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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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65話 再起の朝と、戦士の約束



 翌朝、窓から差し込む柔らかな陽光がリュウジィの瞼を叩いた。

 ゆっくりと目を開けると、昨日までの濁った空気とは違う、澄んだ朝の気配が診療所を満たしている。リュウジィは恐る恐る、まずは指先、次に腕、そこで上半身へと力を込めてみた。

 

驚いたことに、昨日まで全身を支配していた、鉛を埋め込まれたような重苦しさが完全に消え去っていた。

 それどころか、まるで新しい身体に取り替えたかのように、全身に力がみなぎっている。激戦でボロボロになっていたはずの筋肉は、嘘のように疲れが取れ、しなやかな躍動感を取り戻していた。


「……マジかよ。これ、昨日より調子いいんじゃねえの?」


自分の手のひらを何度も握ったり開いたりしながら、内側から溢れ出す圧倒的な活力を確かめる。昨日ムサシと死闘を繰り広げたのが夢だったかと思えるほど、今のリュウジィは完璧なコンディションに仕上がっていた。


傍らの机に置かれた水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。喉を鳴らして流し込んだ冷たい水が、隅々の細胞まで染み渡り、身体をさらに活性化させていくようだった。

 リュウジィはベッドから勢いよく飛び降りた。床を蹴る足取りは軽く、どこにも違和感はない。

 

そこへ、薬草の香りを漂わせた治癒士が、朝の様子を見に部屋へ入ってきた。ベッドの脇に立っているリュウジィを見るなり、おやっさんは目を見開いて声を上げた。


「おいおい、もう動いとるのか! さすがにその回復力は人間離れしとるな」


おやっさんは鼻を鳴らし、カルテに何かを書き込みながら続けた。


「昨日あれだけ体力を使い果たしておいて、一晩で全快とはな。ワシの治療が良かったのもあるが、お前さんの基礎体力が規格外なんじゃろうよ。もう行っていいぞ」

 

リュウジィは傍らに置かれていたファフニールを手に取った。袖を通すと、羽のような軽さで身体に吸い付くように馴染む。準備を整え、リュウジィが意気揚々と部屋の扉を開け、外へ出ようとしたその時だった。

「よう、リュウジィ! 生きてるか!」

 ちょうど扉の向こうから、タツヨが威勢よく姿を現した。廊下を歩いてきたタツヨは、外へ向かおうとするリュウジィの姿を見て、ぱっと顔を輝かせた。


「腹減ったろ? 飯行くぞ」


 二人は診療所を後にし、以前立ち寄ったような裏通りの店ではなく、大通りに面したごく普通の食堂へと足を踏み入れた。

 だが、店内に一歩入った瞬間、ざわついていた客たちの視線が一斉に二人に集中した。

「おい、あれ……昨日ムサシと戦ったリュウジィじゃねえか!」

「隣にいるのはタツヨだろ! 本物かよ!」

 昨日、闘技場を熱狂させた立役者の登場に、店内は一気に騒然となった。食事をしていた客たちが椅子を鳴らして立ち上がり、興奮気味に詰め寄ろうとする。


その熱気に、タツヨが苦笑いしながら両手を広げて前に出た。


「おいおい、頼むよみんな! こいつは昨日の今日で、まだ身体が飯を欲しがってるんだ。今日だけはゆっくり食事をさせてやってくれ、お願いだ!」


タツヨがなだめるように場を収めると、客たちも顔を見合わせ、興奮を抑えるようにしてそれぞれの席へ戻っていった。

 運ばれてきたのは、湯気を立てる厚切りの肉料理と、山盛りのパン、そして具沢山のスープだった。リュウジィは空腹に急かされるようにフォークを手に取った。

 肉を大きく切り分け、口に運ぶ。噛み締めるたびに溢れ出す肉汁が、空っぽだった胃袋に活力を流し込んでいく. パンをスープに浸し、一気に口へ放り込むと、素朴ながらも力強い味わいが全身の細胞を呼び覚ますようだった。

 一通り腹が満たされてくると、リュウジィはスープを一口飲み、向かいのタツヨに視線を向けた。


「どうなの? いよいよ明日だけど、オーガに勝てそう?」


問いかけに対し、タツヨは不敵な笑みを浮かべ、迷いなく言い放った。


「勝つよ。あの野郎ボコボコにしてやるよ」


頼もしい返答に頷きながら、リュウジィは気になっていたことを尋ねた。

「オーガってどんな戦い方すんの?」

「一言で言うなら、暴力の天才だな」

「暴力の天才!」


タツヨは持っていたジョッキを置き、どこか遠くを見るような目で言葉を継いだ。

「一目見りゃわかる。肌は青銅色で、服なんて着ちゃいねえ。剥き出しの身体に、まるで鎧でも埋め込んでるような不自然な筋肉がこれでもかと張り付いてやがるんだ。身長は二メートル近くあるが、動きは軽量級のボクサーみてえに速い」


タツヨは自分の顎をさすり、当時の衝撃を思い出すように顔をしかめた。


「前に対峙した時は予備動作すら見えなかった。野生のパワーに、空手のような精密な技術が混ざってやがる。まさに、戦うために生まれてきたような化け物さ」


リュウジィは思わずゴクリと唾を呑み込んだ。タツヨが一度敗れたという事実が、その言葉の端々から重々しく伝わってくる。

 ひとしきり語り終えると、今度はタツヨが鋭い視線をリュウジィに向けた。

「……でお前はどうなんだ、リュウジィ。自分の相手についてはどう思ってんだ?」

 リュウジィは少し視線を泳がせ、濁らすように答えた。


「カミラか? 正直……女を殴るってのが、ちょっとな。どうしてもそこが引っ掛かってるんだ」


その言葉を聞いた瞬間、タツヨの表情から笑みが消えた。静かにフォークを置き、椅子に深く背を預ける。


「馬鹿か? いいかリュウジィ、よく聞け。あれはもう、お前が考えてるような『女』じゃねえ。……いや、そもそもこの世界はな、男より強い女なんていくらでもいるんだよ」


タツヨの低い声が、食事中の喧騒を切り裂くようにリュウジィの耳に届く。


「現世の常識を棄てろ。そんな甘い考えを抱えたまま闘技場に上がってみろ。命がいくつあっても足りねえぞ。敵を『敵』として見れねえなら、負けるのはお前だ。わかったか」

 

厳しい指摘に、リュウジィは二の句が継げなかった。タツヨの瞳に宿る真剣な光が、自分の抱いている違和感がどれほど危険なものかを物語っていた。

 重苦しい沈黙が流れる中、タツヨがふっと表情を緩めた。残りのスープを飲み干すと、彼はどこか吹っ切れたような顔でリュウジィを見つめた。

「……なあ、リュウジィ。俺、明日の試合を最後に剣闘士を辞めるつもりだ」

「えっ……辞めるのか?」

 突然の告白に、リュウジィは驚きを隠せなかった。タツヨは窓の外、賑わうアズマリアの街並みに視線を投げた。

「ああ。このアズマリアの問題が全部片付いたらさ。……もし良かったら、お前の国へついて行ってもいいか? キングスフォーンだったか」

 少しだけ照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで尋ねるタツヨに、リュウジィの顔がパッと輝いた。


「なんだよ、そんなことかよ! もちろんだよ、是非来なよ! タツヨが来てくれたら、百人力どころじゃないぜ」


「ははっ、そうか。そいつは楽しみだ。……それにさ、冷静に考えりゃ、俺のほうが年下なんだよな」

 タツヨが不敵に笑いながら指を折る。

「今は俺が二十四で、現世じゃ三十四だった。けど、お前は今十九でも中身は四十六だろ? 完全に人生の先輩じゃねえか。……頼むぜ、兄貴」


 皮肉っぽく、けれど敬意を込めてそう呼ばれ、リュウジィは思わず吹き出した。


「おい、兄貴はやめてくれよ! その見た目で兄貴なんて呼ばれたら、飯が喉を通らなくなるだろ」


「いいじゃねえか、四十六歳の十九歳。貫禄見せてくれよな」


二人は声を合わせて笑い合い、力強く拳を突き合わせた。闘技場という血生臭い場所で出会った二人の間に、戦いを超えた「未来」への約束が交わされた瞬間だった。


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