第54話 牙を剥く謀略
馬車の車輪が立てる乾いた音が、夜の闇の奥へと吸い込まれて消えた。
つい先ほどまで子供たちの声が響いていた家は、主を失い、急に広くなったように冷えびるとした静寂に包まれている。
「……あの子らが去った後のこの家に、お前がポツンと一人で残るのも目立つだろ」
軒先の暗がりに身を潜めていたタツヨが、静かに、だが気遣うように声をかけてきた。
「俺の家に来いよ。宿代わりにして構わねえから」
「いいのか?」
「ああ。闘技場の人気選手ってのは、そこそこ良い家に住める特権があるんでね。客人の一人くらい、どうってことねえよ」
リュウジィは短く頷き、タツヨの背を追った。
アズマリアの喧騒を離れ、石畳の道を折れた先に辿り着いたのは、落ち着いた佇まいの住宅街の一角だった。
どっしりとした石造りの門構え。そこからは、タツヨがこの街で剣一本で手に入れてきた確かな「格」が静かに伝わってくる。
「適当にくつろげ。酒くらいはあるぜ」
タツヨが重厚な扉の鍵を開け、室内に明かりを灯した。
広々とした室内は無駄な調度品がなく、常に研ぎ澄まされた戦士の住まいらしい、凛として清潔な空気が流れていた。
「でっどうする?この後」
「あっちの出方を待つしかないだろうな。まあ三英傑の残り2人はぶつけて来るだろうな。その2人も強敵だけど、問題はオーガだな」
「確か戦って死にかけたんだっけ?どんな奴なの?」
「身長2メートルぐらいで、筋肉の鎧に覆われた身体で、パワーは勿論、その巨体で俺と同じスピードで動く。人間と魔物のハーフだって言われてる」
「魔物?そんなのいるのか?」
「お前知らないのか?東のアズマリア、西のキングスフォーン、南のサウスチェケラッチョ、北のサウザンアイランド、この四つの国の真ん中に魔族の国があるんだよ」
「てかサウザンアイランドとか、ドレッシングかよ。」
「俺も最初笑っちゃったよ。サイゼリヤ思いだしてな。あのディアボラ風チンキが美味くてな」
「あれ販売中止でなくなった。」
「嘘!俺の身体サイゼリヤのチキン焼き肉グリルで作られたのに」
「俺がコッチに来る前にメニューから消えた。」
「そっか、サイゼリヤも終わったな。てか話を戻すけど、魔族の国と各国は協定を結んでて上手くやってるみたいだぞ、それとこの5つの国の大陸をバーレスク大陸って言って、他の大陸、他の国もあって他の大陸の国と貿易してるのは北の国だけなんだってさ」
「世界は広いんだな。いずれは色んなところに行ってみたいな」
その頃、王宮の奥深く。
赤と金色に彩られた豪奢な椅子に、身体を沈めている男がいた。アズマリアの権力を執念深く剥ぎ取らんとする大臣、ピエール・サバンである。
暗殺失敗の報告を受け、その顔は煮え繰り返る怒りで赤黒く、見るに堪えないほど歪んでいた。
「ええい、使えん奴らだ! 刺客を次々に差し向けておきながら、どいつもこいつも返り討ちとはどういうことだ!」
ピエールが指で掴んだクリスタルグラスを床へ叩きつける。砕け散った破片とともに、深紅のワインが血飛沫のように絨毯へ染み込んでいった。
「リュウジィとタツヨ、それにガキ二人……暗殺に失敗するなど、どうなってる!」
荒い呼吸を繰り返るピエールの足元。影のように静かに跪いているのは、骸衆頭領のクルシオだ。彼は飛び散ったガラスの破片が頬をかすめても、瞬き一つせず、冷徹な光を宿した瞳を上げた。
「ではこうしましょう大臣。久しぶりに闘技場でトーナメント大会をやりませんか?組み合わせは必ずリュウジィに三英傑残り2人のムサシ・ミヤモトとカミラ・ヴァン・クロムが当たるようにして」
「それは面白いな」
「トーナメント戦ですから1日じゃ終わりません。かなりの収益が見込めると思いますが?各国の剣闘士を募集してリュウジィを倒した者には賞金を出すのはどうでしょか?」
「それで倒せなかったらどうするんだ?」
ピエールが身を乗り出す。その目が、疑念と期待で細められた。クルシオの薄い唇が、獲物を罠にかけた蜘蛛のように吊り上がる。
「決勝戦の日の前座に特別試合を入れようと思ってます。オーガ対タツヨ・ジョージを。タツヨはオーガには勝てません。リュウジィが決勝で勝っても体力は相当削られてますよ。そこにオーガを乱入させて潰せばいいのでは?」
「それは素晴らしい案だ」
「例え乱入だったとしても客は盛り上がりますよ」
「ワッハッハッハッ。ワシも愉しみになって来たぞ。全て任せたぞクルシオ」
下卑た高笑いが、冷え切った石造りの壁に反響する。クルシオは無機質な一礼を残すと、闇に溶けるような足取りで、音もなくその場を辞した




