第42話 深まる疑念
夜会の喧騒を離れ、王宮の重苦しい空気から解放されると、夜風が妙に冷たく感じられた。
宿に戻れば、テーブルの上には昼間のうちに賞金で買い込ませたご馳走が並んでいる。
「……ごめん、遅くなった」
俺は適当に椅子に腰を下ろし、水を一杯飲んだ。
フロドと妹は、俺の帰りを待っていたんだろうが、椅子に突っ伏したりベッドに倒れ込んだりして、完全に寝落ちしていた。
二人の寝顔を見ながら食うのも、まあ悪くない。
翌朝。
朝日が差し込むテーブルで、二人は昨日とは打って変わって、競うように肉に食らいついていた。
俺が軽く頷くと、二人はさらに勢いを増して皿を空けにかかった。
俺は温かいスープを口に運びながら、ふと思いついたことを口にした。
「……なあ、フロド。食いながらでいいんだけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ。この国の王様って、どんな人なの? 今日の夜会にもいなかったけど」
「王様? ……優しい人だって街じゃ評判だったけど、もう半年くらい誰も姿を見てないんだよね。病気で寝込んでるって大臣様が発表してからは、ずっとだよ」
「へえ、半年か。……まあ、お偉いさんも大変だな」
俺は適当に相槌を打ち、皿の上の肉を口に運んだ。
王様が半年も不在で、その間ずっと大臣が表に出ている。偶然かもしれないが、リリス王女が狙われた時期と、なんとなく重なっているような気はした。
同じ頃、深夜の王宮。
灯が落とされた大臣室の奥で、一人の男が冷え切ったワインを口に運んでいた。
この国の実権を握る男――ピエール・サバン。彼は、暗がりに向かって低く声をかけた。
「見たか、あの小僧を」
主の問いかけに応じるように、部屋の隅、燭台の光すら届かない影がわずかに揺れた。そこには、呼吸の音さえ殺した「死の気配」が潜んでいる。この国に古くから伝わり、汚れ仕事を一手に引き受けてきた暗殺者一族――骸衆の者だ。
「……並の剣闘士ではありませんな」
影の中から、カサついた声が響く。
「身のこなし、拳の重さ……この国で育つような技術ではない。龍の気配すら、微かに感じられました。あれは、ただの素人ではありません」
ピエールは、夜会で見たリュウジィの圧倒的な一撃を思い出し、口元を歪めた。
「骸衆の目に狂いはないか。奴は、どこから来た?」
「……今のところは、アズマリアに現れた流れ者、としか。ですが、あの若さであれだけの強さは。どこかが送り込んだ刺客、あるいは――」
「他国の手の者か」
ピエールは手元にある古い羊皮紙をなぞった。そこには、隣国キングスフォーンとの国境地図が広がっている。
「まだ手を出すな。泳がせておけ。奴がただの旅人なのか、それとも我々の計画を嗅ぎ回る鼠なのか……まずはその正体を徹底的に洗え。何処から来たのか、誰の差し金か。一欠片の漏れもなく報告しろ。……正体がわかれば、あとは消すだけだ」
「御意」
返事と共に、影は溶けるように消えた。
一人残されたピエール・サバンは、窓の外に広がる眠れる街を見下ろし、低く、低く笑った。




