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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第54話 牙を剥く謀略




馬車の車輪が立てる乾いた寂しい音が、遠ざかる夜の闇の奥へと吸い込まれて消えていった。


つい先ほどまで賑やかな子供たちの笑い声や気配が響いていたその家は、守るべき主たちを失い、急に何倍にも広くなったかのような底冷えする静寂に包まれている。


「……あの子らが去った後のこの家に、お前がポツンと一人で残るのも目立つだろ」


家の前を守る軒先の暗がりに身を潜めていたタツヨが、静かに、だがリュウジィの孤独を気遣うように声をかけてきた。


「俺の家に来いよ。宿代わりにして構わねえから」


「いいのか?」


「ああ。闘技場の人気選手ってのは、そこそこ良い家に住める特権があるんでね。客人の一人くらい、どうってことねえよ」


タツヨの飾らない男気に、リュウジィはわずかに表情を和ませて短く頷くと、その頼もしい背中を追って歩き出した。


アズマリアの華やかな喧騒を離れ、静まり返った石畳の路地をいくつか折れた先に辿り着いたのは、夜気の中でもひときわ落ち着いた佇まいを見せる上品な住宅街の一角だった。


頑丈でどっしりとした石造りの立派な門構え。


そこからは、タツヨがこの殺伐とした異世界の街で、自らの拳一つだけで勝ち取り、築き上げてきた確かな「格」と誇りが、静かに伝わってくるようだった。


「適当にくつろげ。酒くらいはあるぜ」


タツヨが重厚な金属の鍵を開け、室内に温かみのある明かりを灯した。


広々とした室内には余計な装飾品や調度品が一切なく、常に研ぎ澄まされた一流の戦士の住まいらしい、凛として清潔な空気が心地よく流れていた。


シリンダーの音が静かに響いたあと、リュウジィはソファに腰を下ろし、真剣な眼差しで切り出した。


「で、どうする? この後」


「あっちの出方を待つしかないだろうな。まあ、三英傑の残り二人はぶつけて来るだろうな。その二人も強敵だけど、問題はオーガだな」


「確か戦って、死にかけたんだっけ? どんな奴なの?」


「身長二メートルぐらいで、筋肉の鎧に覆われた身体で、パワーはもちろん、その巨体で俺と同じスピードで動く。人間と魔物のハーフだって言われてる」


「魔物? そんなのいるのか?」


「お前、知らないのか? 東のアズマリア、西のキングスフォーン、南のサウスチェケラッチョ、北のサウザンアイランド。この四つの国の真ん中に魔族の国があるんだよ」


「てか、サウザンアイランドとか、ドレッシングかよ」


「俺も最初笑っちゃったよ。サイゼリヤの肉サラダ思い出してな。それとディアボラ風チキンが美味くてな」


「あれ、販売中止でなくなった」


「嘘! 俺の身体は、サイゼリヤのチキン焼き肉グリルで作られたのに」


「俺がコッチに来る前にメニューから消えた」


「そっか、サイゼリヤも終わったな。てか、話を戻すけど、魔族の国と各国は協定を結んでて、上手くやってるみたいだぞ。それと、この五つの国からなる大陸をバーレスク大陸って言って、他にも大陸や国があって、他の大陸の国と貿易してるのは北の国だけなんだってさ」


「世界は広いんだな。いずれは色んなところに行ってみたいな」


異世界の危機を前にしながらも、どこか懐かしい現世の記憶を肴に笑い合う。


そんな束の間の穏やかな時間が、二人を包んでいた。


その頃、王宮の奥深く。


すべてを我が物にしようとする底知れぬ欲望を隠す、赤と金色に彩られた豪奢な椅子に、重い巨体を深く沈めている男がいた。


アズマリアのすべての権力を執念深く奪い取ろうとする大臣、ピエール・サバンである。


手塩にかけて送り込んだ暗殺者たちの相次ぐ失敗の報告を受け、その肥えた顔は煮えくり返るような激しい怒りで赤黒く染まり、見るに堪えないほど醜く歪んでいた。


「ええい、使えん奴らだ! 刺客を次々に差し向けておきながら、どいつもこいつも返り討ちとはどういうことだ!」


苛立ちの限界を超えたピエールが、太い指で強く掴んでいた繊細なクリスタルグラスを、足元の硬い床へと渾身の力で叩きつける。


派手な音を立てて粉々に砕け散った破片とともに、グラスの中の深紅のワインが、まるで血飛沫のように真っ白な高級絨毯へとグロテスクに染み込んでいった。


「リュウジィとタツヨ、それにガキ二人……暗殺に失敗するなど、どうなってる!」


怒号を轟かせ、荒い呼吸を何度も繰り返すピエールの足元。


まるでその主の影のように、音もなく、冷たく静かに跪いているのは、暗殺集団・骸衆(むくろしゅう)の頭領であるクルシオだ。


彼は足元で飛び散った鋭いガラスの破片が白い頬をかすめ、一筋の血を流しても、瞬き一つせず、冷徹な光だけを宿した不気味な瞳をゆっくりと上げた。


「では、こうしましょう大臣。久しぶりに闘技場でトーナメント大会をやりませんか? 組み合わせは必ずリュウジィに三英傑の残り二人、ムサシ・ミヤモトとカミラ・ヴァン・クロムが当たるようにして」


ピエールはハッと息を呑み、血走った目を細めた。


「それは面白いな」


「トーナメント戦ですから、一日じゃ終わりません。かなりの収益が見込めると思いますが? 各国の剣闘士を募集して、リュウジィを倒した者には賞金を出すのはどうでしょうか?」


「それで倒せなかったらどうするんだ?」


ピエールは机の上に下品に身を乗り出した。


その三白眼が、猜疑心と底意地の悪い期待の色でいやらしく細められる。


クルシオの薄い唇が、まるで自らの糸に絡め取られた獲物を逃がさない蜘蛛のように、残酷に吊り上がった。


「決勝戦の日の前座に特別試合を入れようと思ってます。オーガ対タツヨ・ジョージを。タツヨはオーガには勝てません。リュウジィが決勝で勝っても、体力は相当削られてますよ。そこにオーガを乱入させて潰せばいいのでは?」


ピエールはしばらく天井を見上げ、やがてその顔に下劣な笑みを浮かべた。


「それは素晴らしい案だ」


「例え乱入だったとしても、客は盛り上がりますよ」


「ワッハッハッハッ。ワシも愉しみになって来たぞ。全て任せたぞ、クルシオ」


野卑で下卑た高笑いが、ひんやりと冷え切った堅固な石造りの回廊に嫌な響きを残して反響する。


クルシオは感情の読み取れない無機質な一礼を残すと、まるで足音すら消し去るように闇の中へと溶けるような足取りで、音もなくその場を辞していった。



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