第81話:アウトローズ・クラウンからライズアップ③
バッドとシド、そしてサーベルを手にしたゼノンとギノンの四人は、廃屋の店の外へ出た。
外の空気を裂くように、二十人から三十人の男たちが、半円を描くようにして待ち構えている。誰もが薄汚れたスラム特有の、濁った殺気立った目をして、こちらを睨みつけていた。
その集団の真ん中に、一人の男が立っている。派手な赤いマントをこれでもかと羽織り、肩まで伸びた長髪を鬱陶しそうに揺らしている。血の気のない色白の顔には、こちらを心底から小馬鹿にしたような、歪んだ貼り付いた笑顔が浮かんでいた。
男の腰には、異様な存在感を放つ赤と黒の鞘に収められた剣が携えられている。
先ほどまでの恐怖を忘れたかのように、扉を蹴り破ってきた男が、バッドとシドを指差して声を張り上げた。
「こいつらですよ。グリズさんをやったのは」
その一言で、周囲の男たちの視線が蜘蛛の子を散らすようにバッドとシドへ集中する。しかし、赤いマントの男――シャルナは、その群れの視線を遮るように、芝居がかった足取りで一歩前に出た。
「おやおや、ちょうど良かったです」
シャルナはわざとらしく仰々しく一礼し、再び不快な笑みを浮かべる。
「ギノンさんとゼノンさんの、お仲間だったのですか? 初めまして、シャルナです」
一息おいて、シャルナがねっとりとした瞳で二人を見据える。
「でっ?」
シャルナは首を傾げた。
「ギノンさんもゼノンさんも、子供の遊びみたいに隠れてないで、私と一緒にここを国にするために力を貸してくれませんか? お二人の力なら幹部待遇で迎えますよ」
ふざけた誘い文句に、バッドが鼻で冷たく笑い、シャルナを真正面から見据えた。微かな苛立ちを孕んだ眼光が相手を射抜く。
「お前か?」
バッドは一歩前へ出た。
「このアウトローズ・クラウンを国にするとか、アホな事言ってる奴は?」
図星を突かれたのか、シャルナの貼り付けたような笑顔がピクリと止まる。冷徹な値踏みをするように、シャルナはバッドの顔を舐め回すように見た。
「誰ですか? 貴方は?」
「俺はバッドって言うんだよ」
「ああ! 前にここで有名人だった人ですよね?」
シャルナは思い出したように手を叩いた。
「話に聞いた事はありますよ」
シドは周囲の男たちの動向を鋭く警戒しつつ、冷めた声音で問いかける。
「何故ギノンとゼノンにこだわる? ほっとけばいいじゃねえか」
シャルナは馬鹿にしたように肩をすくめ、周囲の取り巻きの男たちと顔を見合わせた。
「私達の仲間でもないのに、やりたい放題されても。ほっといて欲しいなら、頭を下げればいいんですよ」
シャルナは声を上げて笑った。
「あははは! 僕達怖いからイジメないで下さいって」
シャルナに自分たちを愚弄された怒りに、ゼノンとギノンが握りしめた武器を震わせ、同時に声を荒らげた。
「ふざけんなよ!殺すぞ」
しかしシャルナはヘラヘラとした笑い声をぴたりと収め、今度はわざとらしい深い溜息をついた。赤いマントの裾を鬱陶しそうに払い、冷酷な瞳で一歩踏み出す。
「よく言いますよ。追い込まれて逃げ回ってるじゃないですか。貴方達二人は力があるから、部下にしてやると言ってるんです」
バッドは呆れ果てたように首を傾げ、心底理解できないといった風にシャルナに問いかけた。
「お前さぁ、ここを国にするとか言ってるけどさ、具体的にどうするの? 王宮はそんなの絶対に認めないぞ」
シャルナはふっと空を見上げ、陶酔したように両手を広げた。その瞳には、現実の重みを無視した狂信的な光が混じっている。
「認めないなら、認めさせればいい」
シャルナは拳を握りしめた。
「王の首を取って。このアウトローズ・クラウンの、私に付いてくる人間は神に選ばれし戦士だ」
現実離れした言葉に、シドが一歩前に出て冷徹に分析の矢を放つ。
「お前、頭大丈夫か?」
シドは指を立てて数え始めた。
「ここの人口って一万ちょいぐらいだよな。その半数以上が普通に生活してる人達だよな? そうなると、その神の戦士だか何か知らねえけど、戦力的に三千人ぐらいだぞ。それだけの人数で何が出来るの?」
シドの冷静すぎる論理的な指摘に、包囲する男たちの間に気まずい動揺が走った。しかし、シャルナの顔から笑みが消えることはない。
「神の戦士の力をわからせましょう。グリズさんの敵討ちもありますしね。バッドさんでしたか?」
シャルナは腰の愛刀に手をかけ、周囲の空気を凍てつかせるほどの強烈な殺気を放った。
「今から貴方を殺します。そして次は隣のお友達も。それとも、二人まとめて、私一人でお相手しましょうか?」
ぴりつく緊張感の中、バッドが口の端を吊り上げて不敵に笑った。
「面白えな、俺がやるよ」
バッドが鋭く剣を抜き放つ。夜気に響く鋭い金属音が戦いの幕開けを告げ、切っ先が真っ直ぐにシャルナの眉間を捉えた。
「俺が勝ったらゼノンとギノンから手を引けよ。見た事ある顔が何人かいるから、後ろのてめえ等にも言ってるからな」
バッドの低い、しかし圧倒的な威圧感を伴う声に、後方に控えていた男たちは気圧されたように一斉に沈黙した。
仲間を庇うようなその態度に、ギノンは顔を歪めて忌々しそうに吐き捨てる。
「余計な事すんな。俺達の問題だよ」
だが、シドは微動だにせず、横目でギノンを一瞥すると、まったく緊迫感のない不敵な笑みを浮かべた。
水を打ったような静けさの中、シドは飄々と言い放つ。
「いいから見てろ。アウトローズ・クラウンより、生きてるって実感が出来る場所に俺とバッドが連れて行くから。まあ、焼き肉の給仕だけどな」
シドはニヤリと笑った。
「……はぁ?」
あまりの予想外すぎる発言に、ギノンは呆けたような間抜けな声を漏らした。隣に立つゼノンも、突撃のために構えていたサーベルを握り直すことさえすっかり忘れ、大きく目を見開いたままその場に絶句している。
殺伐とした、一触即発の緊迫した空気の中に、あまりにも場違いで暖かな言葉がぽとりと落ちたのだった。
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