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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第87話 リュウジィの告白





静まり返った室内で、ツキノが俺の腕の中に顔を埋めたまま、しばらく黙っていた。


やがて小さく息を吐くと、胸の奥にしまっていたものを吐き出すように、静かに口を開いた。


「私、リュウジィより年上だし、汚れた女だからさ。彼女にしてなんて言わないから。だから愛人でいいよ。贅沢しなくていいからさ」


その言葉を聞いた瞬間、俺は喉の奥が詰まるような感覚を覚えた。


愛人。


その言葉だけが、妙に胸に引っかかった。


ツキノが自分自身を、そんな言葉で表現したことが気になる。ロクメイカンのナンバーワンとして多くの男と接してきた彼女が、自分をそんなふうに扱っていることが、どうしても納得できなかった。


「愛人ってさ、そんなの……」


俺が言葉を濁すと、ツキノは少しだけ顔を上げた。


その瞳には、最初から答えを分かっているような諦めが浮かんでいる。


「それに、この仕事辞めようと思ってさ。何かもう、好きでもない男の相手するの疲れちゃったんだよね」


そう言って、ツキノは裸のまま俺を抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。


その力は強くない。


けれど、そこには離れたくないという気持ちが滲んでいるように感じた。


「まず、愛人は無理だよ。そういうの好きじゃないし。それに、別に俺は汚れた女なんて思ってない」


俺はツキノを見ながら、はっきりと言った。


不思議なことに、俺は現世にいた頃から、そういう偏見を持ったことがなかった。


どんな仕事をしているかで、その人間の価値が決まるわけじゃない。


まして今、俺の腕の中にいるツキノは、これまで誰にも見せたくなかった弱さまでさらけ出している。


そんな彼女を、職業だけを理由に見下すなんて、俺にはできなかった。


「そうだよね。やっぱり、駄目だよね」


ツキノは小さく呟くと、俺から離れようとした。


その瞬間、俺は咄嗟に彼女の肩を掴んだ。


「なら、俺のことを話すか」


「え?」


ツキノが戸惑ったように俺を見る。


「ツキノさん、今から話すことを知ってるのは、最近アズマリアから付いて来たタツヨ・ジョージって男だけだ。俺と同じ境遇だから」


俺は彼女の目を見つめた。


自分からこの話をするのは、これが初めてだった。


「秘密を守れる?」


「改まって何?」


「秘密を守れる?」


念を押すように、もう一度尋ねる。


ツキノはしばらく俺の目を見つめていた。


やがて、その表情から戸惑いが消える。


「わかった。絶対誰にも言わない。話してみて」


その言葉を聞いて、俺は一度ゆっくりと息を吐いた。


そして、自分が転生者であることを伝えた。


現世では、今と同じようなスタイルの店――キャバクラを経営していたこと。


経営に失敗して、借金まみれになったこと。


俺の中身は四十六歳の男で、趣味として形意拳を修めていたこと。


さらに、経営が破綻した後、空港警備員として働いている最中に撃たれ、この世界へ来たこと。


そして、この世界に来た際に「忘れの呪い」にかかっていることも話した。


完全な記憶喪失というわけではない。



現世での生活や、この世界に来るまでの出来事も、断片的には覚えている。


それでも、ところどころの記憶が欠落している。


親の名前が思い出せない。

自分の本当の名前すら分からない。


何かを思い出そうとしても、そこだけがぽっかりと抜け落ちているような感覚がある。


俺は、それまで誰にも話してこなかったことまで含め、抱えていたすべての事実を彼女に明かした。


話し終えても、ツキノは何も言わなかった。


ただ、ルビー色の瞳で俺をじっと見つめている。


俺の胸元に触れている彼女の指先が、微かに震えていた。


しばらくして、ツキノが小さく息を吐く。


「だから私は、貴方に惹かれたのね」


「それはわからないけど。中身は四十六歳のおっさんなの、俺は」


そう言うと、ツキノは、ふふっと声を立てて笑った。


その笑顔を見て、俺の胸に張りつめていたものも少しだけ緩んだ。


「俺、愛人とか、そういう扱いしたくないからさ」


俺はツキノを見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「だけど、子供を作って家庭を持ちたいとかもないんだよね。多分、消えた記憶の中にその理由があると思う」


それが何なのか、俺自身にも分からない。


分からないものを、無理に答えにすることもできなかった。


俺はツキノを正面から真っ直ぐに見据える。


「そんな俺でもいいの?」


ツキノは答えなかった。


ただ、再び俺を強く抱きしめた。


その腕に込められた力が、言葉の代わりに気持ちを伝えてくる。


俺は彼女の背に手を回した。


密着した肌の温かさを感じながら、さらに言葉を重ねる。


「それとさ、店を経営しててあれなんだけど。冒険者とかもやってみたいと思ってるんだよね。もちろん、何ヶ月も店を空けることはないけど、そんな時でも待ってられるか?」


ツキノは俺の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。


「いいよ、待ってる。リュウジィが戻る場所なら、どこでも」


その言葉が、胸の奥に静かに染み込んだ。


ツキノは顔を上げると、潤んだルビー色の瞳で俺を見つめ、微かに微笑んだ。


俺はその表情を見つめながら、ふと思い出したことを口にした。


「あとさ、店に来た時にリナの相談に乗ってるって聞いたけど、本当?」


「リナさん、二階から降りてきてさ。『お客さんを飽きさせないのはどうしたらいいですか?』とか『自分に似合う服はどんな色ですか?』とか。聞かれたことは答えてるよ」


「だったらさ、もう男の接客はしたくないんだろ?」


ツキノは黙って俺を見る。


「今、店を焼肉屋とキャバクラに分けることにしたんだよ。ツキノさ、男装してキャバクラの相談役として、俺の店で働かない?」


アドバイザーって言っても、この世界じゃ通じないだろうしな。


「男装……?」


ツキノは意外そうな顔をして、何度か瞬きを繰り返した。


俺はその反応に、思わず少し笑った。


「絶対似合うと思うんだよね」


そして、彼女の目を見つめる。


「俺の彼女として働かない?」


ツキノの顔が、ぱっと輝いた。


「彼女にしてくれるの?」


嬉しそうに声を弾ませ、ツキノは俺の首に腕を回した。


その表情を見ていると、こちらまで自然と頬が緩んだ。


俺は彼女を見つめながら、ゆっくりと頷いた。


「うん。これからよろしくね」


俺は空いた方の手で、彼女の肩を引き寄せた。


「まあ、おっさんで良ければだけど。これからは一緒に店を作っていこう」


ツキノは少しだけ照れたように笑った。


その笑顔を見ながら、俺はふと思い至った。


「普通はこういうことは聞かないと思うんだけど、教えて。ここロクメイカンは、売られて来たとかで働く所じゃないよね? 自分の意思で皆働いてるじゃない? なぜ、働こうと思ったの?」


ツキノはすぐには答えなかった。


視線を斜め下へ落とし、しばらく黙ったあと、自嘲気味に苦笑いを浮かべる。


「よくある話よ。十八歳の時に好きな男と一緒に、この国の南の村から王都に来たの。でもその男は、すぐ違う女を作ってどこかへ消えた」


その声には、遠い過去を思い返すような響きがあった。


「悔しくてさ。それで見返してやろうと思って、ここに来た」


ツキノはそこで一度言葉を切った。


「最初は断られたわ。でもたまたま店の前で、当時ロクメイカンのナンバーワンだったツキノ・ヒカル姉さんに拾われて。しばらく付き人をしていたの」


俺は黙って彼女の話を聞いていた。


「ヒカル姉さんが辞める時に『ツキノ』の名前を貰って、ツキノ・ミライになったのよ」


俺は彼女の横顔を見つめた。


十八歳で王都へ出て、信じていた男に捨てられ、それでも立ち止まらずにここまで来た。


今の凛とした彼女の姿の裏側に、そんな過去があった。


「しばらくして、店の前に私を捨てた男が待ち伏せしててさ」


ツキノはほんの少しだけ目を細めた。


「『俺が悪かった、やり直そう』って言ってきたのよね」


口元に、呆れたような笑みが浮かぶ。


「その時思ったのよ。『この男のどこが好きだったのかしら』って……。そんな感じかな」


俺は何も言わず、彼女の体を自分の方へ抱き寄せた。


そして、静かに告げる。


「全部話してくれてありがとう。俺はいなくならない。大丈夫だよ」


その瞬間、ツキノの体が一瞬だけびくりと震えた。


俺の首に回された彼女の腕に、さっきよりも強い力がこもる。


言葉は返ってこない。


それでも、抱きしめる力だけで十分だった。


この世界に来てから、俺はある意味ずっと一人だった。


転生者であることを隠し、記憶の欠落を抱えながら生きてきた。


その俺の腕の中に、今はツキノがいる。


俺は彼女の背中に伝わる確かな体温を感じながら、静かに目を閉じた。


窓の外から聞こえる王都の喧騒が、今は遠くの出来事のように思えた。





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