第21話 不夜城の門番と、静かなる盾
『ギャングスター』がオープンして、早くも三ヶ月が過ぎた。
店は順調に売上を維持していたが、上手くいけばいくほど、新しい課題もはっきりしてきた。
二階のラウンジは、あくまで落ち着いた社交場にしたい。だけど最近、少し金を持った成金や、素行の悪い衛兵崩れが、我が物顔で階段を上がろうとするのが目についていた。
そろそろ、客を選ばなきゃいけない時期だ。
店の格を上げつつ、女の子たちも安心して働ける環境を作る。そのためには、入り口で睨みを利かせる絶対的な門番が必要だった。
(バッドはすぐに手を出しそうだからな。さすがに客を傷つけるのはマズい)
一人、心当たりがあった。
俺は、王都の片隅にある小さな茶屋の暖簾をくぐった。
二十年ほど前、知り合いのツテを頼って他国から流れ着き、静かに隠居生活を送っている男が営む場所だ。
「……お久しぶりです、ハクさん。お元気そうで」
カウンターの奥に立つ、背筋の伸びた白髪の老人に、俺は深く頭を下げた。
この人は、かつて他国の戦場を渡り歩いた傭兵団の生き残りだ。
この国では六十年も前に「武道家スキル」の軍事利用が禁じられた。今では、武器を持った相手に素手で挑んでも真っ先に死ぬだけだと馬鹿にされる、典型的な『外れスキル』だ。
だが、他国ではつい三十年前まで、その圧倒的な武力は戦場の華だった。
この三十年の差は大きい。ハクさんは、その禁止令が出る直前まで、神速の足技だけで重装騎兵を馬ごと沈めてきたという、生ける伝説のような御方だ。
「これは、リュウジィ様。……私のような隠居に、何か御用でしょうか」
「……ハクさん。不躾なお願いですが、もう一度だけ、力を貸していただけないでしょうか。俺の店の、番頭として」
「……リュウジィ様。私はもう、人を蹴るのには飽きましてね。他国で嫌というほど積み上げてきましたから」
「滅相もありません。そんなことはお願いできませんよ。ただ、店の入り口で、相応しくない連中を弾いていただきたいんです。若い奴らや女の子たちが、安心して背中を預けられる……そんな門番になってくれませんか。ハクさん以外の適任が、どうしても思い浮かばないんです」
俺がもう一度、深々と頭を下げると、ハクさんはしばらく沈黙し……やがて、小さく溜息をついた。
「……困りましたね。リュウジィ様にそこまで言われては、老骨に鞭打たぬわけには参りません」
数日後、ハクさんの初出勤。
二階へと続く階段の踊り場。剣を帯びた荒くれ者の一団が、ハクさんに遮られていた。
「おい、そこをどけ! 金なら持ってるんだよ!」
「……申し訳ございません。当店の雰囲気に、お客様のその殺気は少々不釣り合いでございます。お引き取りを」
ハクさんが優雅に一礼する。逆上した男が剣を抜こうとした――その瞬間だった。
瞬き、一つ。
気づいた時には、男は踊り場から一階の出口付近まで、音もなく移動させられていた。いや、ハクさんの足技で、一瞬のうちに弾き飛ばされたんだ。
「……あ、が……な、何をしやがった……!」
「おやおや。足元がふらついておられたので、出口までお送りしたまでですが。……お怪我はございませんか?」
ハクさんの静かな眼光を浴びただけで、男たちは恐怖で喉を鳴らし、逃げ出していった。
これだ。この、一歩も引かない静かな威圧感こそが、店の秩序を守る。
ハクさんがフロアに立ったことで、店全体の空気が一段引き締まったのがわかる。
そしてもう一つ、嬉しい誤算があった。
三ヶ月間、客として連日通っていたドナドのおやっさんが、この店をすっかり気に入って、「俺もまたリュウジィの近くで一花咲かせたい」と言い出したんだ。
俺はすぐに、店の斜め向かいにある空き物件の手配に動いた。
最強の守護神。そして、尊敬するおやっさんの再始動。
来週には、おやっさんの『深夜食堂』の灯が、この通りの闇をまた一つ照らすことになる。
王都の夜を塗り替えるための布陣は、これでようやく、本当の意味で完成した。




