第84話 通過儀礼
ギャングスターを二つに分けるにあたり、リュウジィたちは連日話し合いを重ねた。
新店舗へ移すのは「焼肉屋」か「キャバクラ」か。ハク、カエデ、リナ、バッド、シド、そして従業員全員の意見を集約した結果、焼肉屋を新店舗へ移すことに決まった。
現在の店舗は、全フロアをキャバクラに改装する。二階席は贅を尽くしたVIPルームとして、新たな客層を呼び込む計画だ。
槌音と木の香りが満ちる改装の喧騒の中、バッドとシドが重い扉を開け、二人の男を店内へ招き入れた。
スラムの泥と冷気から連れてきた、ゼノン・ヴァルカリアとギノン・ヴァルカリア。
二人の双眸には、野生の獣のような鋭い眼光が宿っていた。
短く刈り込んだ頭に、腰には殺伐としたスラムでの生存を物語る、実戦向きのサーベルを無造作に帯びている。
バッドが気まずそうに二人の背を押し、リュウジィの前へ進み出た。
「兄貴、スラムにいた頃の俺の昔の仲間です。こいつらが新しく焼肉のスタッフとしてどうですかね? 昔、食堂とかでは働いた経験はあるのですが」
リュウジィは椅子に深く腰掛けたまま、静かに二人を見据える。
その底知れない眼差しを前にしても、双子は臆することなく、不敵に頷いてみせた。
「二人にどこまで話を聞いてるか、わからないけど。初めまして、リュウジィです」
穏やかな声色を遮るように、兄のゼノンが一歩前へ踏み出した。
リュウジィを見下ろすように、冷ややかな声で問い返す。
「初対面で失礼なんですけど、本当に強いんですか? 俺たち、自分より弱い奴の下には付けないんですよ」
ゼノンの指が、ギラリと光る腰の剣の柄にピタリと添えられる。
「テメエ、何言ってんだよ。兄貴、すいません!」
バッドが冷や汗を流しながら慌てて声を荒らげ、二人の間に割って入った。
だが、弟のギノンも兄のゼノンに並び立つように歩を進め、一歩も引かない気迫で言葉を重ねる。
「本当にそう思ってます。俺たち、馬鹿なんで」
そのピリついた緊張のやり取りをすぐ横で聞いていたシドは、これから何が起きるのかというワクワクを、どうしても抑えきれずにいた。
なぜなら、シドはまだ一度も、このリュウジィといが本気で戦う姿を見たことがなかったからだ。
リュウジィは双子を真っ直ぐに見据えたまま、胸の内で冷静に思考を巡らせる。
(おいおい、これ一応は面接だよな?ヤンキー漫画かよ。こいつらは暴力にしか敬意を払えないみたいだし、バッドの仲間なら本気で働いてくれたら戦力にはなるか)
結論に至ったリュウジィは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして無言のまま、店の出口へと体を向ける。
「わかった。外でやろうか」
無造作に歩き出し、背中越しに二人を促す。
その背中には、一切の隙がなかった。
淡々とした言葉に、双子の顔色がカッと変わる。
「「舐めんなよ!」」
怒声が部屋の空気を震わせ、ビリビリと鼓膜を打った。
見る見るうちに青ざめたバッドが、リュウジィと双子の間に慌てて割って入ろうとする。
「待ってください兄貴! お前らもいい加減にしろ!」
しかし、誰も止める間もなく、一行は店を出た。
少し歩いた所にある、だだっ広い空き地へと移動する。
シドはこれから始まる非現実的な光景を胸に描き、抑えきれない笑みで口元が緩むのを、どうしても隠せない。
「シド、お前も面白がってないで止めろよ!」
バッドがたまらず苛立ちをシドにぶつけた。
だがシドは涼しい顔をしたまま、空き地の中央に立つ三人へ視線を向け続ける。
「あの二人だってなかなかのもんだぜ。二人相手だったら、俺たちでもヤバいだろ? リュウジィさん、苦戦するんじゃないか」
バッドは呆れ果てたように、ふうっと大きな溜息を吐き出した。
「そっか、お前はその辺の話を詳しく知らないんだな。兄貴はアグニ村近くの闘技場で、連勝しすぎて出入り禁止になってんだよ」
その信じられない事実を噛み砕くように、かつての戦慄を思い出すような目で、バッドは言葉を継ぐ。
「それだけじゃねえ。俺たちがフロドとプリカを迎えに行った、アズマリアのデカい闘技場見たろ? 世界最大の! あそこで伝説の負けなしの剣闘士、ぶち殺してんだよ」
「えっ! うそっ」
シドの顔から余裕の色が完全に消え去り、息を呑む音が響いた。
二の句が継げず、冷や汗を流しながら焦った様子で、空き地の中央を凝視する。
その頃、リュウジィはそっと胸に手を当て、身に纏った漆黒のベロア生地――ファフニールに意識を集中させていた。
(俺の力だけでやる。お前は大人しくしててくれ)
静かな確認を終えると、リュウジィは対峙する双子へ向かって、淡々と事実を告げた。
「ただやるんじゃつまらないから。俺が勝ったら二人とも奴隷な」
完全に戦闘のスイッチが入ったリュウジィの容赦ない意図を察し、バッドは苦虫を噛み潰したような顔をして天を仰いだ。
「「奴隷なんて、何でもなってやるよ!」」
二人の怒号が重なった瞬間、鮮烈な抜刀の音が響き渡る。
鋭い一撃が上下に綺麗に撃ち分けられ、殺気立った空気を引き裂きながら、リュウジィへと猛然と迫った。
しかし、目前に迫る死の刃を前にしても、リュウジィは微動だにしない。
静かに思考の速度を限界まで加速させる。
(あれ、遅いな……。今、ファフニールの力は使ってないよな?)
二つの必殺の剣撃が、リュウジィの残像をただ通り抜けていった。
だが、手に伝わるはずの確かな手応えはどこにもない。
ほんの一瞬前まで正面にいたはずのリュウジィの姿は、すでに跡形もなく消え失せていた。
気づけば、リュウジィはゼノンの真横に音もなく佇んでいる。
「なにっ!」
ゼノンが目を剥いて驚愕し、反射的に強引に剣を振り被る。
だが、その必死の抵抗よりも早く、リュウジィのしなやかな掌が、ゼノンのガラ空きの下腹部を軽く、しかし重く撃ち抜いた。
「グエッ」
ゼノンは肺の空気をすべて吐き出させられ、声にならない悲鳴とともに、そのまま地面へ崩れ落ちる。
「てめえ!」
相棒の敗北を見たギノンが血相を変え、猛烈な怒号とともに、頭上から袈裟がけの強烈な太刀を叩きつける。
しかしリュウジィは、避ける動作すら面倒臭がるように見せず、そのまま容赦なくギノンの懐へと一歩踏み込んだ。
そして、ギノンの顎を掌で下から軽く打ち上げる。
ギノンは防御する間もなく頭が跳ね上がり、仰向けにひっくり返ったまま、コテンと白目を剥いて完全に意識を失った。
バッドは、何が起きたのか理解できずに呆然と立ち尽くしているシドの脇腹を、肘で軽く小突いた。
「わかったか? 無茶苦茶手加減してあれだぞ」
シドは細かく震える声で、絞り出すように答えた。
「瞬殺じゃん。次元が違いすぎる……」
圧倒的な力の差を見せつけたリュウジィは、足元で気絶して倒れている二人を一瞥した。
それからバッドに向き直る。
「バッド。店の裏の部屋にいるから、落ち着いたら二人を連れて来てよ」
「兄貴、すいませんでした! すぐ連れて行きます」
バッドは冷や汗を拭いながら、恐縮しきった様子で深々と頭を下げた。
それからしばらくして、意識を取り戻したゼノンとギノンが、バッドたちに連れられて奥の部屋を訪れた。
双子はリュウジィの顔を見るなり、先ほどまでの威勢はどこへやら、迷うことなくその場でガタリと跪いた。
床に額をこすりつけるように深々と頭を下げ、震える声を絞り出す。
「すいませんでした!」
「そんなことしなくていいから、立ちなよ」
戸惑いながらおずおずと立ち上がった二人に対し、リュウジィは包み込むような温かさで、自らの右手を差し出した。
ゼノンの震える手を、そしてギノンの手を、順番に力強く、温かく握りしめる。
「改めて、リュウジィだ。これからよろしくね」
「「よろしくお願いします!」」
二人の晴れやかで威勢のいい返事を聞きながら、リュウジィは内心でふうっと大きくほっと胸をなでおろした。
(とりあえず、話の通じない相手じゃなくて良かった……。奴隷なんて言っちゃったけど、実際どうやってこき使えばいいんだよ。まあ、まずはまかないでも食わせて、店のルールを叩き込むか)
優しい眼差しを引っ込めると、リュウジィはいつものシャキッとした調子で声を張り上げた。
「よーし、じゃあ初仕事だ。バッド、こいつらに掃除道具持たせてやって。まずはこの店のホールを、隅から隅まで磨き上げてもらおうか」
リュウジィがからからと笑いながら小気味よい指示を出すと、ゼノンとギノンは「はいっ!」と迷いのない即座の返事をして、勢いよく動き出した。
その頼もしい後ろ姿を見送りながら、リュウジィは小さく、しかし安堵の息を吐き出したのだった。
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