第25話:謁見(えっけん)の間の模擬戦
馬車が止まった。
御者が手綱を引く音が聞こえ、しばらくすると、目の前にそびえ立つ巨大な鉄の門がゆっくりと開いていく。
ギギギ……。
重い音を響かせながら開いた門の向こうには、石造りの巨大な王宮が広がっていた。
そこは、俺がこれまで暮らしてきた王都とは、まるで別世界だった。
高くそびえる塔。
何十人もの兵士が並ぶ広大な中庭。
冷たい石壁に囲まれた空間には、人の温もりなど一切感じられない。
リブルとローザに挟まれ、俺は重い足取りで、謁見の間へと続く長い廊下を歩いていた。
その腕に抱えているのは、魔石によって内部の温度を一定に保つことができる、特製の冷却箱だ。
中に入っているのは――最高級のキングオーグの肉。
店を出る直前、厨房の隅でバッドの母親が俺に持たせてくれたものだった。
「これ、王様への献上物にしなさい」
そう言って、豪快に笑った。
「きっと、あんたの命を守ってくれるはずだよ」
あの時は冗談半分に聞いていた。
だが今は、この箱が妙に重く感じる。
皆が毎日汗を流して働いている店。
バッドも、ハクさんも、カエデさんも、女の子たちも。
ようやく見つけた俺たちの居場所。
それを、こんなところで終わらせるわけにはいかない。
俺は冷却箱を抱え直した。
(……帰るぞ)
(絶対に、あの店へ帰る)
そう心の中で言い聞かせながら、長い廊下を進んでいく。
やがて、巨大な扉の前にたどり着いた。
兵士が扉を開く。
ギィィィ……。
その先に広がっていたのは、天井が見えないほど高い謁見の間だった。
赤い絨毯が一直線に伸び、その最奥には黄金の玉座が置かれている。
そして、その玉座に座る男。
西の王国、キングスフォーン。
その国を治める王が、退屈そうな顔で俺を見下ろしていた。
「……リブル」
低い声が広間に響く。
「アグニ村で騒ぎを起こした店主とは、この若造のことか?」
王の視線が俺を値踏みするように動く。
「随分と期待外れではないか」
(……いきなりこれかよ)
完全にガキ扱いだ。
だが、仕方ない。
今の俺の外見は、どう見ても十九歳の若造なのだから。
俺は前世で培った、四十六年間の人生経験を総動員して、深々と頭を下げた。
「陛下、お初にお目にかかります。リュウジィと申します」
顔を上げ、できるだけ穏やかな笑顔を作る。
「本日は、我が店自慢のキングオーグの肉を献上したく、持参いたしました」
俺は抱えていた冷却箱を、少しだけ持ち上げて見せた。
王の目が、一瞬だけ箱へ向く。
だが、すぐに俺へ戻った。
そして――。
口角が、ゆっくりと歪む。
「料理か」
「はい」
「……だが、余が興味があるのは、お前の腕だ」
やっぱり、そっちか。
「アグニ村の報告書には、こう書かれておる」
王が肘掛けに頬杖をつく。
「魔法も剣も使わぬ若造が、一瞬で騎士たちを無力化したとな」
(……あ、やっぱりそれか)
簡単に隠し通せるとは思っていなかった。
とはいえ、実際に王本人から突きつけられると、胃がキュッと縮む。
「ははっ……まさか」
俺は笑って誤魔化す。
「あれは、たまたま運が良かっただけでして……」
「ふはははは!」
王が豪快に笑った。
「運だと?」
玉座から身を乗り出し、楽しそうに俺を見下ろす。
「面白いことを言う」
そして、笑みを浮かべたまま告げた。
「騎士を倒せる武道家など、この国にはおらぬ」
(……嫌な予感しかしない)
「ならば、その運とやらを――余に見せてみよ」
その瞬間だった。
広間の奥から、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「お父様!」
若い女の声が響く。
「殺したら駄目よ!」
俺が振り向く。
その声の主が、こちらへ向かって歩いてきていた。
リブルとローザが、すぐさま膝をつく。
「来たのか、リリス」
王の声が、先ほどまでとは少しだけ柔らかくなる。
長い黒髪。
その中から覗くのは、射抜くような銀色の瞳。
首元には三日月を模したチョーカーが輝いている。
身に纏っているのは王族らしい上品なドレス。
だが、その色は深い紺。
袖口には繊細な黒いレースがあしらわれている。
華やかというより、どこか神秘的。
それが彼女の雰囲気をより際立たせていた。
フォーン家第二王女。
リリス・フォーン。
彼女は俺の前まで来ると、少しだけ身体を屈め、興味深そうに俺を覗き込んだ。
「あなたが、噂のリュウジィ?」
「……はい」
俺は反射的に頭を下げる。
「お初にお目にかかります、殿下」
「ふーん……」
リリスの銀色の瞳が、俺をじっと観察している。
その隣では、王が再び楽しそうな笑みを浮かべていた。
「ちょうどいい」
「お父様?」
「模擬戦だ」
王が言った。
「リブル。相手をしてやれ」
「……はっ」
リブルが立ち上がる。
「余を楽しませてみせよ」
王はそこで一度言葉を切った。
「――殺すなよ」
「承知しました」
王の言葉とは裏腹に、空気が一気に冷えた。
リブルが、音もなく俺の前へ歩いてくる。
一歩。
また一歩。
やがて、俺の正面で立ち止まった。
その瞳に宿っているものを見た瞬間、俺は思った。
(……これ、練習相手を見る目じゃないだろ)
リブルの目は冷たい。
怒っているわけでもない。
殺気を剥き出しにしているわけでもない。
ただ、目の前の相手を確実に仕留める。
そんな戦士の目だった。
(……本気かよ)
(これ、模擬戦じゃなくて完全に公開処刑だろ)
俺は静かに冷却箱を床へ置いた。
膝が笑いそうになる。
だが、俺はそれを内功で押さえ込んだ。
ゆっくりと息を吐く。
そして、構えを取った。
半身。
前後に軽く足を開く。
両手は身体の中央。
掌は、少し大きめのボールを抱えるように開く。
顎を引き、肩の力を抜く。
一見すれば、無防備にも見える構え。
だが、どこから攻撃されても対応できる。
そして、必要とあれば最短距離から一気に突きを叩き込む。
前世で何度も繰り返し、身体に染み込ませてきた中段の構え。
俺にとっては、ただの構えじゃない。
生き残るための、身体そのものだ。
リブルの眉が、ほんのわずかに動いた。
「……」
何かを感じ取ったのだろう。
熟練した戦士であればあるほど、この構えに無駄な隙がないことは分かるはずだ。
俺は小さく笑った。
「……お手柔らかにお願いしますよ、団長さん」
そして、馬車の中で練り上げてきた内功を一気に巡らせる。
丹田の奥に生まれた熱が、身体の芯へと広がっていく。
その瞬間。
リブルが腰の剣へ手を伸ばした。
カチャリ。
静かな音が響く。
そして――。
ズン……。
幅広の剣身が、全体的に黄色く発光した。
「……え?」
思わず声が漏れる。
ブーン……。
ブゥゥン……。
剣そのものが唸っている。
空気を震わせる不気味な音が、静まり返った謁見の間に響き渡った。
(……ライトセイバーかよ!)
見た目からして、絶対に普通の剣じゃない。
(あれはヤバい)
額に冷たい汗が浮かぶ。
(やるしかないか……)
俺はもう一度、構えを整えた。
そして心の中で、腹を括る。
(……行くぜ)
(異世界のダース・ベイダー)
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