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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第36話 運営委員会の接触と初陣


36話



翌朝。


俺はフロドを連れて、再び街をぶらぶらと歩いていた。


この国は、どこへ行っても闘技場の話題でもちきりだ。


昨夜の酒場での一件も、すでに尾ひれがついて広まっているらしい。


すれ違う人間が時折俺を見ては、何やらヒソヒソと話している。


「……やっぱり目立つな」


俺は自分の服へ視線を落とした。


俺が着ている『黒竜ファフニールの鎧(チャイナ服)』は、一見すると漆黒の布地を重ねただけの軽装に見える。


だが、この国では見かけない独特のデザイン。


しかも、身体を動かすたびに布地を走る金の筋が光を反射する。


昨日あれだけの騒ぎを起こしたばかりだ。


これでは、自分から「ここにいます」と目印を付けて歩いているようなものだった。



案の定――


前方から、ガタイのいい男たちが四人、道を塞ぐように立ちはだかった。


全員が統一された意匠の革鎧を身につけている。


その中央にいた口髭の男が、俺を指差した。


「おい、あんた。ちょっといいか」


「何です?」


「あんただろ。昨日の夜、酒場でダイナマイトキッドをボコボコにしたのは」


「ああ」


俺は素直に頷いた。


「向こうが突っかかってきたから、少しやり返しただけだ」


「『少し』だと?」


口髭の男の顔が引きつる。


「あいつは今、医者から二度と武器は握れないと言われて寝込んでるぞ」


「……そうなのか?」


「そうなんだよ!」


男は大きく息を吐いた。


「俺たちは闘技場運営委員会の者だ」


その言葉を聞いた瞬間、背後にいたフロドが俺の服の裾を掴んだ。


「に、兄さん……」


小さな身体が震えている。


「まずいよ……運営委員会の逆鱗に触れたら、この国じゃまともに生きていけない……」


「大袈裟だな」


「大袈裟じゃないって!」


フロドが必死に声を潜める。


口髭の男が続けた。


「あいつは今日から始まる大会で、貴族たちが前もって大金を注ぎ込んでいた注目選手の一人だったんだ」


「……なるほど」


「直前にカードへ穴が開けば、運営の信用にも関わる。その責任、どう取ってくれるんだ?」


男が俺を値踏みするように見つめる。


そして、ふと俺の服へ目をやった。


「見たことのない服だな。昨日の立ち回りも聞いた」


男はニヤリと笑った。


「あんた、キッドの代わりに出ろ」


「……俺が?」


「そうだ。リザーバー――補欠枠だ」


「断ると言ったら?」


男の笑みが消える。


「キッドに賭けていた貴族たちが黙っちゃいないぞ」


「……」


「この国で運営と貴族を敵に回して、無事でいられると思うな」


脅しだった。


だが、男はそこで声の調子を変えた。


「ただし、もし代わりに出て連勝でもしてみろ」


「……」


「賞金も出る。あんたの名前は、この国中に売れるぞ」


そして――


「連勝を重ねれば、王宮に呼ばれることもある」


「王宮……」


その言葉に、俺は反応した。


東の国が王女を狙った証拠を掴む。


それが今回の俺の目的だ。


正面から王宮へ潜り込むのは難しいと思っていた。


だが、闘技場で勝ち進めば、王宮の人間から声がかかる可能性がある。


それなら――


利用しない手はない。


俺は隣で真っ青な顔をしているフロドを見た。


それから、目の前の男へ視線を戻す。


「……王宮に呼ばれるってのは、本当か?」


「ああ」


口髭の男が自信たっぷりに頷いた。


「勝てば勝つほど、その可能性は高くなる」


そして、男は付け加えた。


「特に今は、王女殿下が強い戦士を求めておられる。闘技場で実力を示せば、すぐに声がかかるはずだ」


王女ヒルデガルド。


昨日、あの高い場所から、死体を冷めた目で見下ろしていた女。


あいつの近くへ行けるなら――


何か分かるかもしれない。


「わかった」


俺は頷いた。


「その枠、俺が埋めてやる」


「話が早くて助かる」


男が満足そうに笑った。


「名前は?」


「リュウジィだ」


「よし、リュウジィ。今すぐ準備しろ。今日の午後には初戦を組んでやる」


男は背を向けながら、最後に振り返った。


「逃げようとするなよ」


「逃げる?」


俺は小さく笑った。


「そんなつもりはないよ」



連れて行かれたのは、昨日見上げたあの巨大な闘技場――その地下だった。


石壁に染みついた、独特の匂い。


血。


汗。


砂。


かつて立ち寄ったアグニ村の闘技場でも嗅いだ、あの臭気だった。



控え室へ入る。


世界最大の闘技場にふさわしく、重厚な石造りの壁に囲まれた広い部屋。


壁際には、分厚い革が張られた長椅子が並んでいる。


俺は、その一つに深く腰を下ろした。



(……アグニ村の時は、ひどいもんだったな)



あの時は、採掘作業員の服をミーナちゃんが急いで仕立て直してくれた。


何が起こるのか分からない。


死ぬかもしれない。


そんな恐怖を押し殺すように、必死で呼吸を整えていた。



あれから――


何度、死線を潜り抜けてきただろう。


今では、あの頃ほど恐怖に震えることもない。



ふと見ると、控え室の隅でフロドが対戦表を握りしめながらガタガタと震えていた。


「……に、兄さん」


「どうした?」


「相手が決まったみたいだけど……」


「誰だ?」


フロドが震える指で対戦表を指差す。


「『砂漠の断罪者』ガッザ」


「……」


「この闘技場で十連勝してる、運営売り出し中の剣闘士だよ」


フロドの顔が青ざめていく。


「あの人の大曲刀から逃げ切れた奴は一人もいないんだ」


「へえ」


「へえ、じゃないよ!」


フロドが叫びそうになるのを慌てて抑えた。


「運営は最初から兄さんを殺す気なんだ!」


「そうなのか?」


「そうだよ!」


俺はゆっくりと立ち上がった。


そして、フロドを呼び寄せる。


「……フロド」


「ひ、ひゃいっ!」


俺は懐から革袋を二つ取り出した。


中には、今回の旅の軍資金として用意してきた金貨がぎっしりと詰まっている。


それを、そのままフロドの手に押しつけた。


「これを持って、今すぐ賭けの窓口へ行け」


「えっ!?」


フロドが目を見開く。


「あ、兄さん、これ……軍資金の全部じゃないか!」


「ああ」


「何に、何に賭けるのさ!」


俺は当然のように答えた。


「俺に決まってるだろ」


「えええっ!?」


「全額賭けろ」


「む、無理だよ!」


フロドが必死に首を振る。


「ガッザだよ!? 十連勝中の『砂漠の断罪者』だよ!? 負けたら一文無しじゃないか!」


「負けるつもりはない」


「でも……!」


「相手がそんな有名人なら、俺の倍率は相当ついてるはずだ」


俺はフロドを真っ直ぐに見つめる。


「倍率がつく今のうちに、全部突っ込め」


「……」


「いいな?」


フロドはしばらく固まっていた。


やがて――


「……分かった」


革袋を抱きしめる。


「絶対に勝ってよ、兄さん!」


「ああ」


フロドは転びそうになりながら、控え室を飛び出していった。



鼻を抜ける血生臭さ。


地鳴りのような歓声。


それらを感じていると、あの時の記憶が蘇ってくる。


だが――


今の俺は、あの時とは違う。


俺は静かに呼吸を整えた。


そして、オイルのような「気」を丹田へ落とす。



ダラダラと積み重ねてきた「趣味」。


まさか、それがこの世界ではチートとして使えるとはな。


形意拳。


ただの趣味だと思っていた。


ただ、好きで続けてきただけだった。


それが今では――


俺の身体そのものを支えている。



「おい、次だ」


運営の男の声が響いた。


「リザーバーのリュウジィ、準備しろ」


俺は立ち上がった。


ファフニールの袖を整える。


鉄格子の向こうには、砂舞台へ続く眩しい通路がある。


俺は迷うことなく歩き出した。



通路を抜けた瞬間――


全方位から、大歓声が降り注いだ。


「うおおおおおおっ!!」


「ガッザァァァッ!!」


視界が白く爆ぜる。


頭上に浮かぶ魔道具の掲示板には、血のように赤い数字が躍っていた。



『ガッザ:1.05』


『リュウジィ:12.5』



数百人の観衆にとって、俺はガッザの強さを際立たせるための、ただの噛ませ犬だった。



砂舞台の中央。


そこにガッザが立っている。


右肩には大曲刀。


左腕には鈍色の鎖。


鍛え上げられた身体から放たれる圧力は、確かに昨日まで見てきた剣闘士たちとは違っていた。


ガッザが俺を見る。


そして、鼻で笑った。


「おい、運営」


「なんだ?」


「この寝巻きみたいな服のガキが相手か?」


ガッザは大曲刀を肩に担いだ。


「武器も持たずに、踊りにでも来たつもりか?」


そして、口元を歪める。


「ここは勝つための技術が支配する場所だ」


俺は静かに砂を踏みしめた。



勝つための技術、か。



俺がやってきたのは、そんな大層なものじゃない。


ゲーマーがレベル上げを繰り返すように、俺はただ形を練ってきた。


一日。


また一日。


何年も。


ただ、それだけだ。



ただの趣味。


ただのオタク。


それでも――


この世界で俺が頼れるものは、身体に染みついた形意拳しかない。



「……始め!」


審判の手が振り下ろされた。



その瞬間――


ガッザの左腕がしなった。


ヒュンッ!


鋭い鎖の先端が、俺の眼球を狙って一直線に飛んでくる。



俺は構えた。


半身。


右手、右足が前。


両手は水落ちの高さ。


中心へ寄せ、脇は軽く締める。


掌は、やや大きめのボールを掴むように開く。



俺が最も戦いやすい構え。



鎖が迫る。


俺は、その軌道から身体を外した。



次の瞬間――


践歩。


ジグザグに踏み込みながら、一気に距離を詰める。



「なっ!?」


ガッザの顔が歪んだ。


距離を潰された。


焦ったガッザが大曲刀を振り抜く。


だが――


その剣先に、俺はいない。



一歩。


さらに一歩。


死角へ潜り込む。



そして、身体を捻った。


右掌が、ガッザの右上腹部へ叩き込まれる。



形意拳――


『横拳』。



バンッ!!!



ガッザの巨体が横へ弾け飛ぶ。


だが、まだ終わらない。


俺はその身体を追った。



両掌を前へ。



身体ごと、すべてを叩き込む。



形意拳――


『虎形拳』。



パァァァァァンッ!!!



衝撃音が闘技場を震わせた。


ガッザの巨体が砂煙を巻き上げながら宙を舞う。


何度も回転し――


ドォォォンッ!!!


そのまま砂舞台へ叩きつけられた。



動かない。



闘技場が、静まり返った。



ついさっきまで響き渡っていた歓声が、嘘のように消えている。



頭上の掲示板。


そこに表示されていたオッズが、狂ったように明滅していた。



『ガッザ:1.05』


『リュウジィ:12.5』



誰も、何が起きたのか理解できていない。



俺は倒れたガッザには目もくれず、静かに拳を引いた。


そして、ファフニールの袖を整える。



俺が見るのは、ただ一つ。



遥か彼方にそびえ立つ――



王宮。



(……一歩近づいたな)



俺は静かに、王宮を見据えた。






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