第52話 信頼の証:リュウジィ、王女と手を組む
あれほどの狂宴が嘘のように、舞台を降りるリュウジィの呼吸は、少しも乱れていなかった。
自ら名乗りを上げたエイデンを一撃で文字通り粉砕したというのに、その黒髪の下に汗一つ浮かんでいない。冷徹なまでの静けさを纏ったまま、彼は第一王女ヒルデガルドの先導に従い、絢爛豪華な大広間を後にした。
辿り着いたのは、喧騒の届かない、ひんやりとした夜風が吹き抜ける、人目につかない王宮のテラスだった。
夜の闇と南国の湿り気を帯びた風が吹き抜ける中、リュウジィは静かに身を翻し、彼女を真っ直ぐに振り返った。
どこか張り詰めた空気の漂う空間で、ヒルデガルドは息を呑んだような驚きの表情のまま、目の前の男の瞳をじっと見つめ返した。
「……その力、その強さ。貴方は一体、何者なのですか?」
王女の問いかけに答えるように、リュウジィは一歩、彼女へ踏み出した。
「俺は、キングスフォーンから来ました。リリス王女の暗殺未遂事件……どうやらアズマリアが関わってるらしくて、その調査のために来ました」
その一言が、夜のテラスの空気を一変させた。
ヒルデガルドの端正な表情がわずかに凍りつき、美しい眉間に険しいシワが寄る。
リュウジィは止まることなく言葉を重ねた。
「俺一人の調査じゃ、この国の深い闇にまでは届きません。だから、王女の力を貸してください。力を合わせて真実を暴く必要があるんです」
周囲を包む静寂の中、ヒルデガルドは唇を固く結び、リュウジィの放った言葉の重さを必死に胸の内で噛みしめていた。
リュウジィは、決して揺らぐことのない真っ直ぐな眼差しで彼女を見据えながら、さらに言葉を継いだ。
「まだ確信は持てないですが……八割がた、あの大臣の仕業だと思っています。あの男は刺客を飼い慣らして、裏でこの国を動かそうとしている。リリス王女を狙ったのも、両国の関係を壊して、その混乱の中で自分の地位を固めるためでしょう。もし王女が殺されるようなことがあれば、それは間違いなく戦争の引き金になります」
その冷徹な推測に、ヒルデガルドの美しい瞳が大きく見開かれた。
「戦争……? まさか、あの大臣がそこまでの暴挙に……。この国を戦火に投じようというのですか」
動揺を隠せない王女の姿を前に、リュウジィはさらに真っ直ぐに、その胸の内を訴えかけた。
「王女。この国があの大臣の勝手で乗っ取られて、戦火に包まれていくのを、黙って見ていたくはないはずです。俺に協力してもらえませんか」
重い沈黙のあと、やがて彼女はゆっくりと顔を上げた。
逃げ出すことのない固い覚悟を決めたように、ヒルデガルドはリュウジィを真っ直ぐに見据えた。
「わかりました。貴方の言葉を信じ、私も協力しましょう。この国が戦火に包まれるのを防ぐためなら、王女として座視しているわけにはいきません。……ですが、私は表立って動くことはできません。ここからは互いに、慎重に動く必要があります」
ヒルデガルドは一度、胸のつかえを吐き出すように深く息を吐き、冷静さを取り戻した声で言葉を続けた。
「まずは、私が城内を探ってみます。王女という立場なら、大臣の周りや公的な書類に近づくチャンスも作れるはず。必ず、この国の闇を暴くきっかけを掴んでみせます」
王女の瞳に宿る確かな決意を確認すると、リュウジィは短く頷き、厳重な王宮を後にした。
夜の帳が深く下りた、静まり返った王宮の外。
周囲の目を逃れるように人目を避けた場所で待っていたタツヨが、闇の中から戻ってきたリュウジィの姿を見つけると、張り詰めていた肩の力をふっと抜いて歩み寄ってきた。
「王女とちゃんと話せたか?」
タツヨの声に、リュウジィは緊張を解くように短く応えた。
「協力してくれるってさ。……そっちはどうだった。何もなかったか?」
リュウジィの何気ない問いに、タツヨは心底呆れたように暗闇の先を親指で指差した。
「何か三英傑候補とか自分で言っちゃう恥ずかしい奴が出て来て、ぶっ飛ばしたよ。あっちに転がってるよ」
その予想外すぎる報告を聞いた瞬間、リュウジィの引き締まっていた口元がわずかに緩む。
「俺も王宮で同じこと言ってた奴と戦ったよ。弱すぎたけど……」
言いかけて、リュウジィはふと嫌な予感に眉をひそめ、タツヨが指し示した暗がりへと目を凝らした。
そこには、三英傑候補という肩書きが泣くほどに無残に地に伏した男の情けない影がある。
「ちょっと待ってよ、あっちで転がってる? 騒ぎになる前に逃げるぞ」
二人はお互いの顔を見合わせると、一瞬の躊躇もなく足音を殺して夜の闇の中へと駆け出した。
頬を叩く冷たい風を切る音に紛れ、タツヨが一定のペースで並走しながら低い声を飛ばす。
「おいリュウジィ、お前が一緒にいるフロドとプリカの二人の子供。どっか行かせられないか? このままだと間違いなく狙われるぞ」
タツヨの的確な懸念は、もっともだった。
狂った大臣の魔の手が着実に迫る中、何の力もない子供たちをこの危険な抗争に巻き込むわけにはいかない。
リュウジィは走りながらも迷いなく答えた。
「わかった。当てはあるよ。ここからキングスフォーンに手紙を書いたらどれぐらいで届くかな?」
「3日ぐらいだな」
タツヨの即答を受け、リュウジィは前方の闇を見据えたまま短く応じた。
「じゃあ、すぐに手紙を出そう」
その鋭い瞳には、子どもたちを守るための、すでに次なる一手が宿っていた。
二人の鍛え上げられた影は、アズマリアの静まり返った街並みの中へ溶け込み、さらに速度を上げていった。
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