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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第21話 不夜城の門番と、静かなる盾




『ギャングスター』がオープンして、早くも三ヶ月が過ぎた。


店は順調に売上を維持していた。


一ヶ月目は、ただ店を軌道に乗せることだけで精一杯だった。


二ヶ月目に入る頃には、ようやく日々の営業にも余裕が生まれ始めた。


そして三ヶ月目。


売上も客足も安定し、店は完全に王都の夜に根を張り始めていた。


だが――。


上手くいけばいくほど、新しい課題もはっきりしてきた。


二階のラウンジは、落ち着いた大人の社交場でありたい。


仕事を終えた商人が酒を飲みながら愚痴をこぼす。


役人が肩の力を抜いて笑う。


客同士が酒を酌み交わし、女の子たちとの会話を楽しむ。


そんな、日常から少しだけ離れられる場所。


俺が作りたかったのは、そういう店だった。


ところが最近、少し金を持った成金や、素行の悪い衛兵崩れが、我が物顔で階段を上がろうとするのが目についていた。


「俺は金を払ってるんだぞ!」


「女の子が酒を作るんだから、俺の言うことを聞くのが当然だろ?」


「ここは俺たちみたいな客が来る店なんだよ!」


そんな連中が増えれば、店の空気は一気に悪くなる。


他の客に絡む。


女の子にしつこく迫る。


断られれば怒鳴る。


そして、金を持っていることを理由に、何をしても許されると思っている。


売上だけを考えれば、追い返すのは惜しい客かもしれない。


だが、それ以上に大切なものがある。


そろそろ、客を選ばなきゃいけない時期だ。


店の格を上げつつ、女の子たちも安心して働ける環境を作る。


そのためには、入り口で睨みを利かせる絶対的な門番が必要だった。


(バッドはすぐに手を出しそうだからな。さすがに客を傷つけるのはマズい)


あいつに任せたら、注意する前に相手を壁まで吹っ飛ばしかねない。


腕っぷしは申し分ない。


むしろ申し分がありすぎる。


だからこそ、今回の役目には向いていない。


俺はしばらく考えた。


そして、一人だけ心当たりがあった。


俺は王都の片隅にある、小さな茶屋の暖簾をくぐった。


店内には、香ばしい茶葉の香りが漂っている。


昼下がりの店内に客は少なく、窓から差し込む柔らかな日差しが、古びた木の床を照らしていた。


ここを営んでいるのは、二十年ほど前、知り合いのツテを頼って他国から流れ着き、静かに隠居生活を送っている男だ。


名前は、ハク。


俺がこの人と知り合ったのは、王都の右も左もわからない頃だった。


女の子をスカウトして街を歩き回っていた俺が、偶然この茶屋へふらりと立ち寄った。


そこで出された茶を飲みながら、何気なく話をしているうちに、俺はこの老人の過去を知ることになった。


「……お久しぶりです、ハクさん。お元気そうで」


カウンターの奥に立つ、背筋の伸びた白髪の老人に、俺は深く頭を下げた。


「これはこれは、リュウジィさん。お久しぶりですね」


穏やかな笑顔。


静かな物腰。


年齢を感じさせる白髪と皺。


どこから見ても、ただの気のいい老人にしか見えない。


だが――。


この人は、かつて他国の戦場を渡り歩いた武道家傭兵団の生き残りだ。


この国では六十年も前に、「武道家スキル」の軍事利用が禁じられた。


今では、武器を持った相手に素手で挑んでも、真っ先に死ぬだけだと馬鹿にされる。


典型的な『ハズレスキル』。


それが、この国での武道家スキルに対する評価だった。


だが、他国では違った。


つい二十年前まで、その圧倒的な身体能力と技術は、戦場の華だったという。


武器を持つ兵士たちの間を縫い、素手で敵を倒していく武道家。


その中でも、ハクさんは特に足技に秀でていた。


この二十年の差は大きい。


ハクさんは、その禁止令が出る直前まで、圧倒的な足技で戦い抜いてきたという。


この話を知ったのは、この店の常連と、スカウト中にばったり会ったことがきっかけだった。


「……なるほど。それで今日は、私に何か頼み事がある、と」


ハクさんが湯呑みに茶を注ぎながら、穏やかに笑う。


「はい」


俺は一度、息を整えた。


「……ハクさん。不躾なお願いですが、力を貸していただけないでしょうか」


「力、ですか?」


「俺の店の、支配人として働いてくれませんか?」


ハクさんの手が止まった。


しばらくの沈黙。


やがて、老人は小さく笑った。


「……リュウジィさん。私はもう、人を蹴るのには飽きましてね」


「え?」


「他国で嫌というほど積み上げてきましたから。もう十分ですよ」


そう言って、ハクさんは自分の足元へ視線を落とす。


その表情には、ほんの少しだけ疲れが滲んでいた。


「そんなことはお願いしてません」


俺は苦笑した。


「ただ、店の入り口で、相応しくない連中を弾いていただきたいんです」


「ほう」


「若い奴らや女の子たちが、安心して仕事ができる。客も落ち着いて酒を飲める。そんな場所の盾になってくれませんか」


俺はハクさんの目をまっすぐ見つめた。


「ハクさん以外の適任が、どうしても思い浮かばないんです」


俺がもう一度、深々と頭を下げる。


店の中が静まり返った。


しばらくして、ハクさんが小さく息を吐く。


「……困りましたね」


顔を上げると、老人はどこか照れくさそうに笑っていた。


「こんな老骨でも必要として頂けるなら、有難いと思うしかありませんね」


「……!」


「それに、毎日茶を淹れているだけというのも、少々退屈していたところです」


こうして、ハクさんは『ギャングスター』の支配人として働くことになった。


数日後。


ハクさんの初出勤の日。


二階へと続く階段の踊り場で、早速ひと悶着が起きていた。


剣を帯びた荒くれ者の一団が、ハクさんに遮られている。


「おい、そこをどけ!」


先頭に立つ男が怒鳴り声を上げた。


「金なら持ってるんだよ! 俺たちは客だぞ!」


「……申し訳ございません」


ハクさんは静かに頭を下げる。


「他のお客様のご迷惑になります。今日は引き返してください」


「ふざけんな!」


男の顔が赤くなる。


「誰に向かって言ってやがる!」


「俺たちを誰だと思ってる!」


後ろの男たちも口々に怒鳴り始めた。


それでも、ハクさんは動かない。


ただ静かに、彼らを見ている。


「……お願いです。お引き取りください」


「このジジイが!」


逆上した男が、腰の剣に手を伸ばした。


その瞬間だった。


瞬き、一つ。


男が剣を抜くより早く、ハクさんの姿が消えた。


いや――。


正確には、消えたように見えただけだった。


気づいた時には、男は踊り場から一階の出口付近まで、瞬きする間に体の位置が変わっていた。


ハクさんの足技で、一瞬のうちに移動させられたんだ。


「……あ、が……」


男は何が起きたのか理解できず、地面にへたり込んでいる。


「な、何をしやがった……!」


「おやおや」


ハクさんは何事もなかったかのように首を傾げた。


「足元が不安定でしたので、出口までお送りしたまでです」


そして、いつもの穏やかな笑顔。


「……お怪我はございませんか?」


男たちは、誰一人として答えられなかった。


目の前にいる老人が何をしたのか、理解できない。


ただ一つだけ分かる。


この老人には、逆らってはいけない。


やがて男たちは顔を見合わせると、何も言わずに店から逃げ出していった。


俺はその一部始終を見ながら、思わず息を吐いた。


これだ。


この、一歩も引かない静かな対応こそが、店の秩序を守る。


怒鳴らない。


威圧しない。


必要以上に手を出さない。


ただ、越えてはいけない一線を越えた瞬間だけ、確実に相手を外へ出す。


ハクさんがフロアに立ったことで、店全体の空気が一段引き締まったのがわかる。


女の子たちも安心している。


常連客も、以前よりゆったりと酒を楽しめるようになった。


そして何より、変な客が入り口で自然と引き返すようになった。


門番というより――。


もはや、店そのものの結界みたいなものだ。


そしてもう一つ、嬉しい誤算があった。


三ヶ月間、客として連日通っていたドナドのおやっさんが、この店をすっかり気に入ってしまったのだ。


ある日の営業終了後。


いつものようにカウンターで酒を飲んでいたおやっさんが、突然、真剣な顔で俺を見た。


「リュウジィ」


「はい?」


「俺もまた、リュウジィの近くで一花咲かせたい」


「……おやっさん」


その言葉を聞いた瞬間、俺は笑ってしまった。


この人らしい。


昔のように、もう一度自分の店を持ちたい。


この街で、もう一度自分の力を試したい。


そういうことなのだろう。


俺はすぐに、店の斜め向かいにある空き物件の手配に動いた。


立地も悪くない。


『ギャングスター』からも目が届く。


何より、おやっさんが店を構えるなら、この通りは今よりもっと面白くなる。


最強の門番。


そして、尊敬するおやっさんの再始動。


二人の新しい戦力が加わったことで、店の未来が一気に明るくなった気がした。


来週には、おやっさんの『深夜食堂』の灯が、この通りの夜を明るく照らすことになる。


店を守る者。


店を盛り上げる者。


そして、ここで働く女の子たち。


少しずつだが、この場所に必要なものが揃い始めている。


「店と、この通りの夜を盛り上げるための準備は、これでようやく整った」


俺は、夜の王都を眺めながら、静かにそう呟いた。





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