわけじゃないから」
俺はリナの目を見て、念を押すように続けた。
「あくまで今まで通りにリナさんが中心だからね」
「分かりました。ミライさんがいてくれるなら心強いです。私、精一杯頑張りますね」
リナの揺るぎない返事を聞き届けると、俺は改めて店の中央へと向き直った。
「それと、今日の営業を最後に店舗の改装に入るから、一ヶ月休業ね。その間の給料はちゃんと出すから、皆安心していいよ」
「ハクさん、カエデ、バッド、シドは申し訳ないが日にちを決めて、両方の店の改装具合を見に来て下さい。当然俺も見に来るので。宜しくお願いします」
その瞬間、店内の空気が一変した。
一ヶ月という長い休暇。それに加えて、その間の生活を心配する必要もないという安心感から、従業員たちは顔を見合わせ、その場で手を取り合って喜びを爆発させている。
さっきまでミライの話で沸いていた店内は、今度は改装と休業の話でさらに騒がしくなった。
熱を帯びる店内の片隅で、バッドがふっと悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の隣へとすり寄ってきた。
「兄貴、やりましたね。ツキノ……いや、ミライさん。やっぱりこの一ヶ月は、二人で旅行にでも行くんですか?」
俺は苦笑交じりに肩をすくめ、小さく首を横に振ってみせた。
「あいつもそんなすぐロクメイカンを辞められないだろ。今までのお客さんに挨拶もあるだろうし。もう客には俺のことを話して、辞めないって言ってたけどな。改装が終わるギリギリくらいに合流できると思うよ」
「兄貴、罪な男ですね。ミライさんを奪ったとなれば、嫉妬に狂った男たちが軍勢のように攻めてきたりして」
バッドが声を潜めて冗談を飛ばす。
「その時はお前とシドとギノン、ゼノンに任せるよ。全員ぶった斬ってくれ」
バッドの双眸が楽しげに細められ、即座に力強い返答が返ってきた。
バッドは胸を叩いた。
「お任せください。
全て駆逐します」
「本当に来たら怖いよ」
冗談とも本気ともつかないやり取りに、俺とバッドは顔を見合わせ、夜の喧騒にかき消されるように声を上げて笑い合った。
やがて営業が滞りなく終わり、熱気の残る店を出ると、ちょうど斜め向かいにあるドナド亭から、タツヨが腹をさすりながら姿を現した。
「お疲れ! おやっさんの料理が美味くてさ、最近毎日来てるよ」
タツヨはどこか満足げな足取りで、こちらへと歩み寄ってくる。
「あんまり寝る前に食ってばかりいると太るよ」
「大丈夫。しっかり昼間トレーニングしてるし、この世界は減量がないから、ベスト体重でいればいいしね。それと明日、カエデちゃんが探してくれた家に移るからよ」
「うん、わかった」
新しい生活の始まりを予感させる、タツヨの表情はどこまでも晴れやかだった。
「ところで明日から一ヶ月休みだろ? お前、何すんの?」
「両方の店の改装とか見に来なきゃいけないけど、ハクさん、カエデ、バッド、シドも見に来てくれるからな。空いてる時間は形意拳の練習だよ。それと、できたら冒険者登録して、二、三日の案件があったらやりたいんだ」
俺がそう告げた瞬間、タツヨの瞳に子供のような好奇心の光が灯った。
「冒険者? それいいね。なら俺とパーティ組もうぜ。最強だろ? それに俺たち一番下のランクだから、そんなに日にちがかかる案件はもらえないだろうしな」
夜のとばりが降り始めた街並みをぼんやりと眺めながら、俺の胸の奥にあった、誰にも言えなかった本音がふとこぼれ落ちた。
「実はさ。店も上手くいってるし、前世と違って仲間にも恵まれ、美人の彼女もできた。だけど、イマイチ満足してないんだよね。異世界だからこそ、この世界を見てみたくてさ」
俺の不意打ちのような告白に、タツヨはスッと表情を引き締め、周囲の暗がりを見渡してから俺の袖を引いた。
「……ちょっと、そこ曲がったところで座って話そうか」
俺たちは表通りから少し外れた、ひんやりと冷たい石段に並んで腰を下ろした。秋風のように冷たい夜気が、火照った肌をそっと撫でていく。
「その気持ち、何となくわかるよ。俺はね」
「わかる?」
「例えば俺もお前もさ、この世界で言えば金を持ってて、まあ成功者だよな。でもさ、俺の場合で言えば、この世界にはロレックスはない、フェラーリはない、スマホはない。欲しい物が少なすぎるんだよな」
タツヨは何も握られていない両手をブラブラとさせながら、ぽっかりと空いた夜空を仰いだ。
その飾らない言葉が、俺の胸の奥底でずっと澱んでいた、正体の知れない不安を鮮やかに言い当てていた。
「そうなんだよ。商売の成功も、仲間も、恋人も、元は現世で求めてたことで、転生した時に生まれ変わったと思って頑張ってた。けど、どこか夢の中にいるみたいでさ。この夢がいつか覚めたらどうしようって思うんだ。なら覚めた時に後悔しないようにって……」
俯いた俺の視界の端で、タツヨが力強く俺の肩をポンと叩いた。
「でもさ、カイロスが言ってたんだろ? 神様の宝くじってさ。だったら、その当選した世界を楽しもうぜ、相棒! 難しく考えるなよ。中身はお前の方が歳上なんだからさ」
タツヨのどこまでも透き通った、屈託のない笑い声が、静まり返った夜の空気に優しく溶けていく。
そのあまりにも自然体な言葉に、張り詰めていた俺の肩の力がすっと抜けていくのを感じた。
「そうだよな。やっぱりタツヨは大人だな。現世じゃ本音を話せる人間がいなかったからさ。これからも宜しく頼むよ」
「任せろ! でもお前の方が強いから、俺がヤバい時は助けろよな」
タツヨは親指を立てた。
「当たり前だよ!」
俺たちは顔を見合わせ、まるで子供の頃に戻ったかのように声を上げて笑い合った。頬を撫でる冷たい夜風が、今はなぜか心地よくて仕方がなかった。
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