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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第35話 砂塵の円形闘技場と夕景の香



 翌朝、宿代わりの5000ゴルドを受け取ったフロドは、昨日よりもどこか背筋を伸ばして俺の前を歩いていた。



時折こちらを振り返っては、石灰岩の坂道の凸凹を教えたり、アズマリア特有の赤瓦の家々の並びを指差したりして、一生懸命に「案内人」としての役目を果たそうとしている。


(さて、どうやって王宮の奥へ潜り込むか……)

 

王の密命である以上、表立って動くわけにはいかない。何より、この小さな案内人と、家で待つあの幼い妹を、危ないことに巻き込むわけにはいかない。


そんなことを考えながら、俺たちは街の中心へと続く緩やかな坂を登り切った。

 

その瞬間、視界がパッと開けた。


街の全ての道がそこへ集まっているかのように、巨大な石造りの建物が、空に向かってそびえ立っていた。


「兄さん、見てよ! あれが世界一の闘技場だぜ! この国の自慢なんだ」

 

フロドが鼻を鳴らし、誇らしげに顎をしゃくった。白い石を幾重にも積み上げた円形の外壁。その圧倒的な高さと大きさは、見る者を黙らせるような迫力がある。


「ここはさ、魔法使いは絶対に入れないんだ。あいつらが派手に魔法なんか使ったら、街までメチャクチャになっちゃうだろ? だから、使えるのは自分の剣とか体だけ。


「死にたくないから必死で殴り合うんだ。……今日は平日だから、お客さんは全然いないけどさ。その分、途中からでもすごく安く入れるよ。ねえ、兄さんも見ていこうよ!」


(これが、カエデの言った闘技場か。) 


俺は黙って頷いた。フロドに数枚のゴルドを渡し、ひんやりとした石の回廊を抜けて観客席へと足を踏み入れた。

 

視界に飛び込んできたのは、すり鉢状に広がる広大な観客席だった。まばらな客の拍手がパラパラと乾いた音を立てて広い空間に吸い込まれていく。


だが、舞台上の空気はそれとは対照的に、焼けつくような熱を帯びていた。


砂の舞う舞台では、今まさに二人の男が砂まみれになって命を削り合っていた。


一方は、錆びついた巨大な斧を振り回す大男。もう一方は、長剣と小さな盾を構え、獣のように低い姿勢で隙を伺う男だ。


「死ねッ! 死ねよおぉッ!!」

 

大男の絶叫が響く。ぶん回される斧が空気を引き裂き、強烈な風圧を巻き起こす。


三流の戦いかもしれない。だが、そこにあるのは剥き出しの殺意だ。

 

ガギィィィィィィンッ!!

 

盾で斧を弾くたび、鋭い硬質音が反響する。火花が散り、その衝撃で男の腕が痺れ、激しく震えているのが遠目にもわかった。


「はぁっ、はぁっ……ガフッ!」

 

長剣の男が砂を噛み、体勢を崩した。その刹那、大男が咆哮を上げ、全力で斧を振り下ろす。


「――!」


ズブッという肉を断つ音が重く響いた。斧の刃が長剣の男の肩口に深く食い込み、鎖骨を砕いて胸の奥まで一気に引き裂く。


「あ、が……ッ……」


 男の口から鮮血が噴き出し、熱い砂の上にぶちまけられた。大男が斧を抉り抜くと、男の体から一気に力が抜けた。


さっきまで必死に生にしがみついていた人間が、ただの動かない肉の塊へと変わる。砂舞台は一瞬で、むせ返るような血の匂いに包まれた。

 

ふと、はるか上方の豪華な貴賓席に目を向けた。


そこには、一人の女性がゆったりと座っていた。流れるようなプラチナブロンドをまとめ、白い石の椅子に腰掛けたその姿は、そこだけ別世界のように見えた。

 

だが、その眼差しに優しさはない。紫の瞳は、今しがた絶命した男の死体を、まるで読み終えた本でも閉じるかのような冷めた様子で見下ろしていた。


「あそこに座ってるのが、この国の王女様……ヒルデガルド様だよ」

 

フロドが声を潜めて言った。


「あの人、本当に闘技場が好きなんだ。お客さんがいない平日だって、あそこから誰が勝つか、誰が死ぬか、じーっと見てるんだぜ」

 

俺はその瞳を脳裏に焼き付けながら、砂舞台が次の試合のために片付けられるまで、その場を動くことができなかった。

 

闘技場を出る頃には、アズマリアの空は燃えるような夕焼けに染まっていた。


「……凄かったな」


「だろ? 週末のスター選手たちは、今の十倍はヤバいんだから!」

 

興奮気味に語るフロドは、一度家まで駆け出し、すぐに妹のプリカの手を引いて戻ってきた。


「リュウジィ兄ちゃん、おかえりなさい!」

 

プリカがぺこりと頭を下げる。さっきまでの血生臭い光景を忘れさせるような笑顔だ。


「よし、お待たせ。今日は約束通り、オーグの煮込みを食べに行こう」

 

俺たちは路地裏にある小さな店に足を運んだ。運ばれてきた

「アズマリア風・オーグの煮込み」は、骨付きのまま飴色に炊き上げられていた。独特の強い酒と黒糖で煮込まれたオーグの足は、口に運べばとろりと溶けていく。


「わあ……! お肉、プルプルしてる……」

 

プリカが小さな手で、一生懸命に肉を頬張る。俺は自分の皿の肉も彼女に分けてやった。


「さあ、冷めないうちに食べよう。三人でな」

 

フロドが勢いよく飯をかき込み、プリカが幸せそうに口を動かしている。俺はその光景を眺めながら、三人でのんびりとした夕飯を楽しんだ。

 

その時、店の入り口で罵声が聞こえた。


「おい! 何で席が空いてないんだよ! サッサと空けろよ. 俺を誰だと思ってるんだよ」

 

店主が一所懸命に頭をさげる。


「げっ! ダイナマイトキッドだ」

 

フロドが声を潜めた。今闘技場で五連勝中の剣闘士で、わざと相手をいたぶるような男らしい。

 

楽しい時間を邪魔されて、珍しくムカついた。俺は席を立って入り口に向かった。


「ちょっと待って兄さん何やってんだよ」

 

スキンヘッドの男の前に立った。男は腰に鎖付きのトゲ鉄球をぶら下げている。


「なんだ? 小僧!」


「ちょっと表に出ましょうか。迷惑なんで」


「誰に向かって言ってんだよ。怪我じゃすまねえぞ」


「知らねえよ。このクソ野郎」

 

なぜか怒りが止まらない。ファフニールも反応している。


 

スッ前に出て、掌で男の胸を軽く撃った。それだけで、男は店の外に吹き飛んだ。

 

俺も店の外に出た。


「殺してやるッ!」

 

男は立ち上がり、トゲ付きの鉄球をぐるぐる回して飛ばしてきた。


「遅いよ!」

 

鉄球をかわして懐に入り、武器を持っている手首を掴んで、その腕の脇の下を前腕で跳ね上げた。男の身体は宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられて動かなくなった。

 

見ていたフロドが叫んだ。


「つえええ、てか、強えなんてもんじゃねえ!!」

 

石畳に転がった男は、もうピクリとも動かない。

 

五連勝の剣闘士なんて言うから期待したが、拍子抜けだった。

 

俺は呆然としている入り口に立ってる店主に、修理代として数枚のゴルドを渡した。


「フロド、早く食べようよ」


俺は何事もなかったかのように、再び店の暖簾をくぐった。



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