第79話:アウトローズ・クラウンからライズアップ①
「ギャングスター」の定休日。朝。
バッドとシドは、馬車でキングスフォーンの北側にあるスラム街「アウトローズ・クラウン」へ向かった。
高台に住む貴族や富裕層とは真逆の、どん底にある場所。
リュウジィの店から馬車で一時間半。
湿った石材の冷気が肌を刺す、かつての根城へと二人は到着した。
バッドは馬車を降りると、腰に差した新しいオリファルコンの剣に手を添え、その確かな重みを確かめた。
かつてバッドはこの地で、若いハングレたちを束ねるグループの一つを率いていた。
当時は、数あるグループの中でも最も危険だと言われた集団だった。
二人は石畳の路地を進み、かつての仲間たちがたむろしている石造りの建物へと向かう。
シドが周囲の殺伐とした景色を眺めながら、口を開いた。
「ここを出てからまだ二ヶ月しか経ってないのに、なんだか懐かしいね」
その言葉に、バッドが隣で肩をすくめる。
「なんだよ。戻りたくなったのか?」
「まさか。こんな狭い場所で、自分たちが一番だなんて言ってたままじゃ、一生這い上がれなかったよ。それに、こんな凄い剣も持てなかった」
シドは腰に差したオリファルコン製のファルシオンの柄を、指先でなぞった。
「……兄貴に感謝しねえとな」
バッドが短く応じる。
歩きながら、シドがふと疑問を口にした。
「ところで、リュウジィさんてそんなに強いの?」
バッドは即座に、熱を込めて言い切った。
「手も足も出なかったよ。特に今は、兄貴が着てる独特の服があるだろ? あれはファフニールっていう、千五百人の命を奪った伝説のアーティファクトでさ。あれの主に兄貴は選ばれたわけだから、今はもう人間の強さを超えてると思う」
「凄えな、それ。いつかリュウジィさんが戦ってるところ、見てみたいな」
シドは感心したように、深く頷いた。
薄汚れた路地裏を曲がったところで、かつて諍いを起こし、バッドに叩きのめされて頭を下げた数人の男たちと鉢合わせた。
男たちが足を止め、鋭い視線でバッドを睨みつける。
「久しぶりじゃねえかよ、バッド。それにシドもいんのか? 何しに来たんだよ」
バッドが鼻で笑い飛ばした。
「随分と言うようになったな。『許してください』なんて言ってたのによ」
シドも男たちを見て、からかうように口を開いた。
「全くだよ。別に喧嘩しに来たわけじゃねえから、怯えるなよ」
「あっ? ここは短期間でちょっと変わったんだよ。調子に乗ってると、お前ら二人、死ぬぞ」
その脅し文句に、バッドが冷ややかな視線を向ける。
「誰に言ってるの? もしかして俺か?」
その時、背後から声をかけられた。
「何してんだ、お前ら? 揉めてんのか?」
バッドとシドが振り返ると、幅広の剣を持ったデブの大男が一人と、他に二人の男が立っていた。
「グリズさん、こいつら昔この辺にいた奴らで、生意気なんですよ」
シドはそれを見て、せせら笑った。
「――おー、知り合いが来たら強気だな」
バッドが吐き捨てるように言った。
「お前、うちの焼き肉屋の調理場から逃げてきたのか? 早く戻れよ、ゴーホーム!」
シドが声を立てて笑う。
「売り物になんねえよ。油が乗りすぎだって。お前のかーちゃんに怒られるよ」
バッドとシドは大笑いした。
「お前ら二人、ちょっといじめるだけにしておこうと思ったけど、やめだ」
そう言って、グリズが幅広の剣を振り上げた。
その瞬間。
ビュオッ!
シドが踏み込み、ファルシオンでグリズの腹を横薙ぎに斬った。
グリズの腹から臓器が飛び出し、悲鳴を上げながらその場に跪く。
シドが声を弾ませた。
「バッド、この剣すげえよ。サクッと斬れた。これがオリファルコン製の剣か」
「ずるいな、お前。俺、まだ斬ったことないのに」
バッドはそう言いながら腰から剣を抜くと、跪いているグリズの首を跳ねた。
周りにいた男たちが悲鳴を上げる。
「本当だぁ! すげえ斬れるね! 抵抗がなかったぞ!」
バッドが感心した声を出すと、シドが呆れたように言った。
「おいおい、無茶苦茶すんなよ。いきなり首はないだろ? みんな盛り下がってるじゃんか」
バッドは返り血を浴び、恐怖に震える男の一人の胸元を掴んだ。
そして、顔を近づける。
「王都でこんなことしたら、騎士団に囲まれて大騒ぎだけど、ここじゃ関係ねえもんな。ところで、短期間で変わったって、何が変わったんだよ」
男は恐怖に震えながら、隣に立つシドを見た。
シドは退屈そうに剣を弄んでいる。
「面倒くせえから、こっちから斬っていく?」
その一言で、男は悲鳴のような声を上げた。
「わかった! 喋るよ!」
男は早口でまくし立てる。
「ちょうどお前達と入れ替わりで入って来た人が、あっという間にここの人間の八割をまとめたんだよ。ここをスラムじゃなくて国にするってよ。お前らより夢を見られる人だよ」
「国だと? 馬鹿なのか、お前らは?」
バッドは呆れたように男を突き放した。
「本気で思ってんのか? まあいいや。その国を作るとか言ってる、妄想の激しい奴に言ってくれ」
バッドは剣についた血を払い、鞘に収めた。
「俺とシドは、夕方ぐらいまではここをウロウロしてるからよ」
そう言うと、バッドとシドはその場を立ち去り、再び歩き始めた。
隣を歩くシドが、前方を睨みながら言った。
「あいつら二人、多分揉めてるだろうな。国を作るとか言ってるアホと」
バッドも頷き、足早に路地を進んだ。
「早く見つけて説得しねえとな」
二人は、従業員として誘う予定の仲間たちがいるはずの廃屋へ向かって、歩みを速めた。
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