第50話 蠢く陰謀
王宮の一角。
赤と金色に装飾された豪華な椅子に、大臣ピエール・サバンが鎮座している。
そこには、苛立ちを隠せない彼の怒号が響き渡っていた。
「おい、クルシオ! タツヨが負けたじゃないか! どうするんだ!」
ピエールは身を乗り出し、机を叩く。対して、魔剣士クルシオは顔色一つ変えずに答えた。
「まあ落ち着いて下さい、大臣。収益的には大成功だったじゃないですか?」
「……確かにそうだが。だが、あの小僧はどうする?」
「三英傑はあと二人いますし、それにオーガもいます。どっちが勝とうが儲けになりますよ」
「タツヨの奴、負けた後にあいつの味方に付いたという話だが……」
「むしろ好都合じゃないですか? タツヨは扱いづらいところがありましたから、二人まとめて始末してしまえばいい」
「そんな簡単にいくか?」
「まずは闘技場の収益を考えましょうよ。それに次の三英傑候補もいますし、オーガもいます。徹底的に強者をぶつけ続けて、奴を削ればいい」
その提案に、ピエールは探るような視線を向けた。
「楽しんでるのか? クルシオ」
「一度戦ってますからね。ええ、楽しんでますよ」
「わかった。お前に任せる」
ピエールは再び椅子に深く背を預けると、満足げに目を細めた。
王宮でそんな陰謀が巡らされている一方で、街の空気は一変していた。
タツヨが二日に一回はリュウジィの家を訪れるようになり、かつての死闘を繰り広げた二人が並んで歩く姿は、アズマリアの住人にとって日常の光景となっていた。
二人が一歩街へ出れば、そこはさながらパレードのような騒ぎになる。
「おい, 見ろよ! リュウジィとタツヨだぞ!」
「この前の試合、最高だったぜ!」
闘技場のスター選手である二人に、至る所から声が飛ぶ。
サインを求める子供や、憧れの眼差しを送る若者たち。記憶の中にある「現世」の有名人に対する反応を、異世界の街でそのまま受けているような感覚だ。
リュウジィが横を歩くタツヨに視線を向けると、タツヨもまた、まんざらでもない様子で周囲に手を振り返している。
「……有名人はツラいな」
「まあ、悪い気はしねえだろ?」
そんな軽口を叩き合いながら、二人は群衆の間を通り抜けていく。
かつての孤独な戦いとは違う、奇妙な「日常」がそこにはあった。
俺はタツヨに街外れの一軒の茶屋に連れてこられた。
「ここは俺の隠れ家みたいなもんだからさ。色々話せるだろ」
「何かわかったのか?俺のほうはさっぱりだよ」
「俺のほうが、この国長いからな。先ずお前を襲ったのは骸衆だな」
「骸衆?」
「この国に昔からいる、暗殺を生業とする一族だよ。ピエールと繋がってるみたいだぞ」
「そっか、じゃあ俺はもうバレてるんだな」
「だろな。ヒルデガルド王女に話して味方につけるしかないだろうな。お前はお抱えの剣闘士だから話すチャンスはいくらでもあるだろ?」
「味方になってくれるかな?」
「になってくれるさ。国どうしで戦争なんて誰も臨んでないし、大臣を失脚させる材料になるからな」
タツヨは茶を一口啜ると、真剣な眼差しでこちらを見た。
「それに、あの王女様は腐っちゃいねえ。ピエールのやり方に反感を抱いてる奴らは王宮内にも多いらしい。お前が動けば、風向きは変わるはずだ」
骸衆、そしてピエール。敵の正体は見えた。
この平和な街の裏側で、かなりヤバい計画が進行している事実に、俺は改めて気を引き締める。
「わかった。ちょうど王宮に呼ばれることになってる。二人きりで話せるはずだ」
「ああ、その時は俺も王宮の近くまで行って、外で見張っててやるよ。骸衆の連中が嗅ぎ回ってねえか、俺の勘が役に立つだろ」
次の日の夜。
アズマリアの街は、昼間の喧騒とは違う静謐な空気に包まれていた。
南国特有の湿り気を帯びた夜風が、朱塗りの建物が並ぶ通りを吹き抜けていく。
俺は丘の上に鎮座する王宮へと向かっていた。石造りの城壁が、松明の光に照らされて巨大な怪物の背中のように浮かび上がっている。
「……準備はいいか、リュウジィ」
横に立つタツヨが、低く、だが鋭い声で言った。
「ああ。さっさと行ってくるよ」
なだらかな傾斜を上り、王宮の門をくぐれば、そこはもう敷地内だ。
朱塗りの柱が並ぶ回廊の先、一段と高い場所に位置する大広間から、喧騒と明かりが漏れ聞こえてくる。
「……じゃあ、行ってくるぜ, タツヨ」
俺は足を止め、隣を歩く相棒を振り返った。
「ああ。俺は予定通り、外で見張っててやるよ」
タツヨは不敵な笑みを浮かべると、音もなく闇の中へと姿を消した。
「こんな時間に有名なタツヨジョージさんが何をしてるんですか?」
「あっ?誰だお前は?」
「次の三英傑候補と言われてますよ。双牙のマリスです。」
「知らねえな雑魚は?自分で言ってて恥ずかしくないか?」
男は両の拳を固く握りしめ、顔の前で交差させた。その拳の先からは、腕の延長線を描くように、冷徹な鋼の刃が二本、真っ直ぐに突き出している。
左右の拳を支柱で固定したその武器は、もはや剣というより、拳そのものを鋭利な刃物へ変えるための異形の装具だった。




