第33話 龍の苦痛と龍の魂
その男は、まるで透明な空気が急に凝固して実体を持ったかのように、唐突にそこへ現れた。
(……誰だこいつ! まったく気がつかなかったぞ)
至近距離まで詰め寄られていた事実に、背筋に冷たいものが走る。
男は岩のような大柄な体格を黒の甲冑に包み、右手には巨大な鉄の塊――叩き斬るためだけに鋳造されたような、歪な漆黒の武器を提げていた。
リブルが「はっ!」と息を呑んだ、その刹那。
鉄の塊が空気を切り裂く轟音とともに、高速でリブルをなぎ払った。
ガキィィィィィィンッ!!!
リブルが咄嗟に自身の剣で受け止めるが、衝撃を殺しきれない。体ごと、まるで紙屑のように後方へ吹き飛ばされる。
「くっ……おおおぉぉ!」
必死に踏ん張るリブルの両足が、王宮の地面を深く削り、凄まじい摩擦音を立てて滑っていく。
ズザザザザザザザッ!!!
同時に、こいつが現れてからファフニールの反応が異常だ。内側からせり上がるような熱い波動。出力が最大まで跳ね上がり、暴力的なまでの力が俺の全身を包み込む。
(……わかっているよ、ファフニール。こいつはヤバい。本物の『バケモノ』だ)
対峙する男には、驚くほど殺気がない。表情も人形のように無機質だ。それが余計に、この男の異常性を際立たせている。
「相変わらず何やってんだ、サイコ野郎。……しかし、あれだな。お前の剣はブンブン、ブンブン。ハエか? あっははは!」
「てめぇ……パッキャオ!」
リブルが顔を真っ赤にして激怒するが、男――パッキャオは、どこ吹く風で肩をすくめた。
「てめぇでも何でもいいけどさ。ここは王宮だろ。めんどくせぇな、立場上、止めなきゃいけねえだろ?」
パッキャオはリブルから興味を失ったように視線を外し、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
「俺さ、サウスチェケラッチョに第一王女殿下の公務で行ってたんだよ。……お前か? ファフニールに選ばれたのは」
パッキャオが俺の顔を覗き込む。至近距離。
46年生きてきて、これほどまでに「食われる」という野生の恐怖を感じたのは初めてだった。
「坊や、今度俺と遊んでくれ」
そう言ってニヤリと笑う男の眼光に、俺はただ、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
その男は背中に着けたハーネス状の鎖のホルダーに大剣を引っ掛けると、王宮に消えて行った。
その後姿をリブルはいつまで、睨みつけてた。
「リブル、あのヤバい人誰だよ?」
「うるせえ!あの野郎」
そう言いながら、リブルもまた王宮に消えて行った。
(リブルと初めて対峙した時もヤバいと思ったが、それの比じゃない)
後から声を掛けられた。
「ジラルデ・パッキャオ」
振り向くとキングフォーン最強魔術士ローザ・カイリがそこにいた。
これも全く気がつかなかった。
「久しぶり。リュウジィ君元気だった?知りたんでしょ?今の奴の事」
金色の瞳で微笑みながら言う
「教えて下さい」
「どうしょうかな?今度お店行ってもいい?」
「いつでも来て下さい。でもこの前みたいに2階はだめですよ。あの時は焼いた肉を持って行きましたが、1階で焼きたてが1番美味しいですから」
「わかったよ決まりだね。教えてあげる、あいつはね。この国最強の剣士、ランクS王直属の騎士団団長ジラルデ・パッキャオ。竜殺しの男」
「竜殺しって.本当にこの世界に竜なんているんですか」
「えっ?いるわよ。面白いこと言うのね。常識じゃない」
(本当にいるのかよ?まだエルフとゴブリンとか俺あってないぜ)
「あいつは本当に竜殺したよ。あの伝説の剣の1つ、ドラグ・ペインでね。私よりはちょと弱いけどね」
「ドラグ・ベイン……?」
「そう。その意味は『龍の苦痛』。龍を殺すためだけに生まれた呪物のような剣よ。あんなの持ち歩いてるから、あいつ自身も人間離れしちゃうのよね」
(龍の苦痛……だからファフニールがあそこまで反応したのか。喰われると思ったのは、俺じゃなく、俺の中にある『龍の魂』だったのか)




