第58話 次なる激闘への静寂
闘技大会の長かった初日を終え、リュウジィはタツヨの隠れ家のような家へ戻っていた。
窓の外に広がる王都の夜空には、まだ大会の熱気がくすぶっている。
大会会場の狂騒は夜が更けても衰える気配を見せず、街のざわめきや熱狂した観客たちの喧騒が、夜風に乗って遠くから絶えず聞こえていた。
今日という一日が、いかに街全体を熱狂の渦へ巻き込んだのか。
その音だけでも十分に伝わってくる。
だが、二試合という息もつかせぬ激闘を全力で戦い抜いた後だというのに、リュウジィの肉体には不思議と疲労の影がほとんど残っていなかった。
むしろ、死線を潜り抜けた筋肉には心地よい戦闘の熱が残り、内功によって全身を巡る気血の流れは、実戦を経たことで以前よりもさらに鋭く、太く研ぎ澄まされていた。
「二戦とも見事な勝利だったな。あの頑丈なバルカンの盾を、正面からぶっ飛ばすなんざ、観客席の連中もすっかり度肝を抜かれてたぜ。おかげで、お前の優勝にかかる賭けの倍率も、一気に跳ね上がってやがる」
タツヨは愉快そうに笑いながら、魔導具の冷気でキンキンに冷やされたガラスのグラスを差し出してきた。
「確かに、バルカンのシールドは想像以上に固かったよ。でも、どんなに硬い防御でも、一瞬の隙を突いて崩せば意味がない」
リュウジィはグラスを受け取り、重みのある木製の椅子に腰を下ろした。
冷たい飲み物が喉を通り、熱を持った身体を内側から心地よく冷やしていく。
「だがな、リュウジィ。あまり勝った結果に浮かれてばかりもいられねえぞ」
タツヨの表情が少し険しくなる。
「……大臣ピエール側の裏工作が、いよいよ本格的になってきやがった。さっき俺が戻る途中も、会場の裏口に怪しい手下が何人もいた。あからさまに、お前の動きを探ってやがる」
「……やっぱりそうだったか」
リュウジィはグラスをテーブルへ静かに置き、鋭く目を細めた。
「実は、会場を後にする時から、背中に妙な視線を感じていたんだ」
「運営側の連中も、お前を完全に危険な存在として警戒してる。表向きは公平な大会を装いながら、お前を連戦で少しずつ疲弊させて、最後に本命のカミラで仕留めるつもりなんだろうさ」
タツヨはリュウジィを見据えた。
「なあ、明後日からの対戦表は、もう確認したか?」
「ああ。目を通しておいた」
リュウジィは静かに答える。
「三戦目の相手は、カイロス・バトラー。……そして、このまま順当に勝ち進めば、四戦目にムサシ・ミヤモト。決勝ではカミラ・ヴァン・クロムと当たる仕組みだ」
「どちらも一筋縄じゃいかない、とんでもねえ化け物揃いだぞ」
タツヨは険しい表情を浮かべた。
「ムサシの振るう『村雨ブレード』に、カミラが操る『スネークグレイブ』。どちらも一瞬の油断が命取りになる強力なアーティファクト持ちだ。決して楽に勝てる相手じゃねえ」
そして、リュウジィの身体を包む漆黒のファフニールへと視線を向けた。
「明日の休息日も、ただ休んで終わりにするなよ。試合がなくても、その感覚を少しでも身体に覚え込ませておけ」
タツヨの声には、戦友を気遣う真剣さがあった。
「リュウジィ。お前が培ってきた形意拳と、そのファフニールの特殊な力が完全に噛み合えば……ムサシだろうがカミラだろうが、絶対に届かない相手じゃねえはずだ」
「ああ。分かっている」
リュウジィは短く、しかし確信に満ちた声で答えた。
「明日は朝から、一人で静かに動く時間を取るよ」
そう言うと、グラスに残っていた冷たい飲み物を一気に飲み干した。
翌日は、休息日だった。
朝。
静寂に包まれたアズマリアの街が、まだ本格的な喧騒に包まれる前。
リュウジィは一人、タツヨの家の裏手に広がる小さな庭へと向かった。
そこには、誰もいない。
足元では夜露に濡れた青々とした草が、朝の光を受けて静かにきらめいていた。
澄んだ空気の中、リュウジィはゆっくりと足を止める。
そして、形意拳の基本である三体式を取った。
まずは雑念を払い、心を静める。
後ろ手は丹田の横に添え、前手はまっすぐ前へ。
深く息を吸いながら、身体の内側でゆっくりと気を練り上げていく。
身に纏うファフニールは、リュウジィの微細な筋肉の動きにまで淀みなく追従していた。
漆黒の特殊な生地は、まるで本物の皮膚の一部であるかのように、彼の肉体と完全に同調している。
ただ漫然と立っているわけではない。
静止した極限状態の中で起こる、わずかな筋肉の収縮。
血管を流れる血液の躍動。
一点へと研ぎ澄まされた視界。
力の源泉である丹田の熱。
そして、整えられた呼吸のリズム。
そのすべてへ、リュウジィは意識を向けていく。
静かに立つ。
ただそれだけの動作の中で、肉体のすべてを一つに繋げるように。
三体式による修練を終えると、リュウジィは静かに目を開いた。
脳裏に浮かぶのは、明後日に控えた三戦目の相手。
カイロス・バトラー。
その名前を思い浮かべた瞬間、研ぎ澄まされた神経に心地よい緊張が走った。
四戦目に待ち受ける強敵、ムサシ・ミヤモトのもとへ辿り着くためには、その手前に立ち塞がるこの男を確実に打ち破らなければならない。
リュウジィは無言のまま、静かに目を閉じた。
そして、カイロス・バトラーという名を自らの脳裏へ深く刻み込んだ。
お読みいただきありがとうございました。もし気に入っていただけましたら、作品のブックマークや、下の星(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!次の更新の大きなエネルギーになります!




