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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第51話 宴の牙、静寂の劈拳




タツヨ・ジョージは、鼻で笑いながらゆっくりと足を止めた。


 漆黒の闇の中から現れたマリスを、値踏みするように一瞥する。


「双牙のマリス、だっけか? そんな物騒なもんを拳にくっつけて……ボクシングってのを履き違えてんじゃねえのか、お前」


「ボクシング? なんですか、それは」


 マリスが眉をひそめる。


 タツヨは不敵に笑い、胸の前で両腕をクロスさせた。


 その瞬間、両手首のブレスレットが淡く光を放つ。


 一瞬後。


 ブレスレットは、重厚なメタリックブルーのガントレットへと姿を変えていた。


「死ね、タツヨォ!」


 狂気を孕んだ叫びとともに、マリスが地を蹴った。


 拳の先から伸びた二本の鋼の刃が、月光を鈍く反射する。


 人の身体を切り裂くためだけに作られた、まさに牙のような武器だった。


 だが――。


 元・日本チャンピオンであるタツヨの目には、その攻撃はあまりにも大きく、遅く映っていた。


「……遅えよ」


 ジャブ!


 ビシッ!!


 タツヨの左拳が閃いた。


 踏み込もうとしたマリスの顔面を、正確に撃ち抜く。


「ぐっ……!」


 マリスの身体が後方へ弾かれた。


「一発で終わらせたら可哀想だからな」


 タツヨはゆっくりと構えを戻す。


「圧倒的な力ってのを見せてやるよ」


「くそがぁ!」


 ジャブ!


 ジャブ!


 ジャブ!


 ビシッ!


 ビシッ!


 ビシッ!!


 反撃する隙すら与えない。


 メタリックブルーのガントレットが残像を描き、マリスの顔面を何度も打ち抜いていく。


 右から左へ。


 さらに中央へ。


 マリスの顔から鮮血が飛び散った。


「なんだよ」


 タツヨが鼻で笑う。


「手加減してるんだけどな。左だけで楽勝じゃねえか」


 そして、両腕をだらりと下ろした。


 完全な無防備。


「ほら。少しの間、撃たねえから来いよ」


「舐めるなァァ!」


 マリスの理性が切れた。


 二本の刃を振り回し、死に物狂いでタツヨへ襲いかかる。


 右。


 左。


 さらに上下から。


 鋭い刃が、何度もタツヨの急所を狙った。


 だが。


 当たらない。


 タツヨは最小限の動きだけで、すべてを避けていた。


 わずかに上体を傾ける。


 身体を沈める。


 滑らかに首を振る。


 スウェー。


 ウィービング。


 マリスの全力の連撃が、何度放っても空を切る。


 タツヨは退屈そうな顔のまま、それを眺めていた。


「何が三英傑候補だよ」


 タツヨが笑う。


「当たんねえぞ」


 その言葉が、マリスに残っていた最後の理性を吹き飛ばした。


「殺す……!」


 マリスが血走った目でタツヨを睨む。


「ぶち殺してやるッ!」


 大きく腕を振りかぶる。


 そして、自らの体重すべてを乗せた突きを放った。


 防御など考えていない。


 相手を刺す。


 ただ、それだけの攻撃。


 だが、タツヨは動かない。


 猛然と突っ込んでくるマリス。


 その顔面へ向けて、タツヨの左拳が最短距離を走った。


 バキィィンッ!!


 刃が届くより、ほんのわずかに早く。


 タツヨの拳がマリスの顔面を撃ち抜いた。


「がっ……!」


 衝撃に耐えきれず、マリスの身体が後方へ吹き飛ぶ。


 自ら突っ込んだ勢いまで加わり、その身体は石壁へと激突した。


 ドンッ!!


 壁に叩きつけられたマリスが、そのまま地面へ崩れ落ちる。


「あ……がっ……」


 白目を剥き、全身を痙攣させている。


 もう、立ち上がることはできそうになかった。



 一方その頃。


 タツヨと別れた俺は、王宮の巨大な二枚扉の前に立っていた。


 衛兵たちが重い扉を開け放つ。


 その瞬間。


 煌びやかな光と、貴族たちの喧騒が一気に押し寄せてきた。


 高価な宝石や華やかなドレスに身を包んだ貴族たち。


 広大な大広間へ俺が足を踏み入れた瞬間、ざわめきが少しずつ静まっていく。


 貴族たちの背後や傍らに控えるお抱えの剣闘士たちは、気まずそうに視線を逸らしていた。


 俺と目を合わせようとしない。


 だが。


 その中で、ただ一人だけ。


 広間の隅。


 柱の影に立つ男だけが、俺をじっと見つめていた。


 瞬きもせず。


 冷たい目で。


 まるで、俺を獲物でも見るように。


 俺はあえて視線を外した。


 そして、一段高い場所にある玉座へと向かう。


 そこには、第一王女ヒルデガルドが座っていた。


「よく来てくれました、リュウジィ」


 ヒルデガルドが凛とした声で言う。


「今宵の宴、あなたの参列を歓迎します」


 俺は王女の前で足を止めた。


 この緊迫した状況で、どうすれば大臣の陰謀を彼女に伝えられるのか。


 慎重に言葉を選びながら、俺はヒルデガルドの瞳を見つめ返す。


 その時。


 広間の空気が一気に変わった。


 余興が始まったのだ。


 貴族たちが連れてきたお抱えの剣闘士たちを戦わせる、いつもの余興。


 黄金の箱から札が引かれ、番号を呼ばれた者同士が中央の舞台へ上がる。


 次々と名前が呼ばれていく。


 剣士たちが舞台へ上がり、剣を交える。


 金属音が響くたび、貴族たちは酒杯を片手に歓声を上げていた。


 だが。


 俺の視線は、ずっと柱の影に立つあの男から離れなかった。


 ――エイデン。


 その名が呼ばれた瞬間。


 広間の空気が変わった。


 エイデンがゆっくりと舞台へ上がる。


 そして、腰から二つの武器を引き抜いた。


 無数の棘がついた鉄球。


 それを黒い鎖で繋いだ、二つのモーニングスター。


 かなりの重量があるはずの鉄球を、エイデンはまるで玩具でも扱うように軽々と持ち上げた。


 そして。


 舞台の上から、真っ直ぐに俺を見た。


 喉元を射抜くような殺気。


 確信した。


 あの黄金の箱による抽選など、最初から仕組まれている。


 次に呼ばれるのは、間違いなく俺だ。


 大臣の息がかかった刺客。


 エイデン。


 華やかな宴の裏側で、新たな死闘が始まろうとしていた。


「――続いての対戦者は、リュウジィ! 舞台へ!」


 俺は静かに歩き出した。


 一歩。


 また一歩。


 確かな足取りで舞台へ上がる。


 無数の視線が突き刺さる中、俺とエイデンは数メートルの距離で向かい合った。


「初めまして。エイデンと言います」


 男は丁寧な口調で名乗った。


「一応、三英傑候補と言われています」


 表情だけ見れば、礼儀正しい男に見える。


 だが、その目だけは違った。


 瞳の奥にあるのは、冷たい殺意だった。


「あっそ」


 俺は短く答えた。


「来なよ」


 無造作に構えたまま、エイデンを誘う。


 その瞬間。


 エイデンの表情が歪んだ。


「舐めるな! 小僧!」


 ブンッ!!


 耳を裂くような風切り音。


 二つのモーニングスターが、俺へ向かって猛然と振るわれた。


 だが。


 俺は一歩も引かない。


 鉄球が鼻先を掠める。


 その直前、上体をわずかに後ろへ反らした。


 ブンッ!!


 鉄球が目の前を通り過ぎる。


 続けざまに、もう一つの鉄球が死角から迫る。


 俺は膝をわずかに沈め、上体を逸らした。


 それだけ。


 足は動いていない。


 荒れ狂うモーニングスターの連撃。


 だが、俺はその場から動かずに避け続けていた。


「……お前」


 俺は上体を戻す。


「この前のタツヨと俺の戦い、見てなかったのか?」


 エイデンが歯を食いしばる。


「タツヨのジャブに比べたら遅すぎるよ」


 俺は目の前のモーニングスターを見る。


「そのトゲトゲ」


「クソがぁぁぁぁッ!」


 エイデンの理性が切れた。


 二つのモーニングスターを同時に振り上げる。


 一切の防御を捨てた攻撃。


 その瞬間――。


 俺が踏み込んだ。


 一歩。


 爆発するような踏み込み。


 エイデンの視界から、俺の姿が消えた。


「――っ!?」


 エイデンが理解するより早く。


 俺はすでに、その懐へ潜り込んでいた。


 全身の力を右の掌へ集める。


「――劈拳」


 ドォォォォンッ!!


 掌打がエイデンのみぞおちへ突き刺さった。


「が、はっ……!」


 衝撃が身体を突き抜ける。


 エイデンの胸元の鎧に、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。


 その身体が、くの字に折れ曲がる。


 そして。


 ズドォォォンッ!!


 エイデンは舞台の上を吹き飛び、背後の石壁へ激突した。


 石壁が砕ける。


 もうもうと土煙が舞い上がった。


 その中に、エイデンの姿が沈む。


 動かない。


 一撃だった。


 三英傑候補と呼ばれた男が、たった一撃で戦闘不能になった。


 大広間が静まり返る。


 さっきまで酒を飲みながら歓声を上げていた貴族たちも、誰一人として声を出さない。


 手にしていた酒杯を落とす者。


 口を開いたまま固まる者。


 誰もが、目の前で起きた出来事を理解できずにいた。


 俺の強さを。


 自分たちとはまったく違う存在なのだと。


 その場にいた誰もが理解した。


 だが。


 そんな静寂の中で、一つだけ。


 俺へ向けられる強烈な視線があった。


 大臣ピエール。


 自分が用意した刺客が、一瞬で倒された。


 その顔には怒りと焦りが浮かんでいた。


 固く握られた拳が震えている。


 俺は、そんな視線など気にも留めなかった。


 そのまま玉座へ向かって歩く。


 第一王女ヒルデガルド。


 彼女の前まで進むと、俺は足を止めた。


 貴族たちが息を呑む。


「……王女」


 俺の声が、静まり返った大広間に響いた。


「貴女に、大事な話があります」


 俺はヒルデガルドの瞳を真っ直ぐに見つめる。


 この宴の裏で蠢いている陰謀。


 その真実を明かす時が、ついに来た。





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