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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第77話:帰還の路



 アズマリアの国境へと続く街道を、一台の馬車が西へ向かって進んでいた。車輪が乾燥した土を噛み、一定の刻みで車体を揺らす。御者台に座る男の鞭の音と、並走する二頭の馬の蹄の音だけが、静かな荒野に響いていた。

 

客車の中には、リュウジィとタツヨの姿があった。二人の顔色には生気が戻っていた。リュウジィは背もたれに体を預けていた。

 

対照的に、タツヨは窓枠に肘を突き、流れていく景色をじっと見つめていた。身体を固めていた包帯は取り払われ、褐色の腕には新しい傷跡が残っている。馬車が丘を登り詰めると、後方にアズマリアの王都が遠ざかっていくのが見えた。


夕刻の光を浴びた石造りの尖塔群が朱色に染まっている。中世ヨーロッパに似た石積みの城塞に、せり出した曲線を描く赤瓦の屋根が混じる。その稜線が地平線に溶けていく。

 

タツヨは、その景色から目を離さなかった。空は晴れていた。

「やっぱり離れるのは寂しい?」

 

リュウジィが、窓の外を眺めるタツヨに声をかけた。タツヨは視線を動かさずに答えた。


「そりゃちょっとはな、転生して3年いたからな。スキル判定でハズレの武道家スキルとか言われてさ。俺元ボクサーだけど、なんで?武道家?ってさ」

 

リュウジィが言葉を返した。


「それはわかるよ。俺も最初ショクアンとかふざけた名前の所で、武道家スキルはハズレだとか言われてさ。しかも他の職業に就くとスキル補正が邪魔をするから上手くいかないとか、スキル無しのほうが色んな職業に就けるから運がいいとか」

 

タツヨは腕を組んだ。


「俺達の場合、現世でやってた事に対してスキル補正は関係ない気がするんだよな。だってお前、この世界で店経営して上手くいってるだろ?武道家スキルが邪魔をするなら、上手くいかないはずだろ?」

 

リュウジィはタツヨの指摘に表情を和らげた。


「なるほど。そう言えばキングスフォーンの王様と約束しててさ、今回の件を解決したらキングスフォーンは実力があれば、武道家スキルでも騎士や傭兵の雇用を認めるようにしてくれるって」

 

タツヨは驚いたように顔を上げ、リュウジィを見た。


「法改正を約束させたのか!さすがだな」

 

馬車は数日間、街道を走り続けた。夜は宿場町で眠り、朝には再び西へと進む工程を繰り返した。平原を抜け、緩やかな山道を越えると、前方に巨大な城壁に囲まれた都市、キングスフォーンの姿が現れた。

 

リュウジィにとっては3ヶ月ぶりの帰還だった。見慣れた正門の石造りと、行き交う人々の喧騒が近づいてくる。馬車が城門をくぐり、石畳を叩く音が高くなった。

 

リュウジィは王宮へは向かわず、馬車を自身の店へと走らせた. 夕暮れ時の空が紫に染まる頃、馬車は一軒の建物の前で足を止めた。


「ギャングスター」

 

看板にはそう記されている。1階は、この世界の五大珍味の一つであるキングオーグの肉を扱う焼肉屋。2階は、この異世界では初となるキャバクラが営まれている。

 

店の前には、調理場から漂う肉の焼ける香ばしい匂いが立ち込めていた。営業開始を控え、1階の窓からは明かりが漏れ、店内の慌ただしい気配が外まで伝わってくる。

 

タツヨは馬車を降りると、建物の構えを見上げて言った。


「凄え!良い店じゃん」


リュウジィは自分の店の外壁に手を触れた。扉を押し開けると、肉を焼く煙と脂の混じった熱気が顔を打った。店内には既に数組の客が入り、酒と食事を楽しんでいる。

 

ホールを横切ろうとした時、厨房のカウンター越しにバッドの母親がリュウジィの姿に気づいた。彼女は焼き網の上の肉を素早く動かしながら、大きな声を張り上げた。


「あら、リュウジィさん。やっと帰ってきたんだね!」


「長らく店を空けてちゃってすいません。ありがとうございました」

 

リュウジィが頭を下げると、彼女は笑って頷いた。


「いいってことさ。さあ、上のみんなにも顔を見せてやりな。みんな待ってるよ」

 

リュウジィは、並んで歩くタツヨを伴いホールの奥へ進んだ。会計所のカウンターの裏で、眼鏡をかけたカエデが帳簿をつけていた。リュウジィが横に立つと、カエデは顔を上げた。


「おかえりなさい、オーナー」


「ああ。カエデ、急な指示だったのに一番いい馬と馬車を手配してくれて助かったよ。おかげで、フロドとプリカは無事か?」


「はい。二人は無事に到着しています。フロド様の希望で、闘技場での配当金を使って店の近くに家を購入しました」

カエデは羽ペンを置いた。


「バッドが毎日様子を見に行っていますが、二人とも彼に懐いているようです。フロド様は、向かいのドナド様の店で修行を始めました。今夜も深夜から店に出るそうです」

 

リュウジィは目を見開いた。


「えっ、家を買った?……あいつら、この国に住むつもりなのか?」


「そのようです。既に生活の基盤を整えています」


カエデは淡々と答え、視線をリュウジィの隣にいるタツヨへ向けた。リュウジィは驚きを収め、頷いた。


「わかった。本当に助かった。ハクさんは2階か?」


「はい」


リュウジィはタツヨと共に階段を上がった。


2階は開店前の準備中だった。フロアでは、ハク、バッド、シド、そしてママのリナとキャストたちが忙しく動いていた。階段を上がってきたリュウジィの姿を見つけると、皆が手を止めた。


「おかえりなさい」


口々に上がる声の中、リュウジィはまずハクの元へ歩み寄った。ハクは姿勢を正し、リュウジィに向かって深く頭を下げた。


「お帰りなさいませ、リュウジィ様」


「ハクさん、留守を頼みきりですみませんでした」


挨拶を交わしていると、バッドとシドが並んで歩み寄ってきた。バッドは顔を綻ばせ、弾んだ声を出した。


「兄貴!寂しかったっすよ。お疲れ様でした」


その隣に立つシドは、落ち着いた様子で頭を下げた。


「お久しぶりです、リュウジィさん。アズマリアでの事お疲れ様でした。」

 

リュウジィは、並んで立つ三人の顔を順に見た。


「二人とも有り難うな。バッドもフロドとプリカの事を気にしてくれて、本当に有り難う」


リュウジィは足を止め、三人の前で丁寧に頭を下げた。バッドは照れくさそうに頭を掻きながら答えた。


「いえいえ、兄貴のためなら俺は何でもやりますよ」


バッドはそこで、リュウジィの背後に立つ男に視線を向けた。


「ところで兄貴、そちらの方は……?」

 リュウジィはタツヨを振り返り、皆に向かって紹介した。


「皆に紹介する。アズマリアで出会ったタツヨ・ジョージだ。向こうでいろいろあって、俺にとってはもう身内みたいなもんだ」


紹介されたタツヨは、組んでいた腕を解いた。姿勢を正し、ハクたち三人に視線を合わせて挨拶をした。


「タツヨ・ジョージです。アズマリアで剣闘士やってました」

 

ハク、バッド、シドの三人もタツヨに挨拶を返した。店全体の支配人であるハクは、開店前の業務を確認するため、リュウジィに軽く会釈をしてその場を離れた。

 リュウジィは、バッドとシドの二人をその場に残した。


「二人に渡す物があるんだ。アズマリアの武器屋に特注しておいた品だ。帰りに受け取ってきた」


 そう言って、リュウジィは手に持っていた長方形の革鞄を床に置き、蓋を留めていたベルトを外した。中には二本の剣が収められていた。一本はロングソード、もう一本は片刃のファルシオン。いずれも希少なオリファルコン製であり、鈍い光沢を放っている。それぞれのポンメルには、精緻な狼の彫刻が刻まれていた。


リュウジィはまず、ロングソードを手に取り、バッドに差し出した。


「バッド、これはお前に」


バッドは差し出された剣を両手で受け取ったが、その重みと刀身の輝きを目にした瞬間、動きを止めた。


「え……嘘だろ。これ、オリファルコンじゃねえっすか!?」


バッドは信じられないといった様子で叫んだ。


「兄貴、これ一本売れば一年は遊んで暮らせるくらいの値段っすよ!本当にいいんすか?こんな凄いの!」


次にリュウジィはファルシオンを手に取り、シドへ手渡した。


「シド、こっちはお前のだ」


「ありがとうございます、リュウジィさん」


シドは驚愕を噛み締めるように静かに、だが震える手でそれを受け取った。バッドとシドは、手にした究極の逸品の感触を確かめるように何度も眺め、顔を見合わせて喜びを爆発させた。


リュウジィは二人の様子を見届けると、フロアの奥で開店準備の指示を出していたリナの元へ歩み寄った。リナは落ち着いた振る舞いで他の女の子たちをまとめている。


「リナさん、留守中はお疲れ様でした。女の子たちのことで何か問題はなかったですか?困っていることがあれば聞きますが」


リナは作業の手を止め、リュウジィに笑いかけた。


「あ、オーナーおかえり。女の子たちのこと?全然大丈夫だよ。不思議だよね、こんだけ女が揃ってるのに、みんな仲がいいんだもん。今のところ、特にトラブルとかも起きてないし」


「そうですか。それを聞いて安心しました」


「みんな、この店での仕事が気に入ってるみたい. オーナーが心配するようなことは何もないから、安心していいよ」

 

リュウジィは、リナの言葉を聞き、肩の力を抜いた。アズマリアでの戦いから解放され、自分が作り上げた場所に戻ってきた実感が胸に広がっていく。


窓の向こうには紫色の帳が下り始め、キングスフォーンの街角にポツポツと魔導灯の明かりが灯り始めていた。一階からは、焼肉の香ばしい煙とともに、開店を待ちわびる客たちの声が階段を伝って上がってくる。二階でも、キャストたちが最後の手直しを終え、フロアに香りが満ち始めた。

「よし。じゃあ、みんな。今夜も頼むよ」


リュウジィが声をかけると、バッドやシド、リナたちが頷いた。

 斜め向かいにあるドナドの深夜食堂に灯がともるのは、まだ数時間先のことだ。転生直後の自分を助けてくれた恩人の顔や、そこで修行に励んでいるというフロドの姿を思い浮かべる。



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