第86話 ツキノの告白
馬車が止まり、俺は外に出た。
夕闇の中に、前と変わらない黄金の輝きが浮かんでいる。
ロクメイカンの建物を見上げた。ここに来るのは2度目だ。
自分の店の3倍は魔石を使っているという金色の建物は、豪華な光を放ち、夜の闇を塗りつぶしている。外壁に埋め込まれた大量の魔石が、周りの家並みを圧倒するように光っていた。その明るさは、自分の店とは比べものにならない。
彫刻のある重い鉄の門の前に立ち、一呼吸置いた。
門の両脇に立つ正装の門番が、俺の前に一歩出て、視線を向けてきた。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ギャングスターの、リュウジィだ」
俺が答えると、門番は短く頷き、黄金の門に手をかけた。重い音を立てて、左右に扉が開く。
開いた門の奥から、甘い香油の匂いと、黄金の光が流れてきた。
石畳を踏み、建物の中に入った。
エントランスを抜けた先には、広いロビーがある。床には毛足の長い絨毯が敷かれ、足音が消える。前にカシムと座った、深い緑色の革張りソファが並ぶ一角を通り過ぎた。
ロビーの奥から、聞き覚えのある足音が近づいてきた。
黄金の光を背にして現れたのは、ツキノ本人だった。
「……リュウジィ来てくれたの?」
ツキノは俺の前で足を止め, 少しだけ目を細めた。
相変わらず、真夜中の闇を溶かしたような黒髪が波打ち、歩くたびに甘い果実の香りが漂う。跳ね上がった目尻に縁取られた深紅の瞳は、やはり俺の心の内を見透かしているようだった。
「行きましょう。こっちよ」
俺は頷き、ツキノに促されて、奥に続く広間に入った。
広間には、贅沢な格好をした客たちが、隣に座る女性たちと楽しそうに酒を飲みながら話している。俺はツキノに導かれ、その賑やかな喧騒の中に身を置いた。
広間の一角にある席に座り、運ばれてきたグラスを合わせた。澄んだ音が響く。
「(グラスを傾け、表情を和らげる)来てくれてありがとう。……本当に嬉しいわ」
ツキノはグラスを傾け、ふっと表情を和らげた。
「アズマリアの件、お疲れ様。大変だったわね」
「なんだ、バッドはそこまで話してたんだ。……あのさ、ツキノさん。ずっと聞きたかったんだけど、毎週店に来てくれてたみたいだね。なんで? 確かにうちの焼き肉は美味いけど、毎週来るのは……」
俺が問いかけると、ツキノは赤い瞳を少し泳がせ、グラスの縁を指でなぞった。
「……心配だったから、かな。自分でもよくわからないの」
「はあ? わからないって……」
「だってそんなのわからないよ。……ねえ、リュウジィ。君はどうして甘いものが好きなの? そう聞かれて、ちゃんと理由を答えられる?」
ツキノは茶目っ気のある笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んできた。
「うーん、それは……。でもさ、俺がいくら店をやってるからって、ツキノさんから見たら俺なんてまだ小僧でしょ。そんなに気に掛けるような相手かな」
(中身は46の親父なんだけどな)
心の中で付け加え、俺は苦笑いして視線を外した。だが、ツキノは真剣な眼差しをこちらに戻した。
「(真剣な眼差しを向ける)自分でも不思議なの。貴方は普通の人じゃないから。言葉や見た目だけじゃなくて、もっと深いところに何かがある気がするのよ」
「普通じゃない?……まあ、確かにそうかもね」
(ある意味、普通じゃないのは確かだけどな)
俺が曖昧に返すと、ツキノは確信を持ったように頷いた。
「普通じゃないわよ。だってその若さでお店を成功させて、力もあって、王宮や貴族にもつてがある。そんなの、普通ならもっと傲慢になって調子に乗るわよ。でも、貴方はそうじゃない。初めてお店に行った時だって、どこか冷めていたし」
「そうだったかな。……あんまり自覚はないけど」
(あの時はリブルに完敗して、めちゃくちゃ凹んでたからな)
ツキノはグラスを置き、じっと俺を見つめた。
「(グラスを置き、じっと見つめる)だから気になった。何故か分からないけど、貴方のことがどうしても気になるの」
それからしばらく、俺たちは他愛のない話をしながら酒を楽しんだ。ツキノは時折楽しそうに笑い、俺のグラスが空くたびに酒を注いでくれた。
やがて、ツキノがゆっくりと立ち上がった。
彼女は俺の手をそっと取り、潤んだ瞳でじっと見つめてくる。
「(俺の手を取り、潤んだ瞳で見つめる)……ねえ、リュウジィ。今夜はこのまま、帰るなんて言わないわよね?」
その問いかけには、いつもの余裕たっぷりな態度とは違う、どこか縋るような響きがあった。俺は握られた手に力を込め、彼女の顔を正面から見据えた。
「(握られた手に力を込め、正面から見据える)帰らないよ」
俺が短く答えると、ツキノは安堵したように微笑んだ。
俺たちは広間を後にし、さらに奥へと進んだ。厚い絨毯の上を歩き、ツキノが静かに重厚な扉を開ける。
部屋に入り、扉を閉めると、広間の喧騒が嘘のように消えた。薄暗い室内には、先ほどよりさらに強い果実の香りが満ちている。
俺は自分に寄り添うツキノの細い腰に手を回し、引き寄せた。ツキノの指先が俺の胸元に触れ、熱を帯びた瞳が俺を捉える。
言葉はもう必要なかった。俺はそのままツキノを抱き上げ、静かな闇の中へと誘った。
――。
事が終わり、静寂が訪れる。
「(俺の腕の中で顔を埋める)ねえ、リュウジィ。……私を、女にしてよ」
「(驚いて聞き返す)えっ? いきなり? なんで?」
ツキノは答えず、俺を強く抱きしめた。
(……腕の中に、彼女の重さを感じた)




