第44話 アズマリアの影
闘技場を後にした。
カミラが振るっていた、あの不自然に曲がる武器の軌道が頭から離れない。
俺はフロドを先に家へと帰した。
一人になり、あえて目的もなくアズマリアの街を歩き出す。
今朝から家を監視していたあの視線が、まだ後ろに付いてきている。
賑やかな大通りを外し、入り組んだ石畳の路地へと入り込んだ。適当に角を曲がり、狭い通路を抜けていくうちに、俺は背後の気配を一人へと絞り込んでいった。
曲がり角を抜けた直後、足を止める。
数秒後、俺を見失った影が急ぎ足で角を曲がってきた。
俺はその影が通り過ぎる瞬間に、背後を塞ぐようにして姿を現した。
「……何の用だよ」
逃げ場のない袋小路。
頭上の屋根に二人、そして俺の背後、路地の入り口側にもさらに二人が現れた。
計四人。全員が、両手持ちのダガーを引き抜いている。
「まあ待て、こちらは戦う意思はないんだよ。あくまでも調査なんだが」
黒装束で口元を隠した、手足の長い男が言う。
「何の調査か知らないけど、俺に構うな」
「そう言われましてもね。……引いてくれませんか?」
「お前ら何者だ。何故俺につきまとう」
「それは言えません」
「なら、力ずくで聞くまでだ」
一気に距離を詰める。
漆黒のチャイナ服、金色の筋の残像が流れる。
劈拳!
ブォッ!
完璧なタイミングだったが、簡単にかわされた。
だが、かわされたその掌を引かない。身体の回転で横に薙ぐように撃ち出す。
バチィィィィッ!
男の身体が横に弾かれた。しかし、男は肘を曲げてガードをしていた。
(当たる瞬間、自ら飛んだか)
距離を取った男は、着地するとピョンピョン/と跳ねている。
「なるほど、これは久しぶりにスリリングな相手ですね」
呼吸をする。内功の力を高める。
(最近わかったことだが、身体強化はただ高めればいいわけじゃない。自分が身体を思ったようにコントロールできるくらいまで高める……)
対する男が、ダガーを持った両手をフラフラと動かし始めた。その腕が、一本、二本、三本と増えて見える。
(何だ? 魔法か?)
「行きますよ。はぁっ!」
一気に距離を詰めてきた男の、複数の腕によるダガーが襲いかかる。
俺は身体を反らしながら、手でそれらを叩き落としていく。
ババババババババ!
だが、そのすべてを弾き落とすことはできなかった。腹に一撃を食らう。
「うぐっ!」
俺は下がって距離を取った。
(今のはヤバかった。ファフニールの防蟻力がなかったら殺られてた……)
「あなた、ハズレの武術家スキルですか? 私もハズレスキルなんです。魔剣士ってスキルでしてね」
男はゆらゆらと腕を揺らしながら、自嘲気味に言葉を続けた。
「魔術も二流、剣士でも二流にしかなれないんですよ。ですが、だからと言って弱いわけじゃない」
男が再び、一気に踏み込んできた。
鋭い斬撃が的確に急所を狙ってくる。俺はそれを動きながら捌く。
(このままじゃヤバい、捌き切れない)
(捌けないなら、打ち抜く)
ダガーで斬りつけに来た男の手を狙う。外回転の掌。
横拳!
バシッィッッッ!
男は右腕を後ろから引っ張られるような体勢で、そのまま後ろへ飛ぶ。
俺は吹き飛んだ身体と同じスピードで踏み込んだ。
崩拳!
なんと男は、俺の拳を足の裏で受け、自ら後ろへ飛ぶことで衝撃を逃がし、距離を取った。
「強烈ですね。右手が暫く使い物になりませんね。今日はこれぐらいにしときましょう」
男はそう言い残すと、屋根にいた仲間たちと共に、影に溶け込むようにして路地の奥へと去っていった。
(……調査、か)
男が残したその言葉が、耳の奥にこびりついている。
家を監視されていたのは、今朝からだ。カミラの試合を見に行く前から、俺は何者かの視界に入っていたことになる。
(魔剣士、ね……)
腕が増えるような独特な動きは、初見では完全に見極められなかった。現に、俺は腹に一撃を食らっている。
(右手を潰した感触はあった。だが、あの崩拳を足で受けて衝撃を逃がすとはな)
最後は逃げるように去っていったが、引き際の鮮やかさも含めて、この世界の「プロ」の技術を思い知らされた。
(この街、アズマリア。ただの平穏な街ってわけじゃなさそうだ。一体、誰が糸を引いている……?)
俺は腹をさすりながら、路地の出口へ向かって歩き出した。
衣服には塵一つ付いていない。だが、内功の防御を抜けて響いた腹の鈍い痛みは、まだ引かない。
(一度、薬でも買うか……)
アズマリアの表通りから一本外れた通りにある、小さな薬師の店へ入った。
「……腹の打ち身に効く薬はあるか」
カウンターの奥で、老薬師がこちらをちらりと見て、棚から小瓶を取り出した。
「打ち身か。15ゴルドだよ」
俺は銀貨を一枚手渡し、小瓶を受け取った。その場で栓を抜き、一気に飲み干した。
(……一応、聞いてみるか)
店を出ようとした足を止め、軽く薬師を振り返った。
「おい。この街には、黒装束の集団がうろついてるのか。路地で襲われたんだが」
老薬師は、面倒そうに鼻を鳴らした。
「……さあね。そんな物騒な話は、衛兵にでも聞きな。うちは薬を売るだけだ」
老人は次の作業に取り掛かり、俺にはもう興味がないようだった。
店を出た。
たまたま入った店で、有力な情報が得られるほど現実は甘くない。
表通りの喧騒が、急に余計なノイズに聞こえる。家にはフロドがいる。
俺は痛む腹を抑えながら、家へと足を速めた。




