第80話:アウトローズ・クラウンからライズアップ②
バッドとシドは、かつての仲間たちの行方を求め、淀んだ空気が漂うスラム街の路地をひたすら歩き続けていた。
ヴァルカリア兄弟。
双子のゼノンとギノン。
荒くれ者が集うこの街にあって、二人は傑出した武力を持ち、バッドが誰よりも深い信頼を寄せていた男たちだ。
リュウジィの店へ新しい風を吹かせるため、二人は記憶の糸をたぐり寄せながら、いくつもの廃屋を巡っていた。
だが、兄弟の姿はどこにも見つからない。
泥が跳ねる湿った石畳を歩き回り、心当たりを一通り潰し終えたところで、疲労の色を滲ませたシドがピタリと足を止めた。
「バッド、あそこはどうかな?」
「あそこって……じいさんとばあさんの食堂か?」
「そう。亡くなった二人の育ての親が昔経営してた、あの食堂の廃屋。あそこなら、今のあいつらも身を寄せてるかもしれない」
シドの鋭いひらめきに、バッドは乾いた喉で小さく頷いた。
そして、迷いなく進む方向を変える。
建物の隙間を縫うようにして歩き、記憶に刻まれた食堂の廃屋へと辿り着いた。
看板は無惨に外れ、打ち捨てられた窓には古びた板が容赦なく打ち付けられている。
バッドは建て付けの悪い木の扉に手をかけた。
ギシギシと軋む扉を、全身の力を込めて一気に引き開ける。
舞い上がった埃が薄暗い店内の空気を白く染め、外の強烈な光が差し込んだ。
埃まみれの奥のテーブル席に、身を寄せ合うようにして並んで座る二人の男の姿が、静かに浮かび上がる。
ゼノン・ヴァルカリア。
そして、ギノン・ヴァルカリア。
二人は地肌が見えるほど短く髪を刈り込んでいた。
その生々しい頭の形がむき出しになっている。
かつての絆で結ばれた仲間である双子の兄弟は、案の定、そこに潜んでいた。
バッドは足音を立てて中へ踏み込み、緊張を和らげるように片手を軽く上げた。
「二人とも、久しぶりだな」
使い古された椅子に深く腰掛けたまま、ゼノンは顔を上げようともしなかった。
まるでバッドを拒絶するように、底冷えする低い声を絞り出す。
「久しぶりだぁ? 今さら何の用でここに来たんだよ」
ギノンは、傍らに無造作に立てかけられたサーベルへ手を伸ばし、その柄に触れながら冷ややかな視線を向けた。
「なんだよ、お前。その髪型」
ギノンは鼻で笑い、バッドの全身をなめるように見た。
「えらく綺麗に整えちゃってさ。すっかり飼い犬にでもなったのか?」
張り詰めた空気を断ち切るように、シドが一歩前へ出た。
そして、宥めるように両手を大きく広げる。
「二人とも、まずは話だけでも聞いてくれよ」
ギノンの鋭い視線が、スッとシドへ向けられた。
「お前もだよ、シド。バッドの様子を見てくるなんて言って出て行ったきり、そのまま戻ってこなかったじゃねえか」
バッドは怯むことなく、双子を真っ直ぐに見据えた。
そして、隠すことなく本題を切り出す。
「二人とも、ここを出て」
バッドは二人を見据えたまま、続けた。
「俺と一緒に働かないか? 俺にはお前たちの力が必要なんだ」
その言葉に、ゼノンがようやく顔を上げた。
鬱屈とした表情。
すべてを達観したような冷めた目が、バッドを射抜く。
「お前さ、自分は誰の下にも付かないなんて偉そうなこと言ってたくせに、今は王都の商人の下で働いてるらしいじゃねえか。すっかり牙を抜かれたか?」
侮蔑の言葉を浴びせられても、バッドは口角をグッと上げた。
自嘲するように、喉の奥で笑う。
「バキバキに抜かれた。手も足も出なかった。負けたんだから、勝った奴の下に付く。それが……」
自嘲の笑みを深め、バッドは言葉を続けた。
「俺たちの基本だろ? 何か問題あるのかよ」
ゼノンが、信じられないといった呆れた表情を浮かべた。
そして、ガタリと身を乗り出す。
「はあ? 商人に負けたのかよ。嘘だろ。冗談言えよ」
冷やかすように、ギノンが隣のシドをあごで指さした。
「シド、お前はどうなんだ。真面目に働くなんてくだらねえって、いつも言ってただろうが」
シドは隣に立つバッドをちらりと見やり、気まずそうに頭を掻いた。
「……最初は俺も、こいつに誘われて働き始めた時は気に入らなかったさ。嫌になったら、さっさと辞めてやるつもりだった。実際、立ちっぱなしだし、動きっぱなしで足は痛えしな」
シドはそこで一度言葉を切った。
「だけどさ、飯が美味いんだよ。働いてクタクタになって、腹を空かせて食う飯がな」
シドは少しだけ視線を外し、頭を掻いた。
「それに、人に『ありがとう』って言われるのは……」
やがて、シドは再び双子を真っ直ぐに見据えた。
「最高に気持ちいいもんだぜ」
張り詰めた空気をわざと茶化すように、バッドはニヤケ顔を崩さなかった。
そして、二人を挑発するように言葉を紡ぐ。
「ここに来る途中でさ、ここを国にするとか言ってる馬鹿の話を聞いたけど。どうせお前ら二人とも、そいつらに逆らってここに隠れてんだろ?」
バッドは肩をすくめた。
「ちょうどいいじゃねえか。面倒くせえし、俺たちと一緒に来いよ」
ゼノンとギノンの目が、鋭くバッドとシドを捉えた。
張り詰めた沈黙が、店内を満たす。
ゼノンはゆっくりと視線を足元へ落とし、荒れた机の板を冷たい指先でコツコツと弾いた。
「……お前らの上の奴ってのは、本当に信頼できるのかよ。このスラムで騙し合いなんて、嫌というほど見てきた」
ゼノンの指が止まる。
「都合よく使われて、最後はゴミみたいに切り捨てられる。そんなのはもう御免だぜ」
怒りを押し殺すように、ゼノンが机を強く叩いた。
ドンッ!
「俺たちはな……」
その威圧的な動作に反応し、バッドとシドは一切の迷いなく、同時に腰の得物へ手をかけた。
耳障りな鋭い金属音が響く。
二人の手元で、殺気を含んだ鈍い光が冷たく跳ねた。
バッドは抜き放ったばかりの真新しい剣の切っ先を迷いなく上げ、ゼノンの鼻先へ向ける。
「都合よく切り捨てるような人間が、雇ったばかりの俺たちに、こんな特注の剣をくれると思うか?」
剥き出しの剣先が、ゼノンの眉間のすぐ前でピタリと静止した。
「これ、オリファルコンだぜ」
バッドは剣をゼノンへ向けたまま、言葉を続ける。
「俺の兄貴は、自分だけ良い思いをしようってケチな人間じゃねえんだよ」
突きつけられた事実を前に、ゼノンとギノンは思わず椅子から前のめりになった。
二人は息を呑み、食い入るように刀身の輝きを見つめる。
「オリファルコンだと……? 嘘だろ。これ、本物かよ」
双子の動揺が広がった、その瞬間だった。
張り詰めた静寂を豪快に引き裂き、背後の木の扉が激しく蹴破られた。
バキバキッ!
乾いた音を立てて蝶番の金具が引きちぎれ、重い扉が無惨に地面へと転がり落ちる。
舞い上がる砂煙。
その逆光の中に、一人の屈強な男の影が不気味に浮かび上がった。
踏み込んできた先頭の男が、爛々とした目を店内に走らせる。
そして、ゼノンとギノンの姿を捉えると、せせら笑うように鼻を鳴らした。
「見つけたぞ。ずっと隠れてるつもりだったのか? シャルナ様がお待ちだ。さっさと外に出ろよ」
男の狂気を孕んだ視線が、その傍らに立ちはだかるバッドとシドへ移る。
そして、二人が手にするオリファルコンの剣へと向けられた。
異質な輝きに気づき、男は危険を察知したように怪訝そうに目を細める。
「……なんだ、こいつらは。ちょうど良かった」
男は腰の武器を鳴らし、バッドの剣を凝視した。
「手間が省けた。その剣、グリズの首を跳ねたのもお前ら二人だな?」
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