211話 新たな目的
ミライが見せたワンツーを、アランは腕を組んだまま黙って眺めていた。やがて小さく鼻を鳴らし、作業台の鉄板に視線を戻す。
リュウジィはミライが足を止めるのを待ってから、アランに尋ねた。
「アランさん、そのクイーン・モルフォがいるダンジョンは、どこにあるんですか」
「国の東にある霊山ミスティアだ。山にある『星降る天壇』というダンジョンの奥に棲んでいる」
「東ですか。ここからだと遠いですか」
「馬車で二日だ。山の麓に町がある。入るには、その近くのふろむ・えーで申請をしないといけない。勝手に入るなよ」
「申請ですね。分かりました」
リュウジィが頷くと、アランは手を止めて二人を見た。
「それから、これだけは言っておく。間違っても倒そうなんて思うなよ」
「倒せない相手、ということですか」
「相手は神獣だ。人間が敵う相手じゃない。タツヨの防具に使ったロード・アトラスの外殻だって、たまたま死骸を見つけた者から譲ってもらったものだ。狩って手に入れたんじゃない」
ミライが小さく息を呑んだ。リュウジィは少し考えてから、もう一度聞いた。
「倒せないなら、どうやって手に入れるんでしょうか」
アランはしばらく黙っていた。それから、炉の火に目を向けたまま口を開く。
「昔から、こういう話が残っている。神獣に認められた者が、素材を分けてもらったと。ただ、本当かどうかは俺も知らない」
「言い伝え、ですか」
「そうだ。他に手に入れる道があるなら、俺が聞きたいくらいだ」
「会えるかどうかも、分からないんですね」
ミライが呟くと、アランは肩をすくめた。
「行くなら覚悟して行け。素材を持ってきたら、そのとき作ってやる」
リュウジィはアランの言葉を聞いて、すぐには返事をしなかった。
神獣を倒して素材を手に入れることができないのなら、頼れるのは、アランが話した神獣に認められた者の言い伝えだけになる。
確かな方法とは言えない。それでも、他に手がかりがない以上、試してみるしかなかった。
リュウジィとミライは顔を見合わせてから、アランに頭を下げた。
デカス金物店を出ると、二人は坂を下りて、町の中心にある店が並ぶ通りへ向かった。
二人は並んで歩きながら、しばらく黙っていた。通りの両側からは、鉄を打つ音が途切れなく聞こえてくる。
「認められた者、か」
リュウジィが呟くと、ミライが隣から顔を覗き込んだ。
「ファフニールのときみたいに?」
「あのときは、必死に思ってる事言っただけだよ。認められようとして、何かしたわけじゃない」
「じゃあ今度も、本音で行けばいいんだね」
「話が通じる相手ならね」
ミライは少し笑ってから、すぐに表情を引き締めた。
「会えるかどうかも、分からないんだよね」
「ああ。行ってみないと分からない」
リュウジィが答えると、ミライは小さく頷いて、前を向いた。考え込んでいても始まらない、と言うように、歩く足を少し速める。
「まず外套と服だね。ミライ、動きやすいのがいいんだよな」
「うん。パンツで、上着は短めで、靴は編み上げのブーツがいいな」
ミライは歩きながら、指を折って数えている。
最初に入った服屋で、ミライは棚の前で足を止めた。
細身のパンツと丈の短い上着を手に取り、靴は着てから合わせることにして、そのまま試着室へ入っていく。
リュウジィは試着室の前で、手持ち無沙汰に立っていた。カーテンの向こうから、布の擦れる音が聞こえてくる。
「リュウジィ、そこにある革のブーツ、取って」
「どれだい」
「その茶色の。編み上げのやつ」
リュウジィは棚から一足を取って、カーテンの隙間から差し入れた。受け取ったミライの手が、すぐに引っ込む。
「……これ、サイズが大きいよ。私の足はもっと小さいの」
「そうか、悪い」
「もう、ちゃんと見てよ」
カーテンの向こうで、くすくすと笑う声がした。リュウジィは頭をかきながら、棚へ戻って小さいほうを探した。
「これならどう?」
「うん。今度は大丈夫」
「最初からこっちを取ればよかったな」
「私が言う前に分かってくれたら、もっとよかったんだけどね」
ミライの声に、リュウジィは苦笑した。
「次から気をつけるよ」
しばらくして、カーテンが開いた。
「どう?」
緑がかった落ち着いた色の上着に、黒い細身のパンツ。黒髪のウェーブが、その上に流れている。リュウジィは少し見とれてから、素直に答えた。
「似合うよ。すごく」
「それだけ?」
「いや、本当に似合ってるよ。山道でも動きやすそうだし」
「動きやすいかどうかを聞いたんじゃないんだけど」
ミライはむくれた顔をしながら、その場で軽くステップを踏んだ。ブーツの紐が緩んでいないか、確かめているらしい。リュウジィは苦笑いして、ミライの足元を見た。
「ほら、ちゃんと動けてる」
「……もう、いいけどね」
続けて外套を選んだ。フードが付いていて、上着と同じ緑がかった色のものを、ミライが羽織って見せる。
「これなら山でも寒くないね。フードを被れば、顔も隠せるし」
「それはいいな。ミライは目立つからさ」
「目立つって、どういう意味」
「いや、その、いい意味でだよ」
リュウジィが慌てて付け足すと、ミライは吹き出した。
ミライはフードを深く被って、悪戯っぽく上目遣いでリュウジィを見上げた。
「どう? 怪しい旅人っぽい?」
「ああ、かなり怪しいよ」
「そこは、似合うって言うところでしょ」
「似合うよ。怪しい旅人として」
ミライは頬を膨らませて、外套の裾でリュウジィの腕を軽く叩いた。
「もう。そういうところだけ、余計なこと言うんだから」
「でも、顔を隠せるのは便利だと思うよ」
「それなら最初からそう言えばいいのに」
ミライは言い返す代わりに、ふっと柔らかい笑みをこぼし、着心地を確かめるように軽く体を動かしてから外套を脱いで会計の台へ置いた。
会計を待つあいだ、ミライは台の脇の小物の棚に目を留めた。黒いリボンや革の紐が、小さな籠にまとめて入れてある。
「山を登るなら、髪が邪魔になるよね」
ミライは黒いリボンを一本つまんで、リュウジィに見せた。
「これ、買ってもいい?」
「いいよ。好きなのを選びなよ」
ミライは両手を後ろへ回し、髪をまとめて高い位置で一つに束ねた。リボンで結んで手を下ろすと、黒髪のウェーブが尾のように揺れる。
「どう?」
「似合うよ。ほどいてるのもいいけど、こっちもすごくいい」
「さっきよりちゃんと答えてくれるね」
「さっきも、ちゃんと答えたつもりだったんだけどな」
ミライはくすりと笑って、結んだ髪を指先でつまんだ。
「じゃあ、これにする」
買った服とリボンはそのまま身に着けて、残りの旅支度も揃えた。水を入れる革袋、携帯できる食料、予備の布。リュウジィは受け取った荷物を、次々とアイテムボックスへ入れていく。
「便利だよね、それ。荷物がなくなっちゃうんだもん」
「俺も最初は驚いたよ。もう慣れたけどさ」
リュウジィは数を一つずつ確かめながら、荷物をアイテムボックスへしまい込んでいった。これで、馬車に乗り込んでからも荷物を抱えずに、二人とも身軽なまま移動できる。
最後にミライの脱いだ服まで入れ終えると、二人は馬車乗り場へ向かって歩き出した。
お読みいただき、本当ありがとうございます。もし気に入っていただけましたら、作品のブックマークや、下の星(☆☆☆☆☆)で応援をお願いします!次の更新の大きなエネルギーになります!




