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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第62話 最凶の化身と深紅の力



 四戦目当日。

 アズマリアの朝は、抜けるような青空と、どこか塩気を含んだ爽やかな風と共に始まった。

 タツヨの自宅の裏庭では、早朝の澄んだ空気の中、凄まじい風切り音が絶え間なく鳴り響いていた。


「……はあ, はあ……ッ!」


 リュウジィは、縁側に腰を下ろし、目の前で繰り広げられる光景を黙って見つめていた。

 そこには、最終日のオーガ戦に向けて、自らを極限まで研ぎ澄まそうとするタツヨの姿があった。


 シュッ、シュシュッ!


放たれる拳は、もはや肉眼では捉えきれないほどの速度に達している。

 タツヨのシャドーボクシングは、ただの動作の確認ではない。仮想の強敵を目の前に据え、一打一打に凄まじい勢いを込めた、極めて実戦的なものだった。


 踏み込みの鋭さ、腰の回転から拳へと伝わる力の連動。リュウジィは、タツヨの全身から発せられる圧倒的な熱量と、筋肉の躍動を肌で感じていた。

 

一撃ごとに空気が爆ぜるような音が、静かな裏庭に木霊する。

 そのあまりの速さに、リュウジィは思わず息を呑んだ。


(ファフニールの力がなかったら、こいつには勝てなかった。改めてバケモノだな……)


 リュウジィは、自らの内に眠る深紅の波動を思い浮かべながら、素直にそう確信していた。

 やがて、一通りのメニューを終えたタツヨが大きく息を吐き、首にかけたタオルで汗を拭いながら歩み寄ってきた。


「やはり、今日の四戦目の相手はムサシ・ミヤモトになったな」


タツヨはこれまでにないほど真剣な、どこか警告を含んだような表情でリュウジィに向き直り、相手の情報を口にした。


「あいつはこれまでの三戦、すべて二刀流の『村雨ブレード』で対戦相手をバラバラにして勝ち上がってきてる。原型が残らないくらい切り刻んでくるヤバい奴だ。あいつには『手加減』という概念がねえ」

 

タツヨの説明を聞き、リュウジィはだいぶ前に一度だけ目撃したムサシの試合を鮮明に思い出した。

 一瞬で肉塊に変えられた対戦相手の惨状。あの凶悪な魔剣の切れ味が、三戦とも繰り返されているのかと想像し、顔をしかめる。


「……ああ、あいつの試合は一度見たことがある。あんな風にバラバラにするなんて、まともな神経じゃないよ。ありゃあ、ただの試合じゃない、屠殺だ」

 

リュウジィの言葉に、タツヨがさらに重い口調で付け加えた。


「あいつの村雨ブレードは俺のガントレットやお前のファフニールとはちょっと違う、使う者の精神支配をする呪われたアーティファクトだ」


「精神支配?」

 リュウジィが思わず聞き返すと、タツヨは忌々しげに言葉を続けた。


「ああ、使う者の意思に関係なくあの剣自身が満足するまで斬り続けるらしい。つまり、あいつが殺すのをやめようと思っても、剣が止まらねえんだよ」


二人がそんな不穏な会話を交わしている間も、壁の向こうの街路からは、祭りのような騒ぎが聞こえてきていた。


今日はついに四戦目。アズマリアの街は、早朝から尋常ではない熱気に包まれていた。

 大通りには、今日行われる死闘を一目見ようと、近隣の町からも野次馬や冒険者が押し寄せている。ムサシ・ミヤモトという圧倒的な破壊者の名と、それを迎え撃つリュウジィの話題で、酒場や露店はどこも持ちきりだ。

 ――そんな狂乱が遠くで鳴り響く中。

 控え室に入ると、そこは世界最大の闘技場にふさわしく、重厚な石造りの壁に囲まれ、分厚い革が張られた長椅子が並んでいた。

 だが、その石壁はただ重厚なだけではなかった。

 至る所に、拭っても決して落ちない、黒ずんだ血の痕跡が、何層にも重なって滲み付いている。数多の戦士たちがここで死闘を前にし、あるいは戦いに敗れて戻り、その命を散らせてきた歴史が、壁全体から立ち昇る鉄錆のような匂いとなって漂っていた。

 俺は壁際の長椅子に深く腰を下ろす。

 リュウジィは、タツヨの警告を何度も頭の中で繰り返していた。


(使う者の意思に関係なく、剣が満足するまで斬り続ける……か。一瞬でも隙を見せれば、俺もあの肉塊の仲間入りってわけだな)

 

相手はただの剣士ではない。呪われた武器に意志を乗っ取られた、破壊の化身だ。

 リュウジィはゆっくりと目を閉じ、意識を内側へと向ける。外の喧騒を完全にシャットアウトし、これから始まる死闘に向けて、静かに、しかし激しく闘志を研ぎ澄ませていった。


「第四試合の出場者、リュウジィ! 入場してください!」


係員の硬い、どこか緊張を含んだ声が控え室に響く。

 リュウジィはゆっくりと立ち上がった。重い石扉が開かれ、外の圧倒的な喧騒が濁流のように流れ込んでくる。薄暗い通路を抜け、光の射す闘技場へと踏み出した瞬間、鼓膜を直接揺らすような爆発的な大歓声が彼を包み込んだ。

 すり鉢状に広がる巨大な観客席を埋め尽くす群衆。その中心に広がる砂地。

 その対面には、すでに「彼」が立っていた。


 ムサシ・ミヤモト。

 

 鎧など一切身につけず、質の良い黒の着流しをラフに纏ったその姿は、周囲の狂信的な熱狂から切り離されたかのように、不気味に静止していた。

 無造作に伸びた髪の間から、異様なほどギラついた、人間味を欠いた瞳がリュウジィを射抜く。

 腰には、抜き身のまま青白く光り、禍々しい魔力を周囲の空気にまで伝播させている二本の刀――『村雨ブレード』。


その全身から立ち上る、隠しきれない濃厚な血の匂いと圧倒的な殺意。

 リュウジィは一歩、また一歩と熱を帯びた砂を踏みしめ、その破壊の化身と真正面から向かい合った。

 対峙した瞬間、リュウジィは自身の内に眠る内功の力を一気に解放した。


膨れ上がる強烈な身体強化の波動。それに呼応するように、ファフニールが激しく共鳴し、内側から脈打つような振動を伝える。

 内功による身体強化と、ファフニールの身体強化を重ねがけし、爆発的な力が全細胞を活性化させ、限界を超えた力が全身を駆け巡った。

 

(……よし、いつでも行ける!)

 あふれ出る全能感と圧倒的なパワーを全身に感じながら、リュウジィは眼前の狂気を見据え、静かに構えを取った。



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