第37第37話 狂乱の配当
闘技場から引き上げる通路。背後では、まだ状況がよく分かっていない観客のどよめきが、地鳴りみたいにざわめき響いている。
薄暗い通路に入った途端、影からフロドが勢いよく飛び出してきた。
「に、兄さん……!」
フロドは俺に駆け寄ると、興奮しすぎてパニックになったみたいにまくしたてた。
「つええなんてもんじゃねえ! 瞬殺だよ! 兄さん、今、何が起きたんだよ!? 見た事ないよあんなの! 凄いよ! あのガッザを一撃で……一撃でぶっ飛ばしちゃうんだから!」
フロドは壁に手をついて、肩を上下させて息を切らしていた。
「……お前、声でかいよ。落ち着けよ。札は?」
「札ならここにあるよ! でも、12.5倍だぞ!? これ、本当にお金になるんだよね!? 窓口、窓口行かなきゃ……!」
フロドは、握りしめていた賭け札を落とさないよう、慌てて両手で押さえた。
「さっさと金に換えてこい。混む前にな」
「あ、ああ! そうだ、窓口! すぐ行ってくる、兄さんは控え室で待ってて!」
フロドは俺の返事も待たず、小走りで通路の奥へと消えていった。
一人になって、静かになった通路を控え室の方へ歩く。
すれ違う他の選手やスタッフたちが、露骨に俺を避けて道をあけた。
控え室に入ると、あの口髭の運営の男が頭を抱えてうろうろしていた。
俺の顔を見た瞬間、そいつは叫ぶような大声を出した。
「おい、リュウジィ! なあ、どうすんだよ今の勝ちは!」
男はパニックになった顔で詰め寄ってくる。
「ガッザが、あんな簡単に負けるなんて……。そんなの誰が想像するかよ! たった二発喰らっただけで! 賭けの倍率だって無茶苦茶だし、上になんて説明すればいいんだよ!」
「……知らねえよ。お前が勝手に連れてきたんだろ」
俺は男を無視して、壁際の長椅子に深く腰を下ろした。
「お、おい、動くなよ! そのままそこで待ってろ!」
髭の男は、俺の返事も聞かずに控え室を飛び出していった。
しばらくして、廊下の向こうからフロドが顔を真っ赤にして戻ってきた。その腕には、ずっしりと重そうな革袋を二つ抱えている。
「兄さん! 本当にお金になっちゃったよ……! これ、どうするのさ!」
フロドは革袋を抱えたまま、俺の隣に座り込んだ。俺はそれを一瞥して、短く言った。
「……俺の賭け金引いて、残りの全部あげるよ」
「えっ!? ……全部って、兄さん、これ12.5倍なんだよ!? これだけあれば、しばらくどころか、もっと……もっと凄いことだってできるんだぞ!」
「うるせえな、いいから持っとけ.これからいろいろ入用だろ」
押し問答をしていると、通路からまた足音が近づいてきた。
さっきの男が、数人の兵士といかにも「上役」といった感じの老人を連れて戻ってきた。
「……リュウジィ、だったな」
老人が俺の前に立ち、探るように視線を送ってきた。
「今の試合は見せてもらった。君のような実力者が、こんな所に混ざっているとは驚いたよ。……どうだ、三日後。本戦の枠で特別な試合を組む。出てみる気はないか」
「もっと強い奴とやらせてくれるんなら、出場してもいいぜ」
「ああ、もちろんだ。ここ(闘技場)の本戦枠には、君が今日倒した男など相手にならんような、真の強者たちがひしめいている。君なら、いい勝負ができるはずだ」
(……強い奴を倒していけば、最短で王宮にいけるはずだ)
俺は心の中でそうつぶやき、老人の言葉を待った。
「……ふむ。いい返事だ。では、三日後の昼過ぎだ。期待しているよ」
老人は満足げに頷くと、兵士たちを連れて控え室を出ていった。
静かになった控え室で、フロドが不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
「……兄さん、本当にまた戦うのかい? これだけのお金があれば、もう危ないことなんてしなくていいのに。……なんだか、嫌な予感がするよ」
「……ああ。ちょうどいい。一つずつ進めるだけだ」
俺は立ち上がり、手首を軽く回した。
革袋を抱え直すフロドに声をかける。
「行くぞ。……まずは飯だ。金はあるんだろ」
「……うん! 兄さん、今日は俺の奢りだ。この街で一番旨いもん、腹いっぱい食わせてやるよ!」
俺たちは控え室を出て、冷たい石造りの通路を歩き出した。
鉄格子の隙間から、まだ熱狂の冷めやらぬ観衆の叫びが聞こえてくる。
俺は、眩しい外の光の中へと踏み出した。




