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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第59話 白き旋風




東の国アズマリア。


切り立った断崖絶壁にへばりつくようにそびえ立つその大都市は、一週間に及ぶ狂騒の闘技大会によって激しく揺れ動き、歓喜と狂気のるつぼと化していた。


白い石灰岩を積み上げた強固な城壁。


容赦なく照りつける強烈な陽光を鋭く弾く、真紅の瓦屋根の波。


青空を切り裂くように、眩い極彩色の旗が幾重にも風に翻っている。


喧騒と活気に満ちた琉球風の街並みを完全に飲み込んでいるのは、世界中から一攫千金を夢見て集まった群衆の怒号と、闘争本能を剥き出しにした獣のような笑い声だった。


街の南端、崖の縁に威容を誇る巨大なコロッセオ。


神話の竜の浮き彫りが刻まれた巨大な石柱すら揺るがす地鳴りのような歓声が、潮風に乗って街の隅々まで響き渡っていた。


――熱狂の中心、コロッセオの地下控え室。


世界最高峰の舞台に相応しい広さと、贅を尽くした威厳を備えた空間。


だが、その豪華な壁のあちこちには、どれほど拭っても消えない暗黒色の血痕が生々しくこびりついていた。


それは、この場所で散っていった者たちの死闘の残滓だった。


異様な殺気と血の匂いが充満する部屋に、リュウジィとタツヨの姿があった。


タツヨが太い腕をガッチリと組み、険しい顔で手元の対戦表を鋭く睨みつけている。


「このカイロス・バトラーって聞いたことないな。ピエールの刺客かな? とにかく気をつけろよ」


対照的に、リュウジィは革張りの椅子に深く身体を沈め、外界の音を遮断するかのように目を閉じていた。


細く、長く、精神を研ぎ澄ますように鼻から息を吐き出す。


己の肉体の隅々まで神経を張り巡らせ、筋肉の繊維一本一本、関節の微細な動きまで意識しながら、これから始まる戦いへと身体を整えていく。


「どんな相手でも油断はしないよ。それに俺はタツヨと違って、前世で日本チャンピオンとかの肩書きもない。ただの武術愛好家だったからさ。いつも必死だよ」


リュウジィが静かに目を開く。


黒い瞳の奥に宿る、底知れない静けさ。


それを見て、タツヨは意外そうに片眉を上げた。


「そうか? いつも余裕って感じだけどな」


「異世界に来て、形意拳がチートみたいに使えたのは嬉しかったよ。そもそもボクシングや格闘技、武術を一所懸命やってる人間は、基本的に戦うのが好きなんだよ」


リュウジィはわずかに口元を緩める。


「だって現世じゃ、人より強いなんて何の役にも立たないじゃん。金儲けを一所懸命やるほうが、よっぽど幸せになれるし」


自嘲気味に、しかしどこか達観したように口角を上げる。


だが、その静かな瞳の奥では、今まさに始まろうとしている実戦への期待が、静かな炎となって燃えていた。


「まあ、俺達イカれてるってことだな」


タツヨが呆れたように、しかし心の底から共鳴するような笑い声を漏らした。


その瞬間。


静寂を切り裂くように、重厚な控え室の鉄の扉が乾いた音を立てて叩かれた。


「東側、リュウジィ選手! 入場願います!」


係員の事務的で冷たい声。


しかし、その声は二人の意識を否応なく戦いへと切り替えさせた。


「よし、行ってくる」


短く答え、リュウジィは迷うことなく立ち上がった。


長く続く、冷え切った石造りの暗い通路。


そこを足早に抜けた瞬間――彼の視界が一気に開けた。


脳を焼くような突き抜ける蒼穹。


頭が割れんばかりの熱気と、野獣の遠吠えのような怒号。


すり鉢状にそびえ立つ観客席から突き刺さる、何万もの視線。


コロッセオの中央に広がっていたのは、数多の戦士たちの血を吸い、何度も踏み固められた赤茶けた砂の舞台だった。


「「「リュウジィィィ!! 死なないでくれよ!!」」」


「「「ぶっ殺せ! 叩き潰せ!」」」


耳をつんざくような歓声が石壁に激しく反響し、大気そのものが震えている。


狂乱の熱気に包まれながら、リュウジィは大地を踏みしめた。


座標を定めるような一歩。


その足元から乾いた砂が弾け飛ぶ。


対面の西側ゲート。


闇を切り裂くように、不気味な気配を纏った対戦相手が姿を現した。


男の名は、カイロス・バトラー。


死装束を思わせる純白のローブ。


その整った顔には、見る者の精神を蝕むような異様な呪術的オーラを放つベネチアンマスクが深く装着されていた。


狂乱の歓声が渦巻く中。


無機質な仮面の奥から放たれる絶対零度の殺意が、一筋の光のようにリュウジィの全身を射抜く。


砂塵が舞う闘技場の中央で、殺気を放つ二つの影が静止した。


中央で審判が腕を高く突き上げる。


沸騰し続けていた観客席の絶叫が、真空のような一瞬の静寂へと吸い込まれていく――。


「始め!」


空間を切り裂く審判の号令。


その瞬間、カイロスが音もなく腕を肩の高さまで上げ、妖しく掌を揺らめかせた。


その動きは、陽炎のようにつかみどころがない。


――形意拳は待ちの拳じゃない。


(仕掛けてみるか)


刹那。


リュウジィの身体が弾けた。


物理法則すら置き去りにするような加速で、一瞬にして間合いを詰める。


カイロスの懐へ飛び込み、仮面の中心めがけて、定規で引いたような直線軌道で掌底を突き出した。


「劈拳(へきけん)!」


――躱された。


それだけではない。


会心のスピードで繰り出したはずの腕を、まるで流体のような螺旋の動きで絡め取られた。


その瞬間、全身の平衡感覚が根底から奪われる。


(嘘だろ!)


思考が白く染まった。


次の瞬間――。


「バチイッッッ!!」


顔面を容赦なく撃ち抜く衝撃。


リュウジィは直前で首をひねり、意識を完全に断ち切られることだけは免れた。


それでも脳髄が激しく揺さぶられ、視界が一瞬だけ白く弾ける。


「ぐっ!」


本能的な危機感に突き動かされ、リュウジィは反射的に後ろへ跳び退いた。


辛うじて追撃の間合いから逃れる。


(なんだ今のは? 三体式で極限まで鍛えた俺の下半身の踏ん張りを、あんな軽々と無力化するなんて……!)


「なら、これはどうだ!」


怒涛の踏み込み。


再び一足飛びで間合いを詰める。


「鑽拳(さんけん)!!」


下から地面を抉るように穿つ、錐のような螺旋の重撃がカイロスの仮面を狙う。


カイロスは紙一重でそれをかわした。


だが、それこそがリュウジィの仕掛けた罠だった。


死角へ回り込むように放った外回転の掌が、美しい弧を描きながらカイロスの右腹部へと迫る。


「こっちが本命だ!」


「横拳(おうけん)!!」


だが――!


カイロスの腕が蛇のように絡みついた。


またしても内功の力を受け流され、リュウジィの身体が前のめりに引き込まれる。


視界の端に、翻る白いローブが映った。


(ヤバい――!)


脊髄反射で両腕を十字に交差させ、全身を固める。


――ドカーンッッッッ!!


全身の骨が悲鳴を上げるほどの衝撃。


ガードの上から地面へ叩き伏せられ、リュウジィの身体が凄まじい勢いで横へ弾き飛ばされた。


ズザザザザザザザッ!!


赤茶けた熱い砂を盛大に巻き上げながら、闘技場の硬い地面を数メートルも滑り続ける。


衝撃で肺からすべての空気が一瞬にして吐き出された。


だが、追撃の気配はない。


悠然と立つ、不気味な白い背中を、リュウジィは血走った眼差しで睨みつけた。


(嘘だろ? 旋風脚だと……!)


「お前、転生者か!」


もうもうと舞い上がる砂塵の中で、リュウジィは荒い息を吐きながら叫んだ。








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