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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第22話 王宮の影と、動き出す牙


ハクさんが支配人になり、おやっさんの『深夜食堂』も開店した。


俺の経営する『ギャングスター』も、ようやくこの街の夜の空気の中に、自分たちの居場所を確保できそうな気がしてきた。


ここまでは順調だった。


だからこそ、俺は今度こそ失敗したくなかった。


現世のような失敗は、もう二度と繰り返さない。


そう心に決めて、俺は毎日の営業に身を削るように励んでいた。


店が忙しくなればなるほど、やることは増えていく。


それでも、この忙しさが嬉しかった。


店が少しずつ大きくなっている。


俺の居場所が、この世界に少しずつ出来上がっている。


そう思えていたからだ。


――その矢先だった。


馴染みの客であるカシムさんが、店内の空気を凍らせるような知らせを持って現れたのは。


その日の店は、いつも通り熱気に包まれていた。


グラスがぶつかる音。


女の子たちの笑い声。


客たちの楽しそうな話し声。


店内には、夜の街らしい喧騒が満ちている。


だが、そのフロアから少し離れたボックス席に座るカシムさんは、いつもと様子が違っていた。


顔が、やたらと青白い。


背筋もガチガチに強張っている。


おまけに、テーブルクロスの端を指でつまんだまま、落ち着かない様子で何度もいじっていた。


普段のカシムさんを知っているだけに、余計に気になる。


この人は魔術士ランクB。


王宮直属の考古学者でもある。


普段は古びた羊皮紙や、埃っぽい出土品に囲まれて暮らしている変わり者だ。


魔術という強大な力を持っているにもかかわらず、それを暴力として振るうことを頑なに嫌っている。


その代わり、古代文明や遺跡の解析には並々ならぬ情熱を注いでいる。


王宮直属の考古学者という、かなり立派な肩書きを持っているのに、本人はそんなことを鼻にかける様子もない。


いつも穏やかで、知性を感じさせる柔らかな笑みを浮かべている。


普段なら、歴史のロマンや遺跡の構造について、嬉しそうに何時間でも語っているような人だ。


そんなカシムさんが――。


今日は、まるで別人だった。


「……リュウジィ君」


「はい?」


カシムさんが、周囲を気にするように声を落とす。


「近々、王宮から呼び出しがあるぞ」


「……王宮?」


嫌な汗が背中を伝った。


俺はそれを悟られないように、サイドテーブルへ歩き、いつもの酒を無造作に置く。


「カシムさん? 何で俺が呼ばれるんですか?」


「……それがな」


カシムさんは乾いた唇を舐める。


そして、しばらく迷ったあとに口を開いた。


「若くして成功した君も、君のお店も……ちょっと目立ちすぎたらしい」


「…………」


「王は君が、この国に忠誠を誓える人間なのか。今のうちに見ておこうと思っているらしい」


「……なんだそれ」


思わず心の中で呟いた。


(商人の俺に、何の用があるんだ?)


(税金をもっと納めろとか?)


(まあ、適当に愛想よくして、やり過ごすしかないか)


王宮からの呼び出し。


聞くだけなら大事に思える。


だが、俺はまだ、この国の王様がどんな人間なのかすら知らない。


下手なことをしなければ大丈夫だろう。


たぶん。


「……教えていただき、ありがとうございます、カシムさん」


俺は動揺を押し隠しながら、カウンターへ戻った。


そして、店にある酒の中でも一番いいものを一杯注ぐ。


「どうぞ」


「……ありがとう」


カシムさんはグラスを受け取ると、喉の奥へ一気に酒を流し込んだ。


ゴクッ。


ゴクッ。


そして――。


「では、私はこれで」


「え?」


カシムさんは立ち上がった。


「ちょっと、カシムさん?」


「失礼します!」


そのまま足早に店を出ていく。


まるで、背後から化け物に追われているかのような逃げ足だった。


俺は、店の外へ消えていくその背中を見つめた。


「…………」


嫌な予感しかしない。


その時の俺は、まだ知らなかった。


翌日。


俺の店に、とんでもない二人がやって来ることを。


――同じ頃。


王宮の深部。


冷え切った石造りの壁に囲まれた、重厚な玉座の間。


そこには、人の温もりなど一切感じられないような空気が漂っていた。


その中央にある玉座に、王が深々と腰を下ろしている。


そして、その前には一人の男が跪いていた。


「おい、リブル」


「はっ」


カサリ、と鎧の擦れる音が響く。


そこに跪いているのは、調査兵団長リブル・レナード。


スキル剣士ランクA。


その冷酷無比な生き様から、裏社会では『人斬りリブル』と恐れられる男だ。


そんな男の額から、一筋の汗が流れていた。


「ちょっと頼まれ事をしてくれんか」


王が、まるで簡単な用事でも頼むような口調で言う。


「王都の北にある『ギャングスター』という店の主人を、ここに連れてきてほしいのじゃ」


「……ギャングスター」


リブルの眉がわずかに動いた。


王は、さらに続ける。


「アグニ村の騎士団を、たった一人で無力化したという、その腕前な」


「…………」


「わしも直に見てみたいものだ」


その言葉を聞いた瞬間。


リブルの背筋を、冷たいものが走った。


(……っ!)


(じじい、知ってたのか!?)


アグニ村の件は、リブルが部下から極秘で小耳に挟んだばかりの話だ。


それを、この王はすでに知っている。


(ちっ……相変わらず抜かりがねえ)


(この慎重さと耳の早さが、この国を長年守ってきたコツってわけか)


(食えねえジジイだぜ……)


血の気が引くのを必死に隠しながら、リブルは頭を垂れた。


「……御意」


「相当に若いと聞いていますが、陛下のお耳に届いているのであれば話は早いですな」


リブルはゆっくりと顔を上げる。


「その『小僧』が我が国に忠誠を誓える男なのか、見定めて参ります」


「うむ。頼んだぞ」


リブルが返事をした。


――その瞬間だった。


パチンッ!


静まり返った広大な玉座の間に、乾いた指鳴らしの音が響き渡った。


「ただいま、王様!」


「…………」


リブルの顔が引きつる。


空間が、ぐにゃりと歪んだ。


その裂け目から、一人の女が姿を現した。


眩暈がするほど長い紫色の髪。


魔術師特有のマント。


そして、その場にいるだけで周囲の空気がピリピリと痺れるような圧力。


魔術士ランクS。


この国が隠し持つ、理不尽の化身。


最強の魔術士、ローザ・カイリ。


その唇には、底抜けに明るい笑みが浮かんでいる。


「その話、面白そうだから私も行っていいかな?」


「……ローザ」


「ちゃんと仕事してきたよ?」


ローザは嬉しそうに笑った。


「王様の暗殺部隊と、その家族もまとめてバーベキューみたいに焼いてきたんだから」


「…………」


リブルの表情が固まる。


「ジュウウウッて」


ローザは楽しそうに両手をパチパチと叩いた。


「だから、ご褒美!」


その笑顔は、子供が甘いお菓子をねだる時のように無邪気だった。


「私もキングオーグ食べたい!」


「…………」


リブルは何も言えなかった。


ついさっきまで、この女が何をしてきたのか。


王の暗殺部隊。


その家族。


それをまとめて焼いた。


その直後に、キングオーグが食べたいと言っている。


意味が分からない。


いや。


意味は分かる。


分かるからこそ、怖い。


王はローザを見て、気味の悪いものを見るような顔をした。


だが、どこか面倒くさそうでもある。


「しかたないのう」


王が片手をひらりと振る。


「わかった。明日、二人で行け」


「やった!」


ローザが嬉しそうに飛び跳ねる。


「はーい!」


「……はっ」


リブルは短く返事をした。


冷酷な命令と、底知れない狂気。


二つが交差する玉座の間。


こうして――。


俺のささやかな平穏に、どうしようもないほど巨大な暗雲が立ち込めることになった。


王宮の深い闇から放たれた、二つの巨大な『厄介事』。


一人は、人斬りと恐れられる剣士。


もう一人は、この国最強の魔術士。


そして二人が向かう先は――。


俺の愛する店。


『ギャングスター』。


本当の意味での『招かれざる客』が、明日、俺の店にやってくる。


その残酷な運命の足音は、もうすぐそこまで迫っていた。


……まあ、普通にしてれば何事もないだろ?


俺は、そう自分に言い聞かせた。


けれど。


その夜、俺の心臓は恐怖で早鐘のように鳴り続けていた。




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