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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第32話 白昼の代償と、六十年の禁忌


 


 職人街の路地が重苦しい轟音とともに陥没し、白昼堂々、襲撃してきた刺客を粉砕したあの日から、三日が過ぎた。


 俺は『ギャングスター』の裏手にある、いつもの小屋にいた。


 三体式の構えを取り、静かに内功を練り上げる。


 身に纏うファフニールのベロア地は、俺の呼吸に合わせるようにわずかに揺らぎ、その表面を金色の筋が走っていた。


 その静寂を破るように、扉の向こうから声が飛んでくる。


「兄貴、またなんかやらかしたんですか?」


 現れたのは、黒服姿のバッドだった。


 『ギャングスター』の警備を一手に任せている男だ。


「王宮から正式な招待状が来てますよ」


 バッドは呆れたように続けた。


「店の前に、あんな立派な馬車を横付けされたら、商売あがったりですよ」


 差し出された純白の封筒には、王家の紋章が刻まれた白銀の封蝋が押されている。


 俺はそれを受け取った。


「……バッド。店の方は任せたぞ」


「はいはい。兄貴は王様と喧嘩しないでくださいよ」


「しないよ」


 俺は小屋を出ると、石畳の店先に待機していた近衛兵の馬車へ乗り込んだ。


 やがて馬車が走り出す。


 揺れる窓の外を眺めながら、俺は遠くに見える白亜の王宮へ目を向けた。


「――あの日以来だな。ここに来るのは」


 一ヶ月前。


 リブルとローザに連行され、なす術もなく叩き伏せられた場所。


 あの時の俺には、奴らの動きが見えなかった。


 だが今は違う。


 胸元に触れれば、ファフニールの確かな感触が返ってくる。


 俺は無意識に背筋を伸ばした。


 王宮の門が開く。


 重厚な扉の向こうへ馬車が進み、やがて広大な謁見の間へと通された。


 玉座には国王。


 その傍らには第二王女リリス。


 そして手前には、調査兵団団長リブル・レナードと、S級魔術士ローザ・カイリが控えていた。


「リュウジィ殿」


 リリスが一歩前へ出る。


 純白のドレスが静かに揺れた。


「先日は、路地裏で私を救ってくださったこと、心より感謝申し上げます」


 王女が深々と頭を下げる。


 俺は少し驚いた。


 王女が、市井の人間である俺に頭を下げている。


 その事実だけで、ここへ呼ばれた理由の重さが伝わってきた。


「リリス」


 国王が静かに声を掛ける。


 リリスは顔を上げ、リブルとローザも一礼して退室した。


 重厚な扉が閉まる。


 広い謁見の間に残されたのは、俺と国王の二人だけだった。


 国王が口を開く。


「リュウジィよ。単刀直入に言おう」


 その声には、王としての威厳があった。


「あの日、リリスを襲った刺客について、東の国から送り込まれた者だという情報が入っておる」


 俺は黙って聞いた。


「しかし、我が国の騎士や魔術士は顔が知られすぎておる」


 国王は一度、言葉を切った。


「そこで頼みがある」


 王が俺を真っ直ぐに見る。


「東の国へ行き、奴らの動向を探ってきてはくれぬか?」


 俺はしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「……お引き受けしましょう」


 国王の眉がわずかに動いた。


「ですが、一つ条件があります」


「申してみよ」


「この国で六十年前から続いている、『武道家スキル持ちの騎士や傭兵禁止』の法を改正してください」


 謁見の間に沈黙が落ちた。


 俺は一歩、前へ出る。


「実力があっても、スキルの種類だけで道を閉ざされる」


 もう一歩。


「そんな理不尽な鎖を断ち切ってください」


 国王はすぐには答えなかった。


 長い沈黙の後、やがて深く息を吐く。


「……そなたは、なかなか大きな条件を出すものだな」


「俺にとっては、それだけの価値があります」


 国王は俺を見つめた。


 そして――。


「よかろう」


 短い言葉だった。


「そなたが東の国で我が国の盾となることを証明せよ」


 王の瞳が鋭くなる。


「それが成れば、私が法改正を全土に知らしめよう」


「ありがとうございます」


 俺は頭を下げた。


 国王との話を終え、謁見の間を出る。


 重厚な扉が背後で閉じた。


 長い回廊。


 人気はない。


 その大理石の柱に背を預け、何かを弄んでいる男がいた。


「……なんだ。もう帰るのか?」


 顔を上げる。


 リブル・レナード。


 その腰には、あの日俺の横拳を受け流した『雷神の剣』が下がっている。


「せっかく王宮まで来たんだ。少しは遊んでいけよ」


 リブルが笑う。


「あの日、あんまり手応えがなかったからよ。夜も眠れなくて困ってたんだわ」


 男の身体から、微かな放電音が漏れた。


 俺は歩みを止めない。


「……忙しいんだよ。他でやってくれ」


「そうかよ」


 次の瞬間。


 リブルの姿が消えた。


「――よそ見してんじゃねえよ!」


 真横。


 死角から、雷光を纏った刃が走る。


 あの日なら、見えなかった。


 首を刎ねられていてもおかしくない一撃。


 だが――。


「見える」


 俺は身体を沈めた。


 刃が髪を掠める。


 そのまま左手を伸ばし、刀身の側面を掌で叩いた。


「横拳」


 パッキィィィン!


 雷神の剣が弾かれた。


 リブルは衝撃を利用して身体を流し、後方へ跳ぶ。


「……おい」


 着地したリブルの目が細くなる。


「おもしれえな、リュウジィ」


 さっきまでの笑みとは違う。


 獲物を見る目だった。


「ここじゃ狭いな」


 俺は回廊を見渡す。


「場所を変えよう。ここで暴れたら、リリス王女に感謝されたばかりなのに台無しだ」


「ははっ。違いねえ」


 リブルが笑った。


「こっちだ」


 案内されたのは、王宮の中庭だった。


 季節の花々が咲き、噴水から水音が静かに響いている。


 その穏やかな空気が――次の瞬間、変わった。


 リブルが剣を抜く。


「――いくぜ、リュウジィ」


 剣の柄を右頬の高さまで掲げ、剣身を水平に保つ。


 オクス。


 あの日、俺に絶望を刻みつけた構え。


「今度は、すぐ終わらせんじゃねえぞ!」


 足元の石畳が砕けた。


 雷神の剣が青白い光を帯びる。


 ブーン……ッ!


 空気が震える。


「雷閃――ッ!」


 一瞬だった。


 リブルの身体が消え、突きが放たれる。


 胸元へ迫る雷光。


 熱だけで皮膚が焼けそうになる。


 だが、俺は動きを見ていた。


 オクスの死角。


 そこへ身体を滑り込ませる。


 雷光が横を通り抜けた。


 ファフニールがその熱を弾く。


 俺は懐へ入った。


 リブルは即座に手首を返す。


 剣が上から落ちてくる。


 俺は半歩だけ下がった。


 刃が鼻先を掠める。


 続けざまに、蹴りが飛んできた。


 あの時、鳩尾を打ち抜かれた回し蹴り。


「甘いよ!」


 軸足を見る。


 蹴り足が来る前に、掌を叩き込んだ。


「劈拳!」


 バシィィィッ!


 リブルの身体が吹き飛ぶ。


 だが、空中で身体を捻り、着地。


 止まらない。


 リブルが踏み込んだ。


 俺も踏み込む。


 ファフニールの金色の筋が走った。


 拳に内功を集める。


 一点。


 そこへ全てを叩き込む。


「崩拳!」


 ドオオオオンッ!


 リブルは雷神の剣を盾にした。


 拳と剣が激突する。


 衝撃で、リブルの身体が後方へ飛んだ。


 今度こそ――。


 追う。


 逃がさない。


 だが、リブルは空中で身体を反転させた。


 噴水の縁を蹴る。


 そのまま、こちらへ突っ込んできた。


「なめんなぁぁ、小僧!」


 雷神の剣が振り下ろされる。


 俺は踏み込んだ。


 勁を斜めへ流す。


 紙一重。


 刃が頭上を通り抜けた。


 俺の身体も勢いを殺しきれず、リブルの横を通り過ぎる。


 互いに距離を取った。


 リブルが振り返る。


 額から、一筋の汗が流れていた。


「……へッ」


 そして笑う。


「これだよ、これ」


 その声には、隠しきれない喜びがあった。


「楽しいよな」


 俺も振り返る。


 だが――。


 そこで初めて気付いた。


 リブルのすぐ横。


 わずか一メートルほどの場所に、男が立っていた。


 いつからそこにいた?


 大柄な身体。


 背負っているのは、黒い鉄塊のような分厚い大剣。


 ただ、それだけだった。


 なのに――。


 気配がない。


 いや、違う。


 気配を消しているのではない。


 俺の感覚が、最初からその存在を捉えられていなかった。


 背筋に、冷たいものが走る。


 リブルの攻撃は見えた。


 動きも読めた。


 だが、この男には――。


「……誰だ?」


 俺が問いかける。


 男は答えない。


 ただ、静かにこちらを見ていた。


お読みいただきありがとうございました。

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