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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第57話:鉄壁を砕く拳




「始め!」


審判の鋭い合図が放たれた瞬間、影丸(かげまる)の姿がかき消えた。


 

闘技場の砂塵を蹴散らし、地を這うような低い姿勢のまま死角から迫る。


一切の無駄を削ぎ落とした異常な加速で、一気にリュウジィの懐へと潜り込んだ。


 

影丸の右手が閃く。


逆手に持ち替えられた無骨な武器が、最短距離から容赦なくリュウジィの喉元へと突き上げられた。


回避の余裕すら与えない、一片の迷いもない必殺の刺突だった。


 

だが、リュウジィの瞳は微動だにしない。


 

寸分違わぬ最小限の体捌き。


首をわずかに傾けただけで、耳元を「ヒュッ!」と鋭い風圧がかすめ、武器が空を切って通り過ぎた。


 

一撃をかわされても、影丸の足は止まらない。


凄まじい勢いをそのまま利用して即座に手首を返し、突き出した武器を真横へと鋭く薙ぎ払う。


狙いはリュウジィの頸動脈だった。


 

これまでの相手なら、この死角からの二段構えだけで勝負は決していただろう。


 

だが、影丸の動きにはさらなる罠があった。


左手に持ったもう一本の武器を盾のように割り込ませ、リュウジィのカウンターを誘っていたのだ。


 

その意図を瞬時に見抜いたリュウジィは、踏み込みのタイミングをコンマ数秒だけずらした。


 

直後。


リュウジィの残像を掠めるように、影丸が放った蹴りが死角から襲いかかる。


凄まじい蹴撃が空を切り、何もない空間を激しく引き裂いて通り過ぎた。


 

今までの雑兵どもとは格が違う。


このトーナメントを勝ち抜いてきた者だけが持つ鋭い牙で、影丸は執拗に、そして正確にリュウジィの死角を狙い続けてくる。


 

低い姿勢のまま滑るように間合いを詰める影丸。


止まることなく左右の異形の武器を交互に繰り出し、嵐のような連撃でリュウジィを追い詰めていく。


 

武器が空を切り、時にはリュウジィの防具や衣服を掠める。


その凄まじい超スピードの連撃に、広大な会場からはこれまでにないほど大きなどよめきが沸き起こった。


 

だが、どれほど激しい猛攻を受けても、リュウジィの足取りは寸分も乱れない。


そのすべてを紙一重でかわしながら、反撃の機会を冷静に見極めていた。


 

「ここだ」


 

リュウジィの唇から低い呟きが漏れる。


 

次の瞬間、その足裏が闘技場の床を強く踏み込み、影丸の懐へと一気に飛び込んだ。


 

頑丈な防具の隙間。


あばら骨のわずかな間隙を正確に縫うように、右拳が最短距離を突き抜ける。


 

「崩拳(ほうけん)!」


 

「ドンッ!」


 

拳から放たれた衝撃が、影丸の身体の奥深くまで突き抜けた。


仮面越しの顔が苦痛に歪み、その鍛え上げられた身体が闘技場の壁へと一直線に吹き飛ばされる。


 

凄まじい衝撃とともに石壁へ激突した影丸は、そのまま糸の切れた人形のように砂塵の上へと崩れ落ちた。


二度とピクリとも動かない。


 

その姿に、熱狂していた会場の喧騒が一瞬にして静まり返った。


 

やがて事態を飲み込んだ審判が慌てて駆け寄り、影丸の状態を確認する。


そして勢いよく手を高く振り上げた。


 

「勝者、リュウジィ!」


 

割れんばかりの歓声が地響きとなって闘技場全体を包み込む。


 

リュウジィは無言で一礼し、静かに舞台を後にした。


 

次の試合へと続く控室へ戻る通路の脇。


すれ違うようにして、影丸が担架で運び出されていく。


 

一撃で勝負は決した。


だが、一日に二試合もの戦いが組まれているこの過酷なトーナメントで、感傷に浸っている暇など一秒たりともない。


 

リュウジィは額に滲んだ汗を軽く拭い、冷えた革張りの椅子に深く腰掛けた。


 

「さて、次の相手は……」


 

手元の対戦表に目を落とす。


そこには、今日一日目のトリを飾る不気味な名前が記されていた。


 

『バルカン』


 

耳慣れない、聞いたこともない名だ。


 

だが、この魔境のような大会を勝ち残っている以上、先ほどの影丸と同等、あるいはそれ以上に一筋縄ではいかない相手であることは疑いようもなかった。


 

リュウジィは深く、長く息を吐き出し、静かに目を閉じた。


 

高ぶった神経をゆっくりと鎮めていく。


内功による肉体の爆発的な強化は絶大だが、その反動として精神的な集中力を極限まで削られる。


 

控室の重苦しい静寂の中で、リュウジィはただ己の呼吸を整えることだけに専念した。


 

一分が過ぎ、二分が経つ……。


 

やがて、次の試合の開始を告げる重々しい鐘の音が、闘技場の空気を震わせて響き渡った。


 

「……よし」


 

リュウジィはゆらりと椅子から立ち上がった。


肌を伝っていた汗はすでに引き、呼吸も乱れのない安定を取り戻している。


 

愛剣ファフニールから伝わる重厚な感触を手のひらで確かめながら、再び闘技場へと続く暗い通路へと歩き出した。


 

明るい光の差し込む出口の向こうでは、さらなる熱狂が待ち構えている。


 

燦々と降り注ぐ眩い日差しの中。


舞台の中央にどっしりと佇むその男は、まるで行く手を完全に塞ぐ巨大な断崖のようだった。


 

バルカン。


 

常人離れした、見上げるほどの長身。


一切の装飾を削ぎ落としたような分厚い重装甲を、全身に纏っている。


 

それは洗練された騎士の鎧というよりも、幾多の攻城戦を耐え抜いた城門を、そのまま無理やり身体に巻き付けたかのようだった。


ただひたすらに無骨で、暴力的な鉄の塊。


 

その手には、剣や槍といった技巧的な武器はない。


 

あるのは、彼の屈強な胴体すらすっぽりと隠してしまいそうなほど巨大な鉄製のタワーシールドだけだった。


 

バルカンがゆっくりと足を踏み出し、その巨大な盾を構え直す。


金属同士が擦れ合う耳障りな音が、周囲の空気を引き裂いた。


 

彼は一切の言葉を発することなく、鉄仮面の細い隙間から、ただリュウジィの全身を冷徹に見下ろしている。


 

ただそこに立っているだけで、広大な舞台の半分を占めているかのような息苦しい圧迫感。


 

リュウジィは腹の底にある丹田へと意識を集中させ、地面に吸い付くように重心を低く落とした。


 

バルカンは、リュウジィが構えを取っても微動だにしない。


ただ巨大なタワーシールドの影に隠れた巨体が、次の瞬間に向けてわずかに沈み込んだ。


 

「……始め!」


 

審判の鋭い声が、闘技場に響き渡る。


 

リュウジィの足裏が爆発した。


 

一気に地を蹴る。


先ほどの影丸戦の初撃すら凌駕する、さらに鋭く直線的な踏み込み。


瞬きほどの時間で間合いを詰め、バルカンの正面へと躍り出た。


 

リュウジィの右拳が、全身の内功を爆発させるように放たれる。


 

「崩拳!」


 

「ガギィィィンッ!」


 

闘技場の観客席すべてを痺れさせるような、耳を突き刺す金属音が轟いた。


 

リュウジィの拳は、バルカンが瞬時に位置を微調整した大盾の中央へと正確に叩きつけられていた。


 

これまでの相手なら、この一撃で盾ごと吹き飛ぶ。


あるいは分厚い鉄の盾すら貫き、勝負が決していたはずの必殺の拳。


 

だが、バルカンは巨体をわずか数歩後退させただけだった。


 

盾の表面には拳の形に沿った窪みが刻まれている。


それでも倒れない。


 

内功による衝撃を、巨大な盾と常軌を逸した巨体で受け止めてみせたのだ。


 

リュウジィの精悍な眉が、初めてわずかに動いた。


 

その直後。


 

バルカンの巨体が、内部に溜め込んでいた圧縮バネを一気に解放するかのように前へと爆発した。


 

身の丈ほどもある巨大な盾を前面へ突き出す。


暴走した重戦車がそのまま突進してくるかのような圧倒的な質量が、リュウジィを押し潰しにかかった。


 

巨大な盾が視界を覆い尽くす。


 

リュウジィは一瞬の判断で真横へと跳び、直撃を紙一重で回避した。


 

しかし、バルカンはその巨体に似合わず止まらない。


 

空振った勢いをそのまま殺さず、巨大な盾を遠心力に乗せて力任せに真横へと振り下ろした。


 

「ズガァァァンッ!」


 

耐え難い爆音とともに、舞台の頑丈な石畳が粉々に砕け散る。


鋭い石の破片が四方八方へと弾け飛んだ。


 

リュウジィはその衝撃の余波を受け流した。


だが、砕けた石畳によって不安定になった足場に、わずかに体勢を崩される。


 

バルカンは再び無言のまま鉄の盾をガシャリと構え直し、殺気を含んだ重い足取りでじりじりと距離を詰めてくる。


 

その一歩一歩が、広いはずの闘技場を少しずつ狭めていくようだった。


 

「これならどうだ!」


 

劈(へき)!


崩(ほう)!


鑽(さん)!


 

休む間もない、五行拳の怒涛の三連撃。


 

「ドン! ドン! ドン!」


 

幾重にも練り上げた内功を乗せた拳が、巨大な鉄の盾へと次々に叩き込まれる。


 

ついにバルカンの猛烈な突進がピタリと止まった。


 

そのそびえ立つ巨体が、大きく後ろへとのけぞる。


 

重心のバランスを崩したバルカンに対し、リュウジィは容赦なく追撃のステップを踏んだ。


 

黄金の光を纏った残像が砂塵を切り裂き、リュウジィの身体がさらに加速する。


 

「虎形拳(こけいけん)!」


 

「パァァァァァンッ!」


 

両掌の底で、タワーシールドの中央を強烈に打ち据える。


 

バルカンの巨盾が大きく弾かれ、その巨体が宙へと浮き上がった。


 

空中へ吹き飛ばされた巨体に追いつくほどの凄まじいスピードで、リュウジィがさらに踏み込む。


 

逃れられない距離。


 

バルカンの鉄仮面の顔面へ向けて、リュウジィの拳が振り下ろされた。


 

「劈拳(へきけん)!」


 

「バンッ!」


 

バルカンの巨体が独楽のように激しく回転しながら宙を舞う。


そして、闘技場の分厚い壁面へと激しく叩きつけられた。


 

完全に静まり返った場内に、バルカンの重装甲が床へと転がり落ちる鈍い金属音だけが響いた。


 

二度とピクリとも動かない。


 

その完全な戦闘不能の姿を確認し、審判がようやく震える手を高く振り上げた。


 

「勝者、リュウジィ!」


 

一瞬の静寂。


 

その直後、割れんばかりの歓声が闘技場全体を大きく揺らした。


 

リュウジィは表情一つ変えることなく、静かに舞台を後にする。


 

これで長かった一日目の全試合が終了した。


 

だが、控室の闇の中で。


 

リュウジィの鋭い視線はすでに、さらに計り知れない牙を隠した翌日の対戦表へと向けられていた。



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