第78話:これからのギャングスター
リュウジィとタツヨは店を出た。
キングスフォーンの街は、夜の活気に包まれている。石畳の道を、二人はリュウジィが借りている家に向かって歩いた。
タツヨが街並みを見回しながら言った。
「なあ、リュウジィ。俺も明日からは住むところを探さなきゃな」
リュウジィが歩調を合わせながら尋ねた。
「ああ。カエデに言えば、いい物件をいくつか探してくれるはずだ。フロドたちの家の近くだって空きがあるかもしれない。……ところでさ、こっちに来て、これから何かやりたい事とかあるの?」
タツヨは少しの間、夜空を見上げて答えた。
「俺の場合はアズマリアで随分稼いだからな。数年仕事しなくて生きて行けるけど、そう言う訳にもいかないし、先ずはトレーニングだな。俺のガントレットもまだ進化させたいしな」
リュウジィは意外そうに隣を見た。
「そうなのか?」
「なんだ知らないのか? 全てじゃないけど、アーティファクトってのは着けた人間の能力によって成長するんだよ。オーガと戦った時に進化すると思ったんだが……」
タツヨは悔しそうに拳を握った。
「でも、剣闘士はもうやらないんだろ? この国の場合、アズマリアと比べると闘技場の規模も小さいし、連勝すると賭けが成立しないとか言って、直ぐに出入り禁止になるしな」
リュウジィの言葉に、タツヨは首を振った。
「そんな事関係ないよ。お前だって現世でプロ競技があるわけでもないのに、形意拳を一所懸命練習してただろ? それと同じだよ。苦労して手に入れた強さを手放したくないんだよ」
二人は夜の街道をさらに進み、リュウジィの家に到着した。
そこは豪華な屋敷ではなく、ごく普通の平屋の借家だった。
リュウジィが鍵を開けて中に入ると、タツヨは荷物を下ろして軽く頭を下げた。
「住む場所が決まるまで世話になる。よろしくな。……なあ、お前の焼肉屋でホールのバイトでもするかな?」
リュウジィは驚いて振り返った。
「えっ? ホールなんて出来るの? けっこう大変だよ。プロボクサーやってたのに?」
タツヨは苦笑いしながら答えた。
「お前何も知らないんだな。日本チャンピオン程度のファイトマネーじゃ生活なんて出来ないから、色んなバイトしたよ。建築現場だろ、配送だろ、居酒屋のホールだろ、深夜のコンビニとかさ」
「ボクサーって大変なんだな……」
「好きじゃなきゃ出来ないよ。……それより腹減った。何かねえのか?」
タツヨが腹をさすりながら言うと、リュウジィは頷いた。
「ちょっとがまんしてよ。後で、俺が世話になったおやっさんの店に連れて行くからさ。フロドもそこで修行を始めたみたいだしな」
深夜になり、街の騒がしさが落ち着き始めた頃、二人は再び外へ出た。
向かったのは「ギャングスター」の斜め向かい。そこには、リュウジィがアズマリアへ発つ前には無かった新しい看板が掲げられていた。
「ドナド亭、か……」
リュウジィがその名を口にしながら扉を開けると、中から出汁のいい匂いがしてきた。
カウンターの奥では、恰幅のいいドナドが包丁を握っていた。
「おやっさん、今戻りました」
リュウジィの声に、ドナドが顔を上げた。
「おお、リュウジィ! やっと帰ってきたか。無事で何よりだ」
「留守中、色々ありがとうございました。……ところで、店名決めたんですね。ドナド亭って」
ドナドは照れくさそうに頭を掻いた。
「ああ。カエデやバッドたちが勝手に呼び始めてな、定着しちゃったからそのまま看板にしたんだ」
リュウジィは笑いながら、厨房の奥で野菜を切っている少年に目を向けた。
「フロド、頑張ってるみたいだな」
声をかけられたフロドが顔を上げた。手つきがかなり良くなっている。
「リュウジィ兄さん! おかえりなさい」
フロドは嬉しそうに駆け寄ってきたが、リュウジィの隣に立つタツヨを見て驚いた。
「えっ……タツヨさんも来たんですか?」
タツヨは笑って、軽く手を挙げた。
「おう。しばらくこっちで世話になることになった。よろしくな」
リュウジィはフロドを見て、少し気になっていたことを聞いた。
「フロド。アズマリアに帰らなくていいのか? 故郷だろ」
フロドは一瞬、考えるように視線を落としたが、すぐに明るい顔でリュウジィを見た。
「はい。リュウジィ兄さんの仲間の人たちは、妹のプリカのことも凄く可愛がってくれるし、みんな良い人ばかりだから。僕、この国で立派な料理人になりたいんです」
それを聞いて、ドナドが横から言った。
「こいつは筋がいいぜ。教えたことはすぐ覚えるし、仕事も丁寧だ。将来が楽しみだよ」
リュウジィは安心したように頷き、ドナドにタツヨを紹介した。
「おやっさん、こっちはタツヨ・ジョージ。向こうで出会ったんだ。信頼できる腕利きだよ」
ドナドはタツヨの顔を見て言った。
「そうか。まあ、難しい挨拶はいらないよ。タツヨ、これからリュウジィと仲良くやってくれ」
「ああ、分かってるよ」
タツヨが答えると、リュウジィはカウンター席に座った。
「おやっさん、俺たちお腹ぺこぺこなんだ。美味しいものを沢山出してよ」
「分かってるって。すぐに作ってやるから待ってな」
ドナドが包丁を使い、フロドが手際よく火の準備を始める。
深夜の食堂に、料理を作るいい音が響き始めた。
食事が終わって店を出ると、ちょうど斜め向かいの「ギャングスター」で、片付けを終えたカエデとバッドが出てくるところだった。
「バッド、カエデ!」
リュウジィが声をかけると、二人はこちらに気づいた。バッドが大きく手を振る。
「兄貴、飯食ってきたんすか」
カエデも歩み寄ってきて、眼鏡を直した。
「オーナー、ちょうど良かったです。少しお話ししたいことがあるんです」
カエデの様子を見て、リュウジィは何かあったのだと察した。
「分かった。……裏に行こうか」
リュウジィはバッドとタツヨを連れて、「ギャングスター」の裏にある自分の部屋へ向かった。そこは店の裏にある、事務作業などのために使っているリュウジィ専用の部屋だ。
部屋に入ってバッドが明かりを点けると、リュウジィは椅子を引いてタツヨを座らせ、自分も机の前に座った。
「それで、カエデ。話っていうのは?」
カエデは持っていた資料を机に置いて、リュウジィを真っ直ぐに見つめた。
「オーナー。今の店舗で一緒に営業しているキャバクラと焼肉屋を、切り離すべきだと考えています。どちらかを新店舗として、別の場所に移すんです」
リュウジィは少し驚いたが、カエデはよどみなく説明を続けた。
「現状、どちらの店も客数が多すぎます。キャバクラ目当てのお客様と、純粋に食事をしたいお客様が入り混じっていて、収容人数が限界です。このままでは回転率も悪くなりますし、サービスの質も保てません。店を分けることが、今のこの店には必要です」
リュウジィは腕を組み、考えをまとめるように口を開いた。
「なるほどな。……じゃあ、キャバクラの方を別の場所に移動させようか?」
そう言いながらも、リュウジィは懸念を口にした。
「でも、両方の店の位置をあまり離したくないんだよね。管理も大変になるし。近くに良い物件を見つけられるかな?」
「周辺の空き物件はいくつかリストアップしてあります。オーナーの希望に沿う場所を選別しましょう」
カエデが即座に答えると、リュウジィはもう一つの懸案事項を尋ねた。
「それと、今は焼肉屋もキャバクラも支配人はハクさんに兼任でやって貰ってるけど、店を分けるとなるとどうする?」
「兼任のままでいいと思います」
カエデは迷いなく言った。
「今回のようにオーナーがお店を空ける場合、オーナーがフリーで動けるようにするには、ハクさんに両方を見て貰う方が連携がスムーズです。その代わりと言っては何ですが、私の補佐的な人間も一人雇っていいでしょうか?」
リュウジィはカエデの顔を見て、短く頷いた。
「分かった。任せるよ。好きにやってくれ」
「ありがとうございます。それと人事についてもう一点。バッドさんには、リナさんにも協力してもらって、キャバクラの方の事実上の店長になって貰います。困ったことがあったら、ハクさんに相談する形で運営してください」
「えっ、俺が店長かよ!」
突然の名前指名に、バッドが椅子から浮き上がるほど驚いた。
「バッドさんは働いている女の子たちにも人気がありますし、大丈夫でしょう。それと、今のところ目立ったトラブルはないですが、焼肉屋の方にも男性スタッフが必要になります」
リュウジィがカエデの意図を汲んで言った。
「調理場以外、つまり腕っぷしの強い奴がいた方がいいってことだよね」
「そうです。ハクさんがいる時ならいいのですが、何かあった時にバッドさんのお母さんだけだと心配ですから」
カエデの言葉を聞いて、バッドが少し考えた後にリュウジィを見た。
「だったら兄貴、俺に当てがあるんで、昔の仲間を誘ってみてもいいですか? 暇してる奴らが結構いるんすよ」
「シドも良い人材だしな。分かった、お前に任せるよ」
「本当すか! ありがとうございます!」
バッドは嬉しそうに顔を輝かせた。
カエデは眼鏡の位置を直し、手元の資料をまとめ始めた。




