↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/208

第86話 ツキノの告白


 


 馬車が止まり、俺は外に出た。


 夕闇の中に、前と変わらない黄金の輝きが浮かんでいる。


 ロクメイカンの建物を見上げた。ここに来るのは二度目だ。


 自分の店の三倍は魔石を使っているという金色の建物は、豪華な光を放ち、夜の闇を塗りつぶしている。


 外壁に埋め込まれた大量の魔石が、周りの家並みを圧倒するように輝いていた。その明るさは、自分の店とは比べものにならない。


 この街で、ロクメイカンの名前を知らない者はほとんどいない。


 高級娼館。


 ただ女性と酒を楽しむだけの店ではない。ここに来る客は、金だけでなく、身分や評判、そして店からの信頼さえも求められる。


 特に、ロクメイカンのナンバーワンであるツキノに会うとなれば、話は別だ。


 どれだけ金を持っていても、誰でも簡単に相手をしてもらえるわけではない。


 客が女性を選ぶのではなく、女性の側が客を選ぶ。


 現世でいうところの花魁に近い存在。


 その中でもツキノは、ロクメイカンの看板を背負う特別な女性だった。


 彫刻のある重い鉄の門の前に立ち、一呼吸置いた。


 門の両脇に立つ正装の門番が、俺の前に一歩出て、視線を向けてくる。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「ギャングスターの、リュウジィだ」


 俺が答えると、門番は短く頷き、黄金の門に手をかけた。


 重い音を立てて、左右に扉が開く。


 開いた門の奥から、甘い香油の匂いと、黄金の光が流れてきた。


 石畳を踏み、建物の中に入った。


 エントランスを抜けた先には、広いロビーがある。床には毛足の長い絨毯が敷かれ、足音が消えていく。


 前にカシムと座った、深い緑色の革張りソファが並ぶ一角を通り過ぎた。


 あの時も、この場所には上品な服を着た客たちがいた。


 高価な酒を手にした男たちが、隣に座る女性へ甘い言葉を囁いている。女性たちは笑顔を浮かべ、客の話に耳を傾けていた。


 しかし、どれだけ豪華な服を着ていても、どれだけ金を持っていても、この店の頂点に立つツキノの隣に座れる者は限られている。


 彼女は、誰かに買われるだけの女性ではない。


 自分の価値を知り、相手を選ぶ側の人間だ。


 そんなことを考えていると、ロビーの奥から、聞き覚えのある足音が近づいてきた。


 黄金の光を背にして現れたのは、ツキノだった。


「……リュウジィ、来てくれたの?」


 ツキノは俺の前で足を止め、少しだけ目を細めた。


 その表情には、普段から客の前で見せている余裕がある。


 けれど、よく見れば、赤い瞳の奥にはわずかな揺らぎがあった。


 相変わらず、真夜中の闇を溶かしたような黒髪が波打ち、歩くたびに甘い果実の香りが漂う。


 艶やかな髪も、整った顔立ちも、相手を惹きつける仕草も、すべてが彼女の武器なのだろう。


 ロクメイカンのナンバーワン。


 数え切れないほどの客を魅了し、簡単には手の届かない場所にいる女性。


 そんなツキノが、今は俺の前に立っている。


 それだけで、周囲の客たちの視線が集まっているような気がした。


「行きましょう。こっちよ」


 ツキノはそう言って、俺を促した。


 俺は頷き、ツキノに導かれて、奥に続く広間へ入った。


 広間には、贅沢な格好をした客たちが、隣に座る女性たちと楽しそうに酒を飲みながら話している。


 豪華な照明が天井から降り注ぎ、色とりどりの衣装をまとった女性たちが、華やかな笑顔を浮かべていた。


 酒の香りと香油の匂いが混ざり合い、楽しげな笑い声が広間の中に響いている。


 その中でも、ツキノの存在は明らかに違っていた。


 彼女が歩くと、何人もの客が自然と視線を向ける。


 ロクメイカンのナンバーワンが、誰かを連れて広間を横切っている。


 その事実だけで、周囲の空気がわずかに変わった。


 俺はツキノに導かれ、その賑やかな喧騒の中に身を置いた。


 広間の一角にある席に座り、運ばれてきたグラスを合わせた。


 澄んだ音が響く。


 ツキノはグラスを傾け、ふっと表情を和らげた。


「来てくれてありがとう。……本当に嬉しいわ」


 その言葉は、普段の彼女が客に向ける社交辞令とは少し違って聞こえた。


 高級娼館のナンバーワンであるツキノなら、客を喜ばせる言葉などいくらでも知っているはずだ。


 相手の気分を読み、欲しい言葉を選び、自然な笑顔で届ける。


 それが彼女の仕事であり、彼女が身につけてきた技術なのだろう。


 だが、今の声には、そうした計算だけではないものが混じっていた。


「アズマリアの件、お疲れ様。大変だったわね」


 ツキノはそう言って、グラスの縁に唇を寄せた。


「なんだ、バッドはそこまで話してたんだ」


 俺は苦笑しながら、グラスを傾ける。


「……あのさ、ツキノさん。ずっと聞きたかったんだけど、毎週店に来てくれてたみたいだね。なんで? 確かにうちの焼き肉は美味いけど、毎週来るのは……」


 俺が問いかけると、ツキノは赤い瞳を少し泳がせた。


 グラスの縁を指でなぞりながら、しばらく考え込む。


 普段のツキノなら、こんなふうに返事に迷うことはないのだろう。


 どんな客が相手でも、相手の気持ちを読み取り、柔らかな笑みを浮かべながら、隙のない言葉を返す。


 けれど、俺の前では、その完璧な余裕が少しだけ崩れていた。


「……心配だったから、かな。自分でもよくわからないの」


「はあ? わからないって……」


「だって、そんなのわからないよ」


 ツキノは小さく笑った。


 その笑みには、いつもの花魁らしい艶やかさがあった。


 それなのに、どこか誤魔化しているようにも見えた。


「……ねえ、リュウジィ。君はどうして甘いものが好きなの? そう聞かれて、ちゃんと理由を答えられる?」


 茶目っ気のある笑みを浮かべ、ツキノは俺の顔を覗き込んできた。


 その仕草は、客を惹きつけるために磨かれたものなのかもしれない。


 わずかに首を傾け、相手の目を見つめ、甘い声で問いかける。


 そんな仕草ひとつで、男たちは簡単に心を奪われるのだろう。


 だが、今のツキノは、俺を誘惑しているというより、本当に答えを求めているように見えた。


「うーん、それは……」


 俺はグラスを置き、少し考える。


「でもさ、俺がいくら店をやってるからって、ツキノさんから見たら俺なんてまだ小僧でしょ。そんなに気に掛けるような相手かな」


 中身は46の親父なんだけどな。


 心の中で付け加え、俺は苦笑いして視線を外した。


 ロクメイカンのナンバーワンであるツキノから見れば、俺なんてまだまだ若い。


 大勢の客から求められ、金や身分を持つ男たちを相手にしてきた彼女にとって、俺のような男は特別な存在ではないはずだった。


 だが、ツキノは笑わなかった。


 赤い瞳が、真っ直ぐにこちらを捉える。


「自分でも不思議なの。貴方は普通の人じゃないから」


 ツキノは静かに言葉を続けた。


「言葉や見た目だけじゃなくて、もっと深いところに何かがある気がするのよ」


「普通じゃない? ……まあ、確かにそうかもね」


 ある意味、普通じゃないのは確かだけどな。


 俺が曖昧に返すと、ツキノは確信を持ったように頷いた。


「普通じゃないわよ」


 ツキノはグラスを置き、俺を見つめる。


「だってその若さでお店を成功させて、力もあって、王宮や貴族にもつてがある。そんなの、普通ならもっと傲慢になって調子に乗るわよ」


 そこで一度、言葉を切った。


「でも、貴方はそうじゃない。初めてお店に行った時だって、どこか冷めていたし」


「そうだったかな。……あんまり自覚はないけど」


 あの時はリブルに完敗して、めちゃくちゃ凹んでたからな。


 俺はグラスの中身を眺めながら、心の中で苦笑した。


 ツキノはそんな俺の様子を見て、少しだけ目を細める。


 その視線には、客を見る時のような値踏みする色はなかった。


 男の価値を金や身分で測るのではなく、目の前にいる一人の人間を見つめている。


「だから気になった。何故か分からないけど、貴方のことがどうしても気になるの」


 その言葉に、俺は返事をするのを忘れた。


 ツキノは、いつものように余裕のある笑みを浮かべている。


 ロクメイカンのナンバーワンとして、誰にも簡単には触れさせない女性の笑み。


 けれど、その瞳の奥には、今まで見たことのないものがあった。


 客の前では決して見せない、戸惑いのようなもの。


 自分でも理由を説明できない感情に、ツキノ自身が驚いているようにも見えた。


 俺は何も言わず、グラスを傾けた。


 それからしばらく、俺たちは他愛のない話をしながら酒を楽しんだ。


 ツキノは時折楽しそうに笑い、俺のグラスが空くたびに酒を注いでくれた。


 アズマリアでの出来事。


 ギャングスターの店のこと。


 カエデが探してきた新店舗の話。


 そんな話をしているうちに、いつの間にか時間が過ぎていた。


 ツキノは、俺の話を聞く時も、時折小さく相槌を打ちながら、じっとこちらを見ていた。


 普段なら、客を楽しませるために自分から話題を振り、相手の話を引き出す側なのだろう。


 けれど今夜は、俺の話を聞くことそのものを楽しんでいるようだった。


 ツキノと話していると、不思議と肩の力が抜ける。


 いつもなら気にしてしまう女性との距離も、今夜はそれほど気にならなかった。


 ロクメイカンのナンバーワン。


 金を積んでも簡単には手に入らない女性。


 そんな相手が隣にいるというのに、俺は彼女を特別扱いすることなく、自然に話していた。


 それが、ツキノにとっては嬉しかったのかもしれない。


 やがて、ツキノがゆっくりと立ち上がった。


 その動作には、花魁らしい優雅さがあった。


 急ぐこともなく、周囲の視線を気にすることもない。


 彼女が立ち上がるだけで、広間の空気がわずかに揺れる。


 それほどまでに、ツキノという女性の存在は大きかった。


 彼女は俺の手をそっと取り、潤んだ瞳でじっと見つめてくる。


「……ねえ、リュウジィ。今夜はこのまま、帰るなんて言わないわよね?」


 その問いかけには、いつもの余裕たっぷりな態度とは違う、どこか縋るような響きがあった。


 いつもなら、客を焦らし、簡単には答えを与えない側のツキノ。


 金を払ったからといって、すぐに距離を縮められるわけではない。


 男たちは彼女の微笑みひとつに心を奪われ、彼女が許す時を待つ。


 そんな女性が、今は自分から俺の手を取っている。


 その事実に、俺は少し驚いた。


 俺は握られた手に力を込め、彼女の顔を正面から見据えた。


「帰らないよ」


 俺が短く答えると、ツキノは安堵したように微笑んだ。


 その笑顔を見て、俺の胸の奥に小さな熱が灯る。


 それは、ロクメイカンのナンバーワンが客に向ける営業用の笑顔ではなかった。


 少なくとも、俺にはそう見えた。


 俺たちは広間を後にし、さらに奥へと進んだ。


 厚い絨毯の上を歩き、ツキノが静かに重厚な扉を開ける。


 その先は、広間の喧騒から切り離された、特別な部屋だった。


 ロクメイカンの中でも、限られた客しか入ることのできない場所なのだろう。


 ツキノが普段どれだけ多くの客を相手にしていても、誰もがこの場所へ通されるわけではない。


 俺はそんなことを考えながら、彼女の後に続いた。


 部屋に入り、扉を閉めると、広間の喧騒が嘘のように消えた。


 薄暗い室内には、先ほどよりさらに強い果実の香りが満ちている。


 外の黄金の光は遠ざかり、部屋の中には柔らかな明かりだけが残っていた。


 俺は自分に寄り添うツキノの細い腰に手を回し、引き寄せた。


 ツキノの指先が俺の胸元に触れ、熱を帯びた瞳が俺を捉える。


 いつもなら、相手を翻弄する側の彼女が、今は俺の腕の中にいる。


 それでも、ツキノの仕草には、長年培ってきた花魁としての美しさがあった。


 視線の向け方も、身体の寄せ方も、指先の動きも、すべてが自然で隙がない。


 けれど、その奥にある感情までは隠しきれていなかった。


 言葉はもう必要なかった。


 俺はそのままツキノを抱き上げ、静かな闇の中へと誘った。


 ――。


 事が終わり、静寂が訪れる。


 俺の腕の中で、ツキノが顔を埋めていた。


 ロクメイカンのナンバーワンとして、普段は誰にも簡単に触れさせない女性。


 金を積んでも、身分を示しても、彼女の心まで手に入れられるわけではない。


 そんなツキノが、今は俺の腕の中で身を寄せている。


「ねえ、リュウジィ。……私を、女にしてよ」


「えっ? いきなり? なんで?」


 驚いて聞き返すと、ツキノは答えず、俺を強く抱きしめた。


 腕の中に、彼女の重さを感じた。



お読みいただき、本当ありがとうございます。もし気に入っていただけましたら、作品のブックマークや、下の星(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!次の更新の大きなエネルギーになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。