↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/212

第83話:約束の対価






翌日、俺は一人で街の乗り合い馬車に乗り、王宮へと向かっていた。


窓の外では、ガタゴトと重い車輪が音を立てている。


遠ざかっていく店の屋根をぼんやりと眺めながら、昨夜、三ヶ月ぶりに再会した従業員たちの顔を思い出す。


すると、強張っていた頬の力が抜け、自然と口元が緩んでいくのを感じた。


ほんの一日挟んだ休息が、長旅ですり減った心身を心地よく癒やしてくれていた。


やっぱり、帰る場所があるってのはいいもんだな。


そんなことを考えながら、俺は窓の外へ視線を戻した。


庶民的な活気に満ちた市場の喧騒を抜け、馬車が貴族街へと足を踏み入れる。


その瞬間、街の空気がスッと変わった。


雑多な生活音はいつの間にか消え、代わりに綺麗に手入れされた街路樹と、重厚な石造りの屋敷が静かに並び始める。


人々の話し声も、商人たちの呼び込みも聞こえない。


聞こえてくるのは、馬車の車輪が石畳を踏みしめる音だけだった。


この凛とした静けさこそが、王宮の近くまでやってきた証拠なのだろう。


やがて、青空を背景に、巨大な白亜の城壁と高い尖塔が姿を現した。


陽光を受けた王家の紋章が、まばゆい光を放っている。


門前に直立する衛兵たちの鎧も、磨き上げられていた。


馬車が王宮の正門前でゆっくりと速度を落とし、やがて車輪が止まる。


三ヶ月前、この門を出る時に感じていた重圧は、今や確かな達成感へと変わっていた。


胸の奥で、熱いものが静かに脈打っている。


「さあ、報告といこうか」


俺は独り言をつぶやき、馬車の扉に手をかけた。


カチリと硬質な音が響く。


扉を開け、スッと背筋を伸ばして外へ降り立った。


正門の衛兵に、懐から取り出した通行証を提示する。


それは三ヶ月前、国王から直々に手渡された、俺の命綱であり信任の証だった。


衛兵は一瞬だけ目を見開いて息を呑んだ。


だが、すぐに訓練された動きで直立不動の姿勢に戻る。


「通行証を確認しました」


衛兵がそう告げると、重々しい門がゆっくりと押し開かれた。


俺は広大な中庭を早足で抜け、本宮へと続く薄暗い回廊を進んでいく。


磨き上げられた大理石の床に、俺の靴音がコツコツと規則正しく響いた。


すれ違う官吏や騎士たちが、この世界では浮きまくる漆黒のチャイナ服という異質な格好の俺を一瞥する。


驚きの視線を送ってくる者もいた。


だが、足を止める者は誰一人としていない。


「リュウジィ」という名と、この背負った役割が、既に王宮の隅々にまで浸透している何よりの証拠だった。


やがて、目の前に巨大な装飾が施された両開きの扉が立ちはだかる。


俺の足がピタリと止まった。


扉の両脇に仁王立ちする重装騎士が、俺の姿を認めるやいなや、左右へと分かれた。


ずっしりと重い扉が、音もなく静かに開かれる。


その奥から、謁見の間が姿を現した。


高い天井のステンドグラスから差し込む光。


広大な大理石の床。


そして、その先にある玉座。


三ヶ月前と一ミリも変わらぬ威容を湛えた国王が、深々と玉座に座していた。


その周囲を固める重臣たちの冷徹な視線が、一斉に針のように突き刺さってくる。


俺は広大な大理石の空間を真っ直ぐに歩み、王の正面からわずかに距離を残した位置でピタリと足を止めた。


そして、深く頭を下げる。


「ただいま戻りました。国王陛下」


王はゆっくりと瞼を開き、まるで値踏みするかのように俺を真っ直ぐに見据えた。


「よくぞ戻った、リュウジィ。まずは礼を言わせてもらおう」


国王は静かに言葉を続ける。


「あの日、刺客の手からリリス王女殿下を守り抜いてくれたこと。改めて感謝する。そして、単身アズマリアへと渡り、現地調査を全うしてくれたこともな」


王は一度言葉を切り、重みのある深く確かな頷きを見せた。


「そなたの口から聞こう」


俺はスッと顔を上げ、王の揺るぎない視線を正面から受け止めた。


「はい。アズマリアのヒルデガルド王女様からの伝言。それに、あちらで判明した事実を報告に参りました」


俺は息を整えた。


アズマリアで目の当たりにした過酷な出来事を、一つひとつ整理しながら順を追って語っていく。


リリス王女殿下暗殺未遂の黒幕が、あろうことかアズマリアの大臣ピエールであったこと。


そして、アズマリア国王が病に伏せっており、その隙を野心に満ちた者が突いた痛ましい策略であったこと。


俺は、そこで知った事実を包み隠さず報告した。


「ヒルデガルド王女様は、我が国との戦争など望んでいません。それどころか、国内の問題が片付き次第、彼女自ら謝罪のために当国を訪問すると明言しました」


静まり返った謁見の間に、俺の張り詰めた声だけが響き渡る。


王は一切の表情を変えず、沈黙を守っていた。


俺が紡ぐ真実の一言一句を、逃さず聞き取ろうとしているようだった。


左右に控える大臣たちが、ざわめきの波を立て始める。


だが、王が鋭い一瞥をくれた瞬間、再びピリついた静寂が部屋を支配した。


俺は最後まで報告を終え、深く息を吐き出す。


「……以上が、アズマリアでの報告です。陛下、これでお分かりいただけたはずです。リリス王女殿下を狙った暗殺計画の真相は、あちらの王女の手で決着がつきました」


王は玉座の冷たい肘掛けを、トントンと静かに指で叩いた。


石を打ち据えるような、硬質で乾いた音が広大な謁見の間に冷たく反響する。


しばしの沈黙。


やがて、王が口を開いた。


「……見事だ、リュウジィ。そなたがもたらした功績は、この国を救ったに等しい」


王の声が、静かに謁見の間へ響く。


「アズマリアとの不毛な争いは回避された。約束通り、そなたの功績を認めよう」


その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥で熱いものが込み上げた。


終わった。


長かった任務が、ようやく一つの形になった。


だが、ここで気を緩めるわけにはいかない。


俺はさらにもう一歩、決意を込めて足を踏み出した。


「ありがとうございます。……ならば、陛下。以前交わした『約束』についても、履行していただけるということでよろしいでしょうか」


俺の絞り出すような、しかし確かな熱を持った声が謁見の間にこだまする。


「この国で六十年前から続く『武道家スキル持ちの騎士や傭兵禁止』の法。元々戦うためであるはずの武道家スキル持ちが、この理不尽な法律のせいで路頭に迷っている。その鎖を断ち切り、彼らに正当な評価と職に就く道を与えていただきたい」


俺は王を真っ直ぐに見据えた。


この国には、武道家としての力を持ちながら、その力を正当に評価されない者たちがいる。


闘技場で泥を啜りながら戦う者。


力仕事で、その日暮らしを強いられる者。


そんな連中を、俺は見てきた。


そして、もう見過ごすことはできなかった。


王はしばしの深い沈黙ののち、ゆっくりと、しかし力強く頷いてみせた。


「……よかろう」


その一言が、静まり返った謁見の間に響く。


「そなたは東の地において、我が国の盾となることを十分に証明した。私が全土に対し、法改正を知らしめよう」


王は玉座から、まっすぐに俺を見据えた。


「今日この時を以て、不当な法に縛られた武道家たちの過酷なる時代は終わる」


国王の厳かな宣言が、謁見の間に響き渡った。


俺はその言葉を、胸の奥でしっかりと受け止めた。


そして、ようやく胸に溜まっていた息を、ふうっと静かに吐き出す。


(元々大志を抱いてた訳じゃない。俺自身、この法改正がなくてもこの世界で十分やっていけていた。だが、闘技場で泥を啜りながら戦う連中、力仕事でその日暮らしを強いられる武道家たちの姿を無視することはできなかった。……これでようやく、あいつらもまともな飯が食えるようになる。俺の店に来たら、たらふく食わせてやるか)


そんなことを考えながら、俺は深く頭を下げた。


「ありがとうございます、陛下」


張り詰めた空気の残る謁見の間を辞し、薄暗い長い回廊を抜ける。


ようやく王宮の出口へと差し掛かった、その時だった。


「リュウジィ!」


背後から、不意に耳をくすぐる聞き覚えのある鈴のような声が響いた。


ハッと振り返る。


そこには、美しい長い黒髪を風になびかせたリリス王女殿下がいた。


ドレスの裾を揺らしながら、こちらへ向かってまっすぐ駆け寄ってくる。


あの日、ほんの束の間のお忍びの護衛として街を一緒に歩いた時以来の、懐かしい再会だった。


リリス王女殿下は俺の目の前でピタリと足を止めた。


軽く弾んだ呼吸を整えながら、ふっと顔を上げる。


透き通るような銀色の瞳が、差し込む陽光を浴びて宝石のように眩しく煌めいていた。


その真っ白な首元には、あの日の思い出を象徴するように、三日月のチョーカーが小さく揺れている。


「リュウジィ、本当によく戻ってくれたわ。アズマリアでのこと、父様から聞いたわ。無事に調査を終えて帰ってきてくれて、安心したわ」


リリス王女殿下はそう言って胸をなで下ろすと、上品にドレスの裾を少しだけ持ち上げた。


そして、俺に向かって綺麗な弧を描くように丁寧に頭を下げる。


「心から感謝するわ。リリスとして、そしてこの国の王女として。本当にありがとう」


突然の丁寧な謝辞に、俺は少し面食らって気恥ずかしくなった。


だが、すぐにいつもの調子を取り戻し、口角を上げる。


「お礼なんていいんですよ。俺は約束を守っただけですから。それに、リリス王女殿下が無事で何よりです」


リリス王女殿下は顔を上げた。


先ほどまでの緊張が嘘のように、少しだけいたずらっぽい無邪気な笑みを浮かべている。


そして、トントンと俺との距離をさらに一歩詰めてきた。


「ねえ、リュウジィ。また私がお忍びで街を見に行く時は、あなたが護衛をしてくれるかしら?」


唐突な、しかしどこか弾んだその問いかけに、俺は迷うことなく、嘘偽りのない満面の笑顔で即答した。


「ああ、もちろん。王女殿下のお守りなら、いつでもお任せください。次はもっと面白い場所へ案内しますよ」


リリス王女殿下は俺のその力強い言葉を聞き届けると、心から安心したように、満足げに愛らしく頷いた。




お読みいただき、本当ありがとうございます。もし気に入っていただけましたら、作品のブックマークや、下の星(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!次の更新の大きなエネルギーになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。