第43話 漆黒と純白の処刑人
家を出てすぐ、向かいの建物の影に数人の男たちがたまっていた。
目が合うと、あからさまに視線を逸らして路地に消える。
「……あいつら、こっち見てたよな」
俺がなんとなく口にすると、隣のフロドが不思議そうに首を傾げた。
「え、そう? ……なんだろ、リュウジィ兄さん。また闘技場の関係者かな」
「……まあ、そうかもな」
俺はあくびをしながら、大通りへ向かって歩き出した。
フロドは俺の返事を気にする様子もなく、楽しそうに身を乗り出してくる。
「ねえ、それならさ! これから闘技場に行こうよ! 今日はカミラ・ヴァン・クロムの試合があるんだよ!」
「カミラ……?」
「そう! 三英傑の一人だよ! 兄さんが稼いでくれてるから、一番いい席で見れるんだ。アイツがどんな戦い方するか、見といた方がいいって」
フロドに急かされて、街の中心にある巨大な闘技場へ向かった。
近づくにつれて、地鳴りのような歓声が響いてくる。
石造りの門をくぐると、そこには独特の熱気が渦巻いていた。
頭上は抜けるような青空のコロッセオ形式。俺たちは闘技場を見下ろす中段の席に座ったが、目当ての試合はまだ先だった。
「……まだ始まらないのか」
「三英傑は最後だよ。直前までは普通の試合が続くんだ」
闘技場の上では、数組の試合が続いていた。
大男ががむしゃらに剣を振り回したり、若造が取っ組み合って転げ回ったり。
現世で趣味の枠を超えて形意拳続けてきた俺の目から見ても、どれもただパワーに任せただけの、危なっかしい動きに見える。
(……あんなに大振りじゃ、俺でも避けられそうだな)
周囲は熱狂しているが、俺は冷静にそれを見届けていた。
やがて、そんな試合がいくつか終わって舞台が片付けられると、会場の空気が一変した。
観客席の上にある反射板が動き、太陽の光を一点に集めて舞台を照らし出す。
まばゆい光の柱の中に、その女は現れた。
『――お待たせいたしました! 三英傑が一人、カミラ・ヴァン・クロム!!』
爆発的な歓声。その中を、カミラが静かに歩いてくる。
艶やかな漆黒の長い三つ編み。そこに、氷のように輝く純白の軍礼服。
白い肌と整った顔立ちは、黒と白の強烈なコントラストを描き、さっきまでの剣闘士たちとは明らかにオーラが違った。
彼女が闘技場の中央へ歩みを進めると、それだけで会場が水を打ったように静まり返る。
対峙するのは、鉄の鎧に身を固めた二人の巨漢。だが、彼らは武器を構えたまま、まるで猛獣を前にした小動物のように小刻みに震えていた。
『さあ、本日のメインイベント! 挑むは連勝中の狂戦士コンビ! 果たして彼女の牙城を崩せるかぁ!』
実況の絶叫が合図だった。
極限まで張り詰めた緊張感が弾け、男たちが恐怖をかき消すように吠えながら突っ込む。
カミラは、肩に預けていた自分の背丈ほどもある長いグレイブを、無造作に、だが流れるような所作で旋回させた。
――ヒュンッ。
一撃目は、鋭い水平の一閃。
だが、その軌道がどう見てもおかしい。
対戦相手の巨漢が、辛うじて上体を逸らして避けたはずなのに。
空を切ったはずのグレイブの刃が、空間をねじ曲げるように「カクン」と直角に近い角度で折れ曲がった。
「――がはっ!? な、なんだ、今の……ッ!!」
回避したはずの男の脇腹に、刃が吸い込まれるように食い込む。
まるで意志を持つ蛇だ。一度放たれた刃が、逃げる標的を検知して空中で不自然に加速したのだ。
もう一人の男が顔を引きつらせ、死に物狂いで距離を取ろうとする。だがカミラは無造作に武器を振り抜くだけ。
放たれた衝撃波か、あるいは刃の残像か。
それは真っ直ぐ飛ぶのではなく、逃げ場を塞ぐように男の背後から回り込み、その足を深く切り裂いた。
「ぎ、ぎゃああああっ! 足が、俺の足がああぁぁ!!」
魔術が使えないはずの場所で、慣性を無視して標的を「追尾」する刃。 観客席からはどよめきが上がり、俺の隣でフロドも息を呑んでいた。
(……ありえねえ。あんなの、どうやって避ければいいんだ)
どんなに鋭い踏み込みも、完璧な受け流しも、後から軌道が変わる攻撃の前では通用しない。
狙われたら最後、命中するまで刃が「追いかけてくる」理不尽さ。
カミラは、絶望して這いつくばる男たちの首筋に、グレイブの先端をピタリと突きつけた。
その表情には勝利の余韻もなく、ただ淡々と結果を確認しているようだった。
ようやく審判の笛が鳴り、試合が終わる。
地鳴りのような歓声の中で、俺の心はざわついていた。
(……三英傑、どいつもこいつもヤバそうだな。あの『曲がって追ってくる』刃、どう対処すればいいんだ?)
物理法則を無視したあの追尾性能は、俺がこれまで積み上げてきた回避の理屈を根本から否定している。
興奮するフロドを促し、俺たちは会場を後にした。
西日に照らされた闘技場の巨大な影が、俺の足元を長く、不気味に飲み込んでいた。




