82話 アウトローズ・クラウンからライズアップ④
シャルナが、赤い鞘から音もなく剣を抜いた。
「死ぬときの名前として、バッドって名前はちょうどいいですね。……いきます!」
シャルナが地面を蹴った。
その踏み込みは驚くほど軽い。まるで風に乗ったように身体が滑り、一瞬でバッドの横へ回り込んだ。
次の瞬間、赤い剣が閃く。
バッドは腰のオリファルコンの剣を抜き放ち、迫る一撃を片手で受け止めた。
ガギィンッ!
金属同士が激しくぶつかり、乾いた衝撃音が路地に響き渡る。
「なんだ、全然大したことないじゃん」
バッドは鼻で笑いながら吐き捨て、剣を弾き返した。
シャルナの身体が軽やかに後ろへ飛び退く。
着地と同時に、赤い剣が再び突き出された。
バッドは剣を返し、迫る刃を受け流す。
二度、三度と剣が交わる。
そのたびに火花が散り、金属音が路地に連続して響いた。
バッドは余裕を持ってそれらをさばいていた。
しかし、五度目の打ち合いで、バッドの眉がわずかに動く。
ガキィンッ!
受け止めた剣から、先ほどまでとは違う衝撃が伝わってきた。
(なんか、重くなってない……?)
バッドは剣を押し返しながら、シャルナの動きを見た。
シャルナは笑っている。
まるで、バッドが何かに気づくのを待っているかのようだった。
さらに数合。
剣がぶつかるたびに、シャルナの剣から伝わる衝撃が増していく。
最初は片手で受け止められていた一撃が、今では腕の骨まで響くほどの重さになっていた。
シャルナが大きく踏み込み、上段から剣を振り下ろす。
赤い剣が、バッドの頭上から一直線に迫った。
バッドはそれを正面から受け止める。
ドゴォンッ!
凄まじい衝撃が腕から肩へ突き抜けた。
「……っ!」
バッドの右腕が大きく沈む。
足元の地面が砕け、土煙が舞い上がった。
バッドは奥歯を噛み締めながら、足で地面を削り、体ごと数メートル後ろへ押し下げられる。
ようやく止まったときには、右腕が痺れていた。
剣を構え直すバッドの視界で、シャルナの持つ剣の刀身が、赤黒い光を帯びて脈打っている。
まるで、今の衝撃を喰らって喜んでいるかのようだった。
バッドはしびれる右手を握り直し、その剣を睨みつける。
「……ただの剣じゃねえな。魔剣かよ」
シャルナは不敵な笑みを浮かべ、バッドを見据えた。
「気づきましたか。この剣は打ち合うたびに、相手の衝撃を吸い込んで力に変えるんです。普通の剣なら、さっきの一撃で折れてますよ。さすがオリファルコンの剣ですね」
「……小難しい能書きはいいんだよ!」
バッドが地面を蹴り、反撃に出る。
一瞬で間合いを詰め、オリファルコンの剣を鋭く振り抜いた。
刃が空気を裂き、シャルナの首筋を狙う。
シャルナはそれを正面から受け止めた。
ガキィンッ!
硬質な衝撃音が周囲に響き渡る。
シャルナの赤い剣が、再び赤黒い光を強く放った。
「らぁ!」
バッドは休まず剣を叩きつける。
右から左。
さらに上段からの連撃。
オリファルコンの剣が、次々とシャルナの魔剣へ襲いかかる。
シャルナはそのすべてを魔剣で受け止めた。
ガギィンッ!
ガキィンッ!
ドォンッ!
剣がぶつかるたびに、赤黒い光が激しさを増していく。
同時に、バッドの腕へ返ってくる反動も重くなっていった。
一撃ごとに、剣を握る手が沈む。
一撃ごとに、肩へ衝撃が食い込む。
「くっ……!」
バッドは歯を食いしばりながら、さらに剣を振るった。
しかし、シャルナはその攻撃を受け止めるたびに、ますます強くなっていく。
シャルナが小さく剣を振るう。
その一閃をバッドは剣で防いだ。
だが、次の瞬間。
ドゴォンッ!
あまりの衝撃に、バッドの膝が折れそうになった。
「くっ……!」
バッドは顔を歪める。
攻めているはずなのに、押されている。
剣を振るたびに、自分の方が削られていく。
一歩。
また一歩。
バッドの足が後退した。
シャルナの魔剣は、すでにバッドの腕力を上回る重さへと変わっていた。
バッドは剣を振り続ける。
だが、攻撃を仕掛けるたびに、魔剣の衝撃が腕へ叩き込まれる。
次第に、攻めることさえ苦しくなっていった。
その様子を近くで見ていたシドが、呆れたように、しかし警戒しながら声をかける。
「おい大丈夫かよ? てか、あいつ強すぎだろ」
シャルナは余裕の笑みを崩さず、剣を軽く振り払った。
「どうしました? 息が上がってますよ?」
バッドは荒い呼吸を整え、強気に言い返す。
「気のせいだよ、今度こそぶった斬ってやるからな」
言葉とは裏腹に、右腕はまだ痺れていた。
それでも、バッドは剣を握り直す。
シャルナが一歩踏み込んだ。
今度は、シャルナが攻勢に出る。
鋭い一撃がバッドを襲った。
バッドは剣を振り上げ、迎え撃つ。
ガキィンッ!
二撃目。
三撃目。
打ち合うたびに、魔剣の攻撃は重くなっていく。
バッドの腕に、凄まじい衝撃が叩き込まれた。
「ぐっ……!」
シャルナが放った重い横なぎを、バッドはなんとか剣の腹で受ける。
しかし、次の瞬間。
ドゴォンッ!
身体が大きく吹き飛ばされた。
バッドは地面を転がりながら、どうにか勢いを逃れる。
土煙が舞い、背中と肩に土がまとわりついた。
それでも、バッドはすぐさま立ち上がり、剣を構え直した。
(このままだと、マジでやばい……!)
右腕は限界に近い。
まともに打ち合えば、次は受け止めきれない。
シャルナの魔剣は、剣をぶつけるたびに強くなる。
ならば、正面からぶつかる必要はない。
バッドが鋭く踏み込んだ。
オリファルコンの剣が、シャルナへ向かって走る。
シャルナも剣を振りかぶった。
バッドの剣を受け止め、さらに力を増すつもりなのだろう。
二人の剣が、再びぶつかろうとする。
その瞬間。
バッドが剣の軌道をずらした。
刃と刃がぶつかる寸前、オリファルコンの剣がシャルナの魔剣をかわす。
シャルナの目が見開かれた。
「なっ……!」
剣と剣がぶつからない。
バッドはそのまま前転した。
身体を低く沈め、シャルナの横へ潜り込む。
土煙が舞う。
バッドはシャルナの真横で、しゃがみ込むような体勢になった。
刃が触れ合う音はしない。
魔剣の衝撃も、返ってこない。
シャルナが振り切った剣を戻し、バッドを斬りつけようとする。
しかし、低い体勢から繰り出されたバッドの剣の方が早かった。
「……もらった!」
バッドが鋭く叫ぶ。
オリファルコンの剣が、横一文字に走った。
ザシュッ!
シャルナの胴体が深く切り裂かれる。
「ああああああっ!」
シャルナが鋭い叫び声を上げて崩れ落ちた。
膝をつき、身体を折る。
赤黒い光を帯びていた魔剣が、シャルナの手から滑り落ちた。
バッドは立ち上がった。
荒い呼吸を吐きながら、膝をついたシャルナを見下ろす。
まだ終わっていない。
バッドは剣を振り上げた。
「……!」
シャルナが顔を上げる。
その首へ向かって、バッドは上から叩きつけるような斬撃を放った。
ザンッ!
シャルナの首が、音を立てて地面に転がった。
その場に、静寂が落ちた。
バッドは剣についた血を払い、周囲を囲んでいた連中を鋭い眼光で見回した。
「おい! お前らも神の戦士とか言って、こんな馬鹿にいつまで踊らされてんだよ。文句ある奴はいるか!」
開けた路地に、バッドの声が響く。
その場にいた人たちは、血の海に沈むシャルナの死体とバッドを交互に見つめ、一様に口を閉ざした。
武器を握る手が震え、視線を逸らす者もいる。
誰も何も言えない。
ただ、気まずい沈黙だけが、その場を支配していた。
やがて、一人が力なく武器を収め、背を向けた。
それをきっかけにするように、一人、また一人と、バッドに背を向けて路地の奥へと引き上げていく。
バッドは大きく肩で息をついた。
ようやく、終わった。
地面に落ちた赤い魔剣を拾い上げる。
赤黒い光は、まだ刀身の奥でかすかに脈打っていた。
「はあーっ、なんとか勝てた……。この魔剣、せっかくだからもらっとこ」
バッドは魔剣を担ぎ、顔を上げた。
少し離れた場所に、ギノンとゼノンが立ち尽くしていた。
二人はシャルナのあっけない最期と、目の前の現実が信じられないといった様子で、呆然としている。
バッドは二人へ歩み寄った。
「ギノン、ゼノン、俺たちと一緒に行こうぜ」
その言葉に、二人は顔を見合わせた。
迷いを抱えたまま、動けない。
シドが二人のもとへ歩み寄り、ぶっきらぼうに告げる。
「いつまでもここに居たって、何も変わんねえだろ」
ゼノンが、力なく笑いながら言葉を漏らした。
「……だけどさ、今さら俺たちが普通に戻れるわけないじゃん……」
バッドは拾った魔剣を担ぎ直し、普段通りの笑顔で答えた。
「過去は変えられないけど、今と未来は変えられるって、兄貴が言ってたぜ」
その場のピリッとした空気に似つかわしくない、調子の良いバッドの言葉。
シドが鼻で笑った。
ギノンとゼノンも顔を見合わせ、小さく吹き出した。
沈黙に包まれていた路地に、乾いた笑い声が広がった。
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