第29話 黒竜の誘い
ツキノと一夜を共にした次の日。
俺は憑き物が取れたように、すっかり元気を取り戻していた。
(本当にアゲマンっているんだな。彼女には感謝だ)
なぜかカエデとニーナが今日は口をきいてくれないが、今の俺にはそれすら心地よい。
二階のキャバクラフロアの端でキャストとお客を見ていると、バッドがニヤニヤしながら近づいてきた。
「兄貴! どうでした? ロクメイカンは。やっぱりこう、凄いんですか」
そう言いながら、腰をクイクイと振っている。
「想像を超えたね! 口では答えられないよ」
「マジですか! いいなぁ、俺も行きてぇ」
「今度行くか? カシムさんと三人で。ツキノ嬢は客を選ぶからあれだけど、他の子もなかなかだぞ。これ以上は言えないな。あっははは!」
「兄貴、一日で変わりましたね。俺、安心しましたよ」
「腑抜けたか?」
「そうじゃないです。兄貴、出会った時から人を寄せ付けない空気があったのに、それが消えました。それにそんな風に笑ったことないじゃないですか。顔が優しくなりましたよ。イケメンです」
「そう? ありがとう」
バッドが「えっ?」という顔をしている。
確かに自分でも変わったのがわかる。やはり女性の力は偉大だ。だが、俺はこの時、王宮でローザに言われたことを思い出していた。
『リブルの剣は、伝説の一本。オーディンの加護を受けた「雷神の剣」。あんたもガントレットか鎧ぐらい着けなさい。それが、強くなるヒントね』
(やはり、武具は必要なのか?)
それから数日が経ち、ロクメイカンの日以来、カシムさんが店に来た。
俺は一階の裏にある仮設小屋の事務所にいたが、店の者が知らせてくれたため、急いで二階のフロアへ向かった。
「いらっしゃいませ! この前は本当にありがとうございました」
カシムさんはニヤリとしながら、俺の顔を覗き込んだ。
「おお! てか顔変わったな、リュウジィ君。連れて行った甲斐があったよ」
「本当ですか? なんかバッドにも言われたんですよね……。ところでカシムさんに、聞きたいことがあるのですが」
「なんじゃ? わしの知っておる事なら何でも答えよう」
「伝説の武具とか呪われた武具で、ガントレットや鎧について、何か知りませんか?」
「知っとるよ、専門家だからな。例えばこれ」
そう言うと、カシムさんは人差し指にはめている指輪を見せた。幅広の銀の指輪の真ん中に、真っ黒な丸い石がはめ込まれている。
「これはサーベルタイガーの瞳。ダンジョン探索の時に危険モンスターが近くにいる時は赤、お宝が近くにある時には黄色に光るんじゃよ」
「拳を覆わない手首からのガントレットとか、軽量の鎧みたいなのないですかね?」
「ガントレットはあるけど手首からのは聞いた事ないな。軽量の鎧もちょっと、あっ! でもあれはちょっとなぁ……」
「あるんですか? 教えて下さいよ。どこのダンジョンですか? どんな鎧ですか?」
「いいや、ダンジョンではないよ。ここから乗り合い馬車で二日の南の国『サウスチェケラッチョ』にある、国営で一番デカい武具店の地下に飾ってあるぞ」
「えっ! そんな簡単な所にあるんですか? 伝説の武具と呪われた武具なのに? やっぱり国の宝的な感じですか?」
「見学も出来るし着たいと言えば着れるぞ。国宝でもないしな」
「えっ! ちょっと理解出来ないですけど」
「黒竜ファフニールの鎧。今まで千五百人の人間が死んでおるからな」
あまりの桁の違いに、俺は思わず聞き返した。
「……千五百人? なぜそんなに死ぬんですか」
カシムさんは俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「あの鎧には、意志がある。着けた瞬間に相手を品定めする。主として認められなければ、その場で即死じゃ。だが、もし万が一、鎧にお前が主だと認められれば……鎧はお前の思った通りの形へと姿を変える。最初から軽量なわけじゃない。お前が望むから、その形になるんじゃ。そしてその鎧は、着けた者の身体能力を極限まで高める『身体強化』の力を持っておる」
(おいおい、ラノベのインテリジェンスウェポンかよ)
俺が心の中で突っ込んでいると、カシムさんは自分の指輪をさすりながら言葉を継いだ。
「まあ伝説の武具や呪いの武具は、それなりの対価を払わないと手に入れられないって事だよ。この指輪だって着けてから、五日高熱で泡吹いてたからな、わしは」
「……泡、吹いたんですか」
「死ぬかと思ったわい。ガハハ!」
笑い飛ばすカシムさんだったが、その目は笑っていなかった。
「千五百一人の死体になるか、伝説の主になるか……。それでも行くか、リュウジィ君」
俺は静かに息を呑んだ。
(主として認められれば、望んだ形に変わる。そして付与効果は『身体強化』……。それを俺の『内功』と重ね掛けできれば、あいつの雷神の剣にだって対抗できるはずだ。……ま、千五百人も死んでるってのが超絶ブラック案件だけどな)
「ええ、行きます。そりゃ、リスクは高いですけど、それくらいぶっ壊れた装備じゃないと話になりませんから。観光がてら、ちょっとその『ファフニール』ってやつに挨拶してきますよ。泡吹くくらいで済めば儲けもんです」
(……ま、まずは本当に泡を吹くだけで済むように、神様にでも祈っておくか。信じちゃいないがな)




