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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第37話 狂乱の配当



闘技場から引き上げる薄暗い通路。


背後では、まだ現実を受け止めきれていない観客たちのどよめきが、底知れぬ地鳴りのようにいつまでも響いていた。


ひんやりとした石壁が続く通路へ足を踏み入れた、その瞬間――


闇に潜んでいた影が、勢いよく飛び出してきた。


「に、兄さん……!」


フロドだった。


俺に駆け寄ってくるなり、興奮のあまりパニックになったようにまくし立てる。


「つええなんてもんじゃねえ! 瞬殺だよ! 兄さん、今、何が起きたんだよ!? 俺、あんなの見たことないよ!」


「……」


「凄いよ! あのガッザを一撃で……一撃でぶっ飛ばしちゃうんだから!」


フロドは冷たい石壁に両手をつき、激しく上下する肩を押さえながら息を切らしていた。


「……お前、声でかいよ。落ち着け」


「だって、あんなの――!」


「札は?」


「え?」


「賭け札」


「あ、ああ!」


フロドは慌てて胸元へ手を突っ込んだ。


「札ならここにあるよ!」


賭け札を取り出すと、風で飛ばしてしまわないように両手でぎゅっと押さえる。


「でも、十二・五倍だぞ!? これ、本当にお金になるんだよね!?」


「ああ」


「窓口、窓口行かなきゃ……!」


「さっさと金に換えてこい。混む前にな」


「あ、ああ! そうだ、窓口!」


フロドは勢いよく立ち上がった。


「すぐ行ってくる! 兄さんは控え室で待ってて!」


俺の返事も待たず、パタパタと足音を響かせながら通路の奥へ消えていった。



たった一人になった。


静かな通路を、俺は控え室へ向かってゆっくり歩き出す。


すれ違う他の選手やスタッフたちは、先ほど目の当たりにした化け物を見るような目で俺を見ていた。


目が合う。


すると、すぐに視線を逸らす。


そして、誰もが俺の進路を避けるように道を開けていく。


(……なんだよ)


俺は少しだけ首を傾げた。


(そんなに怖がらなくてもいいだろ)



重い扉を開け、控え室へ入る。


すると――


あの口髭を生やした運営の男が、頭を抱えながら部屋の中を行ったり来たりしていた。


俺の顔を見た瞬間、男が跳ね上がる。


「おい、リュウジィ!」


「……何だよ」


「なあ、どうすんだよ、今の勝ちは!」


男は冷や汗を浮かべ、今にも泣きそうな顔で詰め寄ってきた。


「ガッザが、あんな簡単に負けるなんて……!」


「……」


「そんなの誰が想像するかよ!」


「俺に言われてもな」


「たった二発だぞ!?」


男は頭を抱えた。


「たった二発喰らっただけで、あいつが沈むなんて……。賭けの倍率だって無茶苦茶だし、上に何て説明すればいいんだよ!」


「知らねえよ」


俺は男を無視して、部屋の隅にある長椅子へどっかりと腰を下ろした。


「お前が勝手に俺を連れてきたんだろ」


「お、おい!」


男が慌てて声を上げる。


「動くなよ! そのままそこで待ってろ!」


「はいはい」


俺が適当に返事をすると、男は聞いているのかいないのか、バタンッと大きな音を立てて扉を閉め、控え室を飛び出していった。



静寂が戻った。


俺は長椅子に身体を預け、ぼんやりと天井を見上げる。


しばらくすると――


廊下の向こうから、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「兄さん!」


顔を真っ赤にしたフロドが戻ってきた。


その両腕には、ずっしりと重そうな革袋が二つも抱えられている。


「本当にお金になっちゃったよ……!」


フロドは革袋を抱えたまま、俺の隣へドスンと座った。


「これ、どうするのさ!」


俺は革袋をちらりと見る。


「俺の賭け金を引いて、残りは全部お前にやるよ」


「えっ!?」


フロドの目が丸くなる。


「全部って……兄さん、これ十二・五倍なんだよ!?」


「ああ」


「これだけあれば、しばらくどころか……」


フロドは革袋を見つめる。


「妹と二人で、もっとまともな暮らしだってできるんだぞ!」


「……」


俺はフロドを見る。


「だからだよ」


「え?」


「これから先、俺が何日この国にいるかわからない。お前たちには、何かと金が必要だろ」


「でも……」


「いいから持っとけ」


俺は軽く手を振った。


「これからいろいろ入用だろ」


フロドは黙り込んだ。


やがて、革袋を胸に抱きしめる。


「……兄さん」


「何だ?」


「ありがとう」


「礼なんかいいよ」


俺がそう言った、その時だった。



再び、通路から慌ただしい足音が近づいてきた。


今度は一人や二人じゃない。


ガチャガチャと鎧の擦れる音。


そして――


先ほどの口髭の男が、屈強な数人の兵士を引き連れて戻ってきた。


その中央には、一人の老人がいる。


身なりは質素だった。


だが、周囲の兵士たちが自然と道を空け、その老人が歩くたびに誰もが頭を下げている。


この場で最も立場が上なのは、明らかにこの老人だった。


老人は俺の前まで歩いてくると、静かに足を止めた。


「……リュウジィ、だったな」


俺は老人を見る。


老人も俺を見る。


その視線が、ゆっくりと俺の全身をなぞった。


黒竜ファフニールの鎧。


武器を持たない両手。


そして、何より――


つい先ほど、ガッザを一瞬で沈めた男そのものを値踏みするような目だった。


「今の試合は見せてもらった」


老人が口を開く。


「……面白いな」


「何が?」


俺が聞き返すと、老人は薄く笑った。


「君だよ」


「……」


「今日一日で、この闘技場の空気が変わった」


その言葉に、俺はわずかに目を細める。


老人は続けた。


「君が勝ったことだけではない。観客が何を見たのか、運営が何を考えたのか……それによって、明日からここで売られるものまで変わる」


「売られるもの?」


「強者の戦いだよ」


老人の目が鋭く光った。


「闘技場は、ただ人を戦わせる場所ではない。強者が現れれば、それだけで金になる」


なるほど。


この老人は、俺の強さだけを見ているわけじゃない。


俺という存在そのものに、どれだけの価値があるのかを見ている。


「どうだ?」


老人が一拍置く。


「三日後。本戦の枠で、特別な試合を組む」


そして、真っ直ぐ俺を見据えた。


「出てみる気はないか?」


俺は少し考えた。


「もっと強い奴とやらせてくれるんなら、出場してもいいぜ」


老人の口元がわずかに緩む。


「ああ、もちろんだ」


「……」


「ここ、本戦枠には、君が今日倒した男など相手にならないような、真の強者たちがひしめいている」


老人は自信ありげに言った。


「君なら、いい勝負ができるはずだ」


(……強い奴を倒していけば、最短で王宮へ行けるはずだ)


俺は胸の奥で静かに呟いた。


闘技場で勝ち上がれば、王宮に呼ばれる。


そして王女ヒルデガルドに近づける。


なら、やることは一つだ。


俺は老人を見据えた。


「いいぜ。三日後だな」


老人は満足そうに頷いた。


「……ふむ。いい返事だ」


そして、背を向ける。


「では、三日後の昼過ぎだ。期待しているよ」


老人は兵士たちを従え、足早に控え室を去っていった。



再び、俺とフロドだけになった。


静かな部屋の中で、フロドが不安そうな顔をしている。


「……兄さん」


「ん?」


「本当に、また戦うのかい?」


「ああ」


「これだけのお金があれば、もう危ないことなんてしなくていいのに」


フロドは革袋を抱きしめる。


「……なんだか、嫌な予感がするよ」


俺は少しだけ考えた。


そして、凝り固まった首を左右に鳴らす。


「……ああ」


手首を軽く回す。


「ちょうどいい」


立ち上がる。


「一つずつ進めるだけだ」


「……」


不安そうな顔をしたまま、フロドが革袋を抱え直す。


俺はそんなフロドに背を向けた。


「行くぞ」


「え?」


「まずは飯だ」


俺は振り返る。


「金はあるんだろ?」


一瞬、フロドが呆気に取られた顔をした。


それから――


「……うん!」


ぱっと笑顔になる。


「兄さん、今日は俺の奢りだ!」


「おう」


「この街で一番旨いもん、腹いっぱい食わせてやるよ!」


「期待してるぞ」


俺たちは控え室の重い扉を開けた。



ひんやりと冷たい石造りの通路へ踏み出す。


鉄格子の隙間からは、まだ興奮の冷めやらぬ観衆たちの狂騒が、遠くから波のように押し寄せてくる。


俺はその声を背中に聞きながら、眩しい外の光へ向かって歩いた。


三日後。


俺はこの闘技場で、さらに強い奴と戦う。


そして、その先には王宮がある。


(待ってろよ、ヒルデガルド)


俺は静かに笑った。


そのまま、闘技場の外へ踏み出した。





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