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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第34話 緋色の風の街




王宮を後にした俺は、馬車に揺られながら自分の店へと戻った。


『ギャングスター』の重厚なドアを開けた瞬間、熱気が頬を叩く。


一階の焼き肉フロアは、世界五大珍味の一つであるキングオーグの肉が放つ、濃厚で芳醇な脂の香りに満ちていた。


店内では客たちが豪快に肉を焼き、笑い声を響かせている。


総支配人のハクさんは、今日は一階に出ていた。


忙しく働く店員たちの様子を眺めながら、食事を楽しむ客たちの笑顔を、温かな眼差しで見守っている。


二階は、一階の喧騒や煙が届かないよう、厚いガラスと魔法の障壁で仕切られた特別席だ。


そこからは、ドレスを纏った女たちの華やかな笑い声と、上質なクリスタルグラスが触れ合う澄んだ音が、わずかに降りてきていた。


俺は真っ直ぐにカウンターの隅へ向かう。


そこではカエデが、周囲の喧騒などまるで気にする様子もなく、鋭い手つきで忙しなく帳簿をめくっていた。


「カエデ。悪いが、ハクさんとバッドを呼んで裏の小屋に来てくれ。……少し、話がある」


俺の声音から何かを察したのだろう。


カエデは手にしていたペンをピタリと止めた。


「……分かりました」


小さく頷くと、ハクさんへ視線を送り、続いて二階にいるバッドへも静かな合図を送る。


それから、三人は俺の後を追って裏手の小屋へと集まった。


表の活気ある喧騒も、壁一枚を隔てるだけで遠くくぐもって聞こえる。


その静かな場所で、俺は胸の内に抱えていた重荷を押し出すように口を開いた。


「王から直接、アズマリアへの潜入を頼まれた」


三人の表情が変わる。


「例の王女が絡んだ一件。どうやら、あのアズマリアが黒幕らしい」


俺は一度、息を吐いた。


「明日、俺が直接向かって中を探ってくる」


「アズマリア……」


カエデが、その名を拒絶するかのように小さく息を漏らした。


わずかに肩がこわばっている。


「あそこは、この国とは何もかもが違います」


カエデは静かに続けた。


「特に軍事に力を入れていますし、何より世界最大の闘技場があります。世界中から荒くれ者が集まる場所です」


「兄貴、何言ってるんすか!」


バッドが椅子から身を乗り出した。


「そんな得体の知れない場所に、一人で行かせるなんて……俺も連れてってくださいよ!」


切実な焦りが、その瞳に浮かんでいる。


「邪魔な奴らは俺が全部ぶっ飛ばして、道を空けますから!」


その震える肩を、ハクさんが大きな手でそっと制した。


優しい仕草だった。


だが、そこには逆らうことのできない確かな重みがあった。


「バッド、落ち着きなさい」


ハクさんは穏やかな声で言った。


「リュウジィ殿がいない間、誰がこの店を守るというのです?」


「……」


「ここは、我らで守り抜くと決めた場所でしょう」


静かな言葉だった。


それでもバッドには十分だった。


悔しげに奥歯をギリリと噛み締め、固く握りしめた拳を震わせる。


「……分かってますよ、そんなこと」


しばらく俯いていたバッドが、絞り出すように言った。


「……兄貴、頼みますから、絶対に無茶はしないでください」


その声には、いつもの威勢がなかった。


「兄貴がいない店なんて……ちっとも面白くないんだ」


赤らんだ目に浮かぶ本気の不安を見て、俺は小さく息を吐いた。


「……ああ」


それ以上、余計な言葉は必要なかった。


「留守は頼んだぞ」


「はい。任せてください」


俺は椅子を引いて立ち上がった。


仲間たちの視線を背中に感じながら、小屋を出る。


そして、そのまま店を後にした。


夜の冷たい空気を肺の奥まで吸い込みながら、自宅へ戻る。


静まり返った部屋で、明日の旅に必要な荷物を革袋へ手早く詰め込んでいく。


アズマリア。


俺にとっては、まだ何も知らない未知の国だ。


潜入任務ということもあり、不安がないと言えば嘘になる。


だが、考えていても仕方がない。


俺は荷物をまとめると、明日に備えて深い眠りについた。



翌朝。


まだ夜が明ける前の、蒼白とした世界の中で王都を発った。


それから数日に及ぶ長い旅を経て――


俺はついに、アズマリアの国境を越えた。



馬車を降りる。


足元には白い石灰岩の坂道が続いていた。


息を切らせながら坂を登り詰めると、その先に独特な形をしたグスクが姿を現した。


そして、その向こう側に広がっていた光景に、俺は思わず足を止めた。


「……」


断崖の上に広がる、見たことのない街。


鮮やかな赤瓦の屋根が幾重にも連なり、その間を縫うように道が伸びている。


行き交う人々も、王都で見慣れた服装とはまるで違った。


色鮮やかな民族衣装。


頭に布を巻いた者。


荷物を抱えて足早に歩く商人。


露店の前で値段を交渉する客。


街全体が、どこか忙しない。


だが、騒がしいわけではない。


商人たちのやり取りは驚くほど簡潔で、必要なことだけを伝え、すぐに次の仕事へ移っていく。


そこには、この国独特の実利的な活気があった。


「ここが……アズマリアか」


俺は思わず呟いた。


王都とは、空気そのものが違う。


同じ人間が暮らす国なのに、まるで別の世界へ来たような感覚だった。


さて。


まずは腹ごしらえと、今夜の宿だな。


俺は肩に掛けた革袋をぐっと持ち直した。


そして活気ある人波に混じりながら、手頃な店はないかと街中を見回し始めた。



少し歩いたところだった。


「ねえねえ、そこの黒い服着た兄さん!」


突然、背後から声を掛けられた。


振り返る。


そこに立っていたのは、日に焼けた肌に薄汚れた民族衣装を着た少年だった。


頭には鉢巻きを巻いている。


年齢は、俺よりはるかに下だ。


それでも、その瞳には妙に強い光が宿っていた。


「兄さん、この国初めてだろ?」


少年は俺の服装を指差す。


「その服を見たら分かるよ。観光? 案内人探してない?」


一息ついて、少年は胸を張った。


「俺のこと雇わない? 絶対に損させないから!」


ずいぶんと必死だ。


俺は少年の顔を見ながら尋ねた。


「本当に詳しいの?」


「当たり前だよ!」


少年は即答した。


「おいら、アズマリアの隅から隅まで知ってるよ。一日二〇〇〇ゴルドでどうかな? 安いでしょ?」


商売慣れしているようにも見える。


だが、その声の奥には、必死さが滲んでいた。


俺は思わず微笑んだ。


「じゃあ、先ずは飯だな」


「え?」


「どこかないかな? この国の名物とか、旨い店」


少年が目を丸くする。


「お前も一緒に食べよう」


まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。


少年はしばらく俺の顔を見つめていた。


やがて、どこか愛らしい上目遣いになって、小さな声で言った。


「兄さん……凄く嬉しいけど」


少年は少しだけ迷うように視線を落とす。


「おいら、今は腹減ってないから……その店の料理、持って帰ってもいいかな?」


その一言で、何となく分かった。


自分が食べたいのではない。


家で待っている誰かに、食べさせたいのだ。


俺の胸の奥が、少しだけ熱くなった。


「もちろん構わないよ」


そして、ふと思いついて尋ねる。


「ちょっと待って。……両親は?」


少年の表情が、ほんの少しだけ曇った。


「いないよ」


短い答えだった。


「妹と、おいらだけだよ」


そう言って少年は笑った。


その笑顔は明るかった。


だが、その奥に隠された寂しさを、俺は見逃せなかった。


胸の奥がキュッと締め付けられる。


俺は少年を見つめた。


そして、決意するように口を開いた。


「お前の家って……俺一人ぐらい寝られるかな?」


「寝られないことないけど……汚いし、狭いよ」


少年は不思議そうに首を傾げる。


「……なんで?」


「この国には、しばらくいるからな」


俺は笑った。


「一日五〇〇〇ゴルドでどうだ?」


少年の目が大きく見開かれる。


「宿代込みだ。何か美味しい物を買って、三人で食べよう」


「本当に?」


少年の声が震えた。


「本当に、本当に?」


次の瞬間。


「有り難う!」


満面の笑顔が弾けた。


「俺の名前、フロド!」


少年は嬉しそうに名乗った。


「兄さんは?」


「俺の名前はリュウジィ」


俺も笑って答える。


「宜しくな、フロド」


「うん!」


フロドに案内された店で、温かい料理をいくつかテイクアウトする。


料理を抱えたフロドと並んで歩きながら、俺たちはいろいろな話をした。


街のこと。


アズマリアのこと。


そして、フロド自身のこと。


そうして辿り着いたのは、街外れにある古びた家だった。



「ここ?」


「ああ、ここだよ」


フロドが扉を開ける。


家の中は、噂通り古くて狭かった。


だが――


「お兄ちゃん!」


奥から、小さな少女が駆けてくる。


十歳ほどだろう。


少女――プリカは、フロドの姿を見るなり、まるで花が一気に咲いたような満面の笑みを浮かべた。


「ただいま、プリカ!」


「おかえり!」


兄妹が抱き合う。


その光景を見ていると、何とも言えない温かな気持ちになった。


赤瓦の隙間から差し込む夕日が、古びた家の中を柔らかく照らしている。


俺たちは買ってきた料理を広げた。


決して豪華な食卓ではない。


それでも――


三人で囲むその食卓には、どこか温かな空気が満ちていた。


アズマリアへ来た初日。


俺はまだ知らない。


この小さな兄妹との出会いが、この国での俺の旅に――


どんな意味を持つことになるのかを。








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