第3話:適正検査(スキル・チェック)と、死んだ魚の目をした受付嬢
(モノローグ)
期待しすぎた俺が馬鹿だった。
『ショクアン《この世界の職業安定所》』の重い扉を開けた先に広がっていたのは、酒場のような活気でも、銀色の鎧が眩しい騎士団の姿でもなかった。
どんよりとした空気。壁に貼られた、ボロボロの「指名手配」と「急募:下水清掃」の張り紙。そして、順番待ちの長椅子に座る、人生に疲れた表情のおっさんたちの群れ。
(……既視感がある。これ、西新宿のハローワークの朝一番の光景と同じじゃねぇか)
「……次の方、三番窓口へどうぞー」
死んだ魚のような目をした受付嬢が、力ない声で俺を呼ぶ。
二十代半ばだろうが、連勤続きなのか化粧は浮き、目の下のクマが「私は今すぐ帰って寝たい」と雄弁に語っている。
かつて俺の店で、出勤直後に「社長、今日生理なんで上がりたいです」と嘘をついてきた、あのキャストのミカにそっくりだ。
しかも、こいつから漂う負のオーラはなんだ。
深夜の大久保公園周辺で、スマホの明かりに照らされながら、虚無を撒き散らしている立ちんぼのそれと同じだ。救いようのない、ただ時間が過ぎるのを待つだけの「あの空気感」。異世界に来てまで、なんで歌舞伎町の裏側みたいなもんを見せられなきゃならねえんだ。
「……あの、こんにちは。仕事を探してるんですけど」
(……危ねぇ、つい今の年齢を忘れて『仕事を探しに来たんだが』が出そうになった。ここは十九歳の若造らしくいかねぇとな)
「……はい、新規の方ですね。まずはあそこの水晶に手を置いてください。適正職種を行いますから」
期待半分、諦め半分で水晶に手を置く。
その瞬間、水晶がガタガタと不気味に震え出し、どす黒い闇を吸い込んだように真っ黒に変色した。
「……はい、出ました。あなたの固有能力は『武道家』。十九歳。名前はリュウジィ。以上です」
「……え、以上? 何かこう、特別な派生とかは? しかも名前がリュウジィって。リュウジ、じゃないのか?」
「あるわけないでしょ。はい、これ。今のあなたのステータス表です」
渡された羊皮紙を覗き込む。
【職業:武道家】
【適性:肉体労働・ダンジョンの囮・闘技場】
【特記事項:不器用の呪い(※繊細な作業に大幅なマイナス補正)】
(……は? 武道家? まさに俺のやってきたことじゃん。しかしなんだ、この『不器用』ってのは)
「あの、お姉さん。この武道家ってのは、この世界じゃどういう扱いなんです?」
「最悪ですよ」
受付嬢は、事務的に書類を整理しながら、トドメを刺すように言った。
「剣も魔法も使えない。腕力があるから力加減が下手で、飯を食う量だけは多い、体力馬鹿。それが『武道家』です。商売をやろうとしても、この『不器用』スキルのせいで計算や細工には向かない。……正直、紹介できるのは『日雇いの土木作業』か『引っ越し作業』くらいですね」
「……」
「あ、一応闘技場もありますけど、お勧めしません。だいたい三ヶ月で死ぬか、廃人になるので」
絶句した。
若返って、夢にまで見た形意拳が自由に打てる体を手に入れた。なのに、この世界での評価は「使い勝手の悪い肉体労働者」か「使い捨ての囮」か。
空港の警備員の方が、まだ「資格手当」があっただけマシだった。
(……待てよ。この『不器用』って評価、本当か?)
さっきの劈拳は、確かに使えた。
だが、この世界のシステムが判定する「動き」と、俺が二十七年ただ繰り返してきた「動き」は、たぶん根本的に別のルールで動いてる。
俺が勝手に体に染み込ませたものが、この世界の『スキル』なんて枠に収まりきるのか?
……いや、今はまだ分からない。単に俺が新しい体の出力調整をミスってるだけの「不器用」って可能性も十分ある。
「……あ、あの。お姉さん。一ついいですか? この街で一番安くて、お腹いっぱい食べられるお店、どこかありますかね?」
(……危ねぇ。つい経営者時代の『一つ聞きたいんだが』が出そうになった。飯を食うまでは、この十九歳の皮を被り続けないと)
「……はぁ? メシ屋? 西通りに一軒、安くて量だけはある店がありますけど……」
取り敢えず腹ペコだ。
ショクアンの非効率なシステムに文句を垂言うのは、この異世界の「現実」を胃袋に流し込んでからでいい。
(ああ、クソッ。こんな時に思い出すのは、あのクマちゃんラーメンの、体に悪い真っ白な背脂だ。あの不健康な脂を胃袋に流し込んで、この負のオーラを中和してぇ……!)
俺は、ミカ似の受付嬢に背を向け、活気のないショクアンを後にした。
表では、さっきまで一緒にいたあのおやっさんが待っているはずだ。
リュウジィ、中身四十六歳。
異世界ハローワークでの戦いは、まだ始まったばかりだ。




