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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第78話:これからのギャングスター




 リュウジィとタツヨは、熱気と喧騒に満ちた店を後にした。


 夜の帳がすっかり下りたキングスフォーンの街は、昼間とはまた違う、怪しくも温かな大人の活気に包まれている。石畳の道を、二人は足並みを揃え、リュウジィが拠点として借りている家へと静かに歩みを進めた。


 ふと、夜空に目を走らせていたタツヨが、どこか気だるげに、しかし確かな期待を込めて街並みを見回しながら言った。


「なあ、リュウジィ。俺も明日からは住むところを探さなきゃな」


 横を歩くリュウジィは、気心の知れた親友の言葉に歩調を合わせながら、頼もしい笑みを浮かべて尋ねた。


「ああ。カエデに言えば、いい物件をいくつか探してくれるはずだ。フロドたちの家の近くだって空きがあるかもしれない。……ところでさ、こっちに来て、これから何かやりたいこととかあるの?」


 問われたタツヨは少しの間、足を止めた。


 夜空を覆う深い群青の闇をじっと見上げてから、ゆっくりと答える。


「俺の場合はアズマリアで随分稼いだからな。数年仕事しなくても生きていけるけど、そういうわけにもいかないし、まずはトレーニングだな。俺のガントレットもまだ進化させたいしな」


 予想外の向上心を覗かせた親友の横顔に、リュウジィは驚きに目を見張りながらも、どこか嬉しそうに隣を見た。


「そうなのか?」


「なんだ、知らないのか? すべてじゃないけど、アーティファクトってのは着けた人間の能力によって成長するんだよ。オーガと戦った時に進化すると思ったんだが……」


 言葉の途中で、タツヨは悔しそうにギュッと拳を握りしめた。


 己の限界をさらに超えようとするその気迫に、リュウジィは胸の奥が熱くなるのを感じる。


「でも、剣闘士はもうやらないんだろ? この国の場合、アズマリアと比べると闘技場の規模も小さいし、連勝すると賭けが成立しないとか言って、すぐに出入り禁止になるしな」


 リュウジィの現実的な指摘に、タツヨは首を横に大きく振った。


「そんなこと関係ないよ。お前だって現世でプロ競技があるわけでもないのに、形意拳を一所懸命練習してただろ? それと同じだよ。苦労して手に入れた強さを手放したくないんだよ」


 その妥協のない言葉に、かつての記憶が鮮やかに重なる。


 二人は静まり返った夜の街をさらに奥へと進み、やがてリュウジィの家へと到着した。


 そこにそびえるのは、豪華な貴族の屋敷などではない。


 日々の生活の匂いが染み込んだ、ごく普通の温もりを感じさせる平屋の借家だった。


 リュウジィがガチャリと鍵を開けて中へ招き入れると、タツヨは肩に背負っていた荷物を床にドスンと下ろし、緊張を解くように軽く頭を下げた。


「住む場所が決まるまで世話になる。よろしくな。……なあ、お前の焼肉屋でホールのバイトでもするかな?」


 思いがけない提案に、リュウジィは目を丸くして振り返った。


「えっ? ホールなんてできるの? けっこう大変だよ。プロボクサーやってたのに?」


 タツヨは苦笑いを浮かべ、自嘲気味に肩をすくめながら答えた。


「お前、何も知らないんだな。日本チャンピオン程度のファイトマネーじゃ生活なんてできないから、いろんなバイトしたよ。建築現場だろ、配送だろ、居酒屋のホールだろ、深夜のコンビニとかさ」


 過酷だった現世の記憶の片鱗に、リュウジィは思わず息を呑んだ。


「ボクサーって大変なんだな……」


「好きじゃなきゃできないよ。……それより腹減った。何かねえのか?」


 タツヨがキュッと自分の腹をさすりながら情けなそうに言うと、リュウジィは困ったような、しかしどこか誇らしい笑みを浮かべて頷いた。


「ちょっと我慢してよ。後で、俺が世話になったおやっさんの店に連れて行くからさ。フロドもそこで修行を始めたみたいだしな」


 時計の針が進み、深夜の静けさが街の騒がしさをゆっくりと包み込み始めた頃、二人は腹の虫に急かされるように、再び夜の街へと繰り出した。


 目指したのは、自分たちの城である「ギャングスター」の斜め向かい。


 そこには、リュウジィがアズマリアへと旅立つ前には影も形もなかった、真新しい木の看板が誇らしげに掲げられていた。


「ドナド亭、か……」


 リュウジィが懐かしさと愛着を込めてその名を呟きながら扉を押し開けると、店内からは出汁の香りが湯気とともにふわりと漂ってきた。


 活気のあるカウンターの奥では、恰幅のいいドナドが真剣なまなざしで包丁をリズミカルに走らせていた。


「おやっさん、今戻りました」


 リュウジィの懐かしい声に、ドナドは手を止め、パッと顔を上げた。


「おお、リュウジィ! やっと帰ってきたか。無事で何よりだ」


 安堵に満ちた師の笑顔に、リュウジィの胸が熱く満たされる。


「留守中、いろいろありがとうございました。……ところで、店名決めたんですね。ドナド亭って」


 図星を突かれたのか、ドナドは巨体を少し縮こまらせ、照れくさそうにゴツい手で頭を掻いた。


「ああ。カエデやバッドたちが勝手に呼び始めてな。定着しちゃったから、そのまま看板にしたんだ」


 温かな職人たちの絆に目を細めながら、リュウジィは笑いながら厨房の片隅で懸命に野菜を包丁で刻んでいる少年に目を向けた。


「フロド、頑張ってるみたいだな」


 名を呼ばれたフロドが、ハッと顔を上げた。


 その手つきは以前よりも遥かに洗練され、確かな成長を物語っている。


「リュウジィ兄さん! おかえりなさい」


 フロドは嬉しさのあまり包丁を置くと、パッと華やかな笑顔を咲かせて駆け寄ってきた。


 だが、すぐ後ろに控えるタツヨの姿を認めると思わずピタリと足を止め、目を見開いた。


「えっ……タツヨさんも来たんですか?」


 タツヨはフッと優しい笑みを浮かべ、軽く片手を挙げて見せた。


「おう。しばらくこっちで世話になることになった。よろしくな」


 温かい空気が流れる中、リュウジィはふとフロドの未来を思いやり、少し気になっていた疑問をそっと投げかけた。


「フロド。アズマリアに帰らなくていいのか? 故郷だろ」


 その問いに、フロドは一瞬だけ言葉を詰まらせ、揺れる視線を足元の床に落とした。


 だが、すぐに顔を上げると、迷いのない真っ直ぐで明るい瞳でリュウジィを直視した。


「はい。リュウジィ兄さんの仲間の人たちは、妹のプリカのこともすごく可愛がってくれるし、みんな良い人ばかりだから。俺、この国で立派な料理人になりたいんです」


 少年の決意に満ちた言葉を聞き届け、ドナドは満足そうに豪快に笑いながら横から割って入った。


「こいつは筋がいいぜ。教えたことはすぐ覚えるし、仕事も丁寧だ。将来が楽しみだよ」


 頼もしい師弟の姿に胸を打たれ、リュウジィは深く安心したように頷くと、隣に控えるタツヨをドナドへと引き合わせた。


「おやっさん、こっちはタツヨ・ジョージ。向こうで出会ったんだ。信頼できる奴だよ」


 ドナドはタツヨの全身から放たれるただならぬ気配を感じ取り、フッと不敵な笑みを浮かべて言った。


「そうか。まあ、難しい挨拶はいらないよ。タツヨ、これからリュウジィと仲良くやってくれ」


「ああ、分かってるよ」


 タツヨが頼もしく応じると、リュウジィはホッとしたようにカウンターの特等席に腰を下ろした。


「おやっさん、俺たちお腹ぺこぺこなんだ。美味しいものをたくさん出してよ」


「分かってるって。すぐに作ってやるから待ってな」


 ドナドが再び包丁を握りしめ、フロドが師の動きに合わせて手際よく火の準備を始める。


 夜更けの静まり返った食堂に、包丁の音や鍋の音が心地よく響き渡り、空腹の胃袋を刺激していった。


 やがて、心身ともに満たされる美味しい食事を終えて店を出ると、ちょうど斜め向かいにある「ギャングスター」の扉から、一日の片付けを終えたカエデとバッドが出てくるところだった。


「バッド、カエデ!」


 リュウジィが声をかけると、二人はパッとこちらに気づいた。


 バッドは嬉しそうに大きく手をブンブンと振る。


「兄貴、飯食ってきたんすか」


 一方のカエデは、きっちりと足音を立てて歩み寄ってくると、反射的にずり落ちかけた眼鏡のブリッジを人差し指でクイッと押し上げた。


「オーナー、ちょうど良かったです。少しお話ししたいことがあるんです」


 カエデの真剣な表情を見て、リュウジィは話の内容に意識を向けた。


「分かった。……裏に行こうか」


 リュウジィはタツヨも連れて、「ギャングスター」の裏手にひっそりと佇む、日々の帳簿や事務作業のために使っている自分専用の個室へと足を向けた。


 重い扉を開けて部屋に入ると、バッドが慣れた手つきで壁際の魔導ランプの明かりをカチッと点けた。


 薄暗かった室内がオレンジ色の温かな光に包まれる中、リュウジィは疲れた様子のタツヨにそっと椅子を引いて座らせ、自分もまた緊張感を孕んだ足取りで机の前に腰を下ろした。


「それで、カエデ。話っていうのは?」


 カエデは持っていた分厚い資料を冷徹に机の上へと置き、まっすぐな瞳でリュウジィの目を捉えた。


「オーナー。今の店舗で一緒に営業しているキャバクラと焼肉屋を、切り離すべきだと考えています。どちらかを新店舗として、別の場所に移すんです」


 カエデは、店を分ける必要性について具体的な理由を説明していった。


「現状、どちらの店も客数が多すぎます。キャバクラ目当てのお客様と、純粋に食事をしたいお客様が入り混じっていて、収容人数が限界です。このままでは回転率も悪くなりますし、サービスの質も保てません。店を分けることが、今のこの店には必要です」


 リュウジィは腕を組み、カエデの話を聞きながら考えをまとめていった。


「なるほどな。……じゃあ、キャバクラの方を別の場所に移動させようか?」


 そう口にしつつも、経営者としての冷静な懸念が脳裏をよぎる。


「でも、両方の店の位置をあまり離したくないんだよね。管理も大変になるし。近くに良い物件を見つけられるかな?」


「周辺の空き物件はいくつかリストアップしてあります。オーナーの希望に沿う場所を選別しましょう」


 カエデの隙のない即答に頷きながら、リュウジィはさらに経営を揺るがすもう一つの懸案事項を切り出した。


「それと、今は焼肉屋もキャバクラも支配人はハクさんに兼任でやってもらってるけど、店を分けるとなるとどうする?」


「兼任のままでいいと思います」


 迷いのないカエデの即答に、リュウジィはわずかに目を見開いた。


「今回のようにオーナーがお店を空ける場合、オーナーがフリーで動けるようにするには、ハクさんに両方を見てもらう方が連携がスムーズです。その代わりと言っては何ですが、私の補佐的な人間も一人雇っていいでしょうか?」


 カエデの揺るぎない覚悟を見据え、リュウジィは短く、しかし深く頷いてみせた。


「分かった。任せるよ。好きにやってくれ」


「ありがとうございます。それと人事についてもう一点。バッドさんには、リナさんにも協力してもらって、キャバクラの方の事実上の店長になってもらいます。困ったことがあったら、ハクさんに相談する形で運営してください」


 予想の斜め上を行く鶴の一声に、名前を呼ばれたバッドは「えっ?」と驚愕の声を上げ、椅子から腰が浮き上がるほど派手に飛び上がった。


「えっ、俺が店長かよ!」


 戸惑い焦るバッドを一瞥し、カエデは冷徹な中にも確かな信頼の色を滲ませて告げる。


「バッドさんは働いている女の子たちにも人気がありますし、大丈夫でしょう。それと、今のところ目立ったトラブルはないですが、焼肉屋の方にも男性スタッフが必要になります」


 カエデの冷徹な意図の裏にある優しさを汲み取り、リュウジィはすかさず言葉を継いだ。


「調理場以外、つまり腕っぷしの強い奴がいた方がいいってことだよね」


「そうです。ハクさんがいる時ならいいのですが、何かあった時にバッドさんのお母さんだけだと心配ですから」


 その現実的な指摘に、当のバッドは頭をボリボリとかきむしりながら、必死に思考を巡らせた。


 そして、真っ直ぐリュウジィを見据える。


「だったら兄貴、兄貴に当てがあるんで、昔の仲間を誘ってみてもいいですか? 暇してる奴らが結構いるんすよ」


 信頼できる仲間の提案に、リュウジィは心の底から安堵の笑みを浮かべた。


「シドも良い人材だしな。分かった、お前に任せるよ」


「本当すか! ありがとうございます!」


 バッドの顔に、言葉では言い表せないほどの歓喜の光がパーッと輝いた。


 すべての方向性が定まったことを確認すると、カエデはいつも通り淡々と眼鏡の位置を直し、山積みにしていた手元の資料を器用に美しくまとめ始めたのだった。



お読みいただき、本当ありがとうございます。もし気に入っていただけましたら、作品のブックマークや、下の星(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!次の更新の大きなエネルギーになります!

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