第29話 黒竜の誘い
ツキノと一夜を共にした次の日。
俺は憑き物が取れたように、すっかり元気を取り戻していた。
(本当にアゲマンっているんだな。彼女には感謝だ)
なぜかカエデとニーナが今日は口をきいてくれないが、今の俺にはそれすら心地よい。
二階のキャバクラフロアの端でキャストとお客を見ていると、バッドがニヤニヤしながら近づいてきた。
「兄貴! どうでした? ロクメイカンは。やっぱりこう、凄いんですか」
そう言いながら、腰をクイクイと振っている。
「想像を超えたね! 口では答えられないよ」
「マジですか! いいなぁ、俺も行きてぇ」
「今度行くか? カシムさんと三人で。ツキノ嬢は客を選ぶからあれだけど、他の子もなかなかだぞ。これ以上は言えないな。あっははは!」
「兄貴、一日で変わりましたね。俺、安心しましたよ」
「腑抜けたか?」
「そうじゃないです。兄貴、出会った時から人を寄せ付けない空気があったのに、それが消えました。それに、そんな風に笑ったことないじゃないですか。顔が優しくなりましたよ。イケメンです」
「そう? ありがとう」
バッドが「えっ?」という顔をしている。
どうやら俺の返事が、よほど意外だったらしい。
確かに、自分でも変わったのが分かる。
王宮から帰ってきて以来、ずっと胸の奥にあった重苦しいものが、嘘のように消えていた。
何か特別なことをしたわけじゃない。
ただ、ツキノと一緒に酒を飲み、話をして、そして一夜を共にした。
それだけだ。
それなのに、あれほど頭から離れなかったローザの言葉や、リブルに敗れた悔しさが、今は少しだけ遠く感じる。
やはり女性の力は偉大だ。
だが、完全に忘れたわけではない。
俺はこの時、王宮でローザに言われたことを思い出していた。
『リブルの剣は、伝説の一本。オーディンの加護を受けた「雷神の剣」。あんたもガントレットか鎧ぐらい着けなさい。それが、強くなるヒントね』
(やはり、武具は必要なのか?)
リブルとの戦いで、俺は自分の力がどこまで通用するのかを思い知らされた。
形意拳が弱いわけじゃない。
むしろ、この世界では十分すぎるほど強力な武器になっている。
だが、それだけでは足りない。
相手が伝説の武器を持っているなら、こちらにも対抗する何かが必要だ。
俺自身が強くなる。
それは当然として、使えるものがあるなら何でも使うべきだ。
それから数日が経った。
ロクメイカンの日以来、カシムさんが店に来た。
俺は一階の裏にある仮設小屋の事務所にいたが、店の者が知らせてくれたため、急いで二階のフロアへ向かった。
「いらっしゃいませ! この前は本当にありがとうございました」
カシムさんはニヤリとしながら、俺の顔を覗き込んだ。
「おお! てか顔変わったな、リュウジィ君。連れて行った甲斐があったよ」
「本当ですか? なんかバッドにも言われたんですよね……。ところでカシムさんに、聞きたいことがあるのですが」
「なんじゃ? わしの知っておる事なら何でも答えよう」
「伝説の武具とか呪われた武具で、ガントレットや鎧について、何か知りませんか?」
俺がそう尋ねると、カシムさんは少し考えるように顎へ手を当てた。
「知っとるよ。専門家だからな。例えばこれ」
そう言うと、カシムさんは人差し指にはめている指輪を見せた。
幅広の銀の指輪。
その真ん中には、真っ黒な丸い石がはめ込まれている。
「これは『サーベルタイガーの瞳』。ダンジョン探索の時、危険モンスターが近くにいる時は赤、お宝が近くにある時には黄色に光るんじゃよ」
「へぇ……そんな便利なものまであるんですね」
「ダンジョンでは、何が起こるか分からんからな。こういう道具が命を救うこともある」
カシムさんは、まるで自慢の宝物を見せる子供のような顔で指輪を眺めた。
「拳を覆わない、手首からのガントレットとか、軽量の鎧みたいなのないですかね?」
俺が尋ねると、カシムさんは再び考え込んだ。
「ガントレットはあるけど、手首からのは聞いた事ないな。軽量の鎧もちょっと……」
「そうですか……」
「……あっ!」
突然、カシムさんが声を上げた。
「でも、あれはちょっとなぁ……」
「あるんですか?」
俺は思わず身を乗り出した。
「教えて下さいよ。どこのダンジョンですか? どんな鎧ですか?」
「いいや、ダンジョンではないよ」
「じゃあ、どこにあるんです?」
「ここから乗り合い馬車で二日の南の国『サウスチェケラッチョ』にある、国営で一番デカい武具店の地下に飾ってあるぞ」
「えっ! そんな簡単な所にあるんですか?」
俺は思わず聞き返した。
「伝説の武具と呪われた武具なのに? やっぱり国の宝的な感じですか?」
「見学も出来るし、着たいと言えば着れるぞ。国宝でもないしな」
「えっ! ちょっと理解出来ないですけど」
伝説の武具。
呪われた武具。
そんな物が、国営とはいえ普通の武具店の地下に飾られている。
俺の感覚では、厳重な警備の中に封印されていてもおかしくない。
「そんな危険なものを、普通に見学できるんですか?」
「まあ、見学するだけなら死なんからな」
「……着ると?」
俺が聞くと、カシムさんの表情が変わった。
「黒竜ファフニールの鎧。今まで千五百人の人間が死んでおるからな……」
「……」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「あの……今、何人って言いました?」
「千五百人じゃ」
あまりの桁の違いに、俺は思わず聞き返した。
「……千五百人? なぜそんなに死ぬんですか」
カシムさんは俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「あの鎧には、意志がある」
「意志?」
「そうじゃ。着けた瞬間に相手を品定めする。主として認められなければ、その場で即死じゃ」
「即死……」
「そうじゃ」
カシムさんは淡々と答える。
だが、その内容は淡々と聞けるものではなかった。
「だが、もし万が一、鎧にお前が主だと認められれば……」
カシムさんは、そこで一度言葉を切った。
「鎧はお前の思った通りの形へと姿を変える」
「思った通りの形に?」
「最初から軽量なわけじゃない。お前が望むから、その形になるんじゃ」
俺は思わず自分の拳を見た。
それなら、俺が望めば形意拳を邪魔しない形にもできるということか。
「そしてその鎧は、着けた者の身体能力を極限まで高める『身体強化』の力を持っておる」
(おいおい、ラノベのインテリジェンスウェポンかよ)
まさか鎧そのものに意志があり、持ち主を選ぶとは思わなかった。
しかも、主と認められれば、装着者の意思によって形を変える。
それだけでも十分ぶっ壊れている。
さらに身体能力まで強化する。
俺が欲しがっていた条件に、これ以上ないほど当てはまっている。
問題は――。
「千五百人……」
俺が呟くと、カシムさんは自分の指輪をさすりながら言葉を継いだ。
「まあ、伝説の武具や呪いの武具は、それなりの対価を払わないと手に入れられないって事だよ。この指輪だって、着けてから五日、高熱で泡吹いてたからな、わしは」
「……泡、吹いたんですか」
「死ぬかと思ったわい。ガハハ!」
笑い飛ばすカシムさんだったが、その目は笑っていなかった。
その指輪にも、何かしらの代償があったということだ。
それでも、今こうして平然と身につけている。
「伝説の武具っていうのは、そういうものなんですね」
「そういうものじゃ」
カシムさんは指輪を眺めた。
「力だけを欲しがる者には、力相応の代償が待っておる」
「……」
「千五百一人の死体になるか、伝説の主になるか……」
カシムさんは俺の目を見た。
「それでも行くか、リュウジィ君」
俺は静かに息を呑んだ。
(主として認められれば、望んだ形に変わる。そして付与効果は『身体強化』……。それを俺の『内功』と重ね掛けできれば、あいつの雷神の剣にだって対抗できるはずだ)
リブルの姿が頭をよぎる。
あの雷神の剣。
あの圧倒的な力。
そして、何もできなかった自分。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
強くならなければならない。
店を守るためにも。
仲間を守るためにも。
そして、いつか再びリブルと対峙した時に、今度こそ自分の力を証明するためにも。
もちろん、死ぬのは怖い。
千五百人も死んでいるのだ。
自分だけは大丈夫だなんて、根拠のない自信を持てるほど俺は馬鹿じゃない。
それでも――。
俺には、行く理由がある。
俺はカシムさんを真っ直ぐに見返した。
「ええ、行きます」
「本当に行くのか?」
「そりゃ、リスクは高いですけど、それくらいぶっ壊れた装備じゃないと話になりませんから」
カシムさんがニヤリと笑う。
「ほう……」
「観光がてら、ちょっとその『ファフニール』ってやつに挨拶してきますよ」
「千五百人も死んどるんじゃぞ?」
「泡吹くくらいで済めば儲けもんです」
「ガハハ!」
カシムさんは豪快に笑った。
俺もつられて笑う。
(……ま、まずは本当に泡を吹くだけで済むように、神様にでも祈っておくか。信じちゃいないがな)
お読みいただきありがとうございました。
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