209話 鉄の音
乗り合い馬車が王都を出て、今日で三日目になる。
窓の外の景色は、緑の平原から、岩肌の目立つ荒れた山道へと変わっていた。
道の両側には大きな岩が転がり、遠くにはいくつもの山が連なっている。平原を走っていた時よりも道は細くなり、馬車もゆっくりと進んでいた。
リュウジィは隣に座るミライの横顔を見た。ミライは窓枠に頬杖をついて、流れていく景色を飽きもせずに眺めている。黒髪のウェーブが馬車の揺れに合わせて小さく跳ね、そのたびに甘い香りがふわりと漂った。
「ねえ、リュウジィ」
「ん?」
「旅行に行こうって言ってくれたの、ちゃんと覚えてたんだね」
ミライは景色を見たまま、口元だけで笑った。
「忘れるわけないよ。約束したんだから」
「ふふ。防具を作りに行く旅行だけどね」
「旅行の用事としては、ちょっと色気がなかったかな」
リュウジィが頭をかくと、ミライは肩を揺らして笑った。
「でも、私は楽しみにしてたよ」
「それならよかった」
二人がそんな話をしている間にも、馬車は山道を進んでいく。
道の脇を、鉱石を山積みにした荷馬車が何台もすれ違っていく。
荷台に積まれているのは、黒っぽい石や赤茶色の鉱石。どの荷馬車もかなりの量を積んでいて、引いている馬も大変そうだ。
「鉱石を運んでる馬車、多いね」
「それだけ、この辺りでは採れるんだろうな」
「じゃあ、鍛冶屋さんも多そう」
「たぶんね」
馬車が坂を一つ越えるたびに、遠くから金属を叩く音が少しずつ大きくなってきた。
カン、カン、と一定の間隔で響く音が、山の間から聞こえてくる。
「ほら。もう聞こえてきた」
ミライが楽しそうに窓の外を見る。
「本当だ。目的地が近づいてきたみたいだね」
リュウジィも耳を澄ませながら、前方へ目を向けた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ前、馬車は石造りの大きな門をくぐった。
街に入った途端、鼻の奥に煤の匂いが飛び込んでくる。
あちこちの煙突から白い煙が上がり、通りには鉱石や金属を運ぶ荷馬車が行き交っていた。
建物の中からは、カン、カン、と金属を打つ音が聞こえてくる。
一つだけではない。
あちらからも、こちらからも聞こえてきて、街全体が大きな工房になっているようだった。
「すごい音……。街全体が工房みたい」
ミライが馬車から降りて、目を丸くする。
リュウジィも通りを見渡した。前に来た時は、ファフニールに主として認められるかどうか、それだけで頭がいっぱいだった。街並みをじっくり見る余裕なんてなかった。煤けた壁も、荷馬車の行き交う石畳も、こうして眺めるのは決して初めてではないはずだったが、記憶に残っていなかった。
「こうしてこの街に来るのも、久しぶりだな」
「そうだね」
ミライはリュウジィの着ているファフニールを見て、それから街の景色へ目を向けた。
「前に来た時とは、雰囲気が違って見える?」
「うん。前に来た時は、ここがどんな場所なのか気にする余裕もなかったからな。こうして見ると、知らない場所みたいに感じるよ」
「なるほど」
ミライはもう一度、通りを見渡した。
「じゃあ、今日はゆっくり見て回れるね」
「そうだな」
今回の旅の目的は、ミライのための防具を作ることだ。
軽くて動きやすく、それでいてミライの戦い方にも対応できる防具。
どんなものが出来上がるのか、リュウジィも楽しみにしていた。
その夜は宿を取り、旅の疲れもあって二人は早めに休むことにした。
◇ ◇ ◇
翌朝、二人はグラニータから預かった地図を手に、デカス金物店へ向かっていた。
「こっちで合ってるよね?」
ミライが地図を覗き込む。
「うん。この道で合ってる」
リュウジィも地図を確認しながら歩く。
中心街を離れるにつれて、人通りは少なくなっていく。
代わりに、道端には金属を積んだ荷馬車や、大きな木箱が置かれている店が増えてきた。
時々、近くの建物から金属を叩く音も聞こえてくる。
「この辺りは、昨日より静かだね」
「工房が集まってる場所なのかもね」
「そうなのかな」
ミライが周囲を見ながら歩く。
やがて、地図に記された場所に一軒の店が見えてきた。
煙突から煙が上がっている。
リュウジィは地図と店を見比べた。
「ここだ」
店の前には古びた看板が掛かっている。
そこには「デカス金物店」とだけ書かれていた。
「タツヨが言ってた通りだ。看板は本当に金物屋なんだね」
「ねえ、ここで合ってるの? 鍋とクワしか置いてないけど」
ミライが窓から店の中を覗き込み、不安そうに首をかしげた。
窓から見える店内には、鍋や農具などが並んでいる。
防具を作っている店というより、どう見ても普通の金物屋だった。
「グラニータさんの師匠の店なんだから、大丈夫だよ。行ってみよう」
リュウジィが扉を押すと、乾いた鈴の音が鳴った。
店内には鍋や農具、工具などが並んでいる。
ミライは入ってすぐのところに置かれた鍋を眺め、それから店の奥へ目を向けた。
「やっぱり普通の金物屋にしか見えないね」
「でも、奥を見てみて」
リュウジィが指差す。
店の奥には仕切りがあり、その向こうには大きな炉が置かれていた。
赤々と燃える火のそばには金床や作業台があり、壁には大きさの違う槌や工具が並んでいる。
店先だけでは分からないが、奥にはしっかりとした鍛冶場があるようだった。
その作業台の前で、小柄な男が鉄板を叩いていた。
カンッ!
槌が鉄を打つたびに、火花が散る。
男は手を止めず、熱した鉄を何度も叩いて形を整えていた。
背丈はミライの肩ほどしかない。
それでも、腕は丸太のように太く、胸まで伸びた髭には煤がこびりついている。
長年、鍛冶仕事を続けてきた職人なのだろう。
男はこちらを見ようともせずに言った。
「客か。鍋ならそこ、鍬ならあっちだ。好きに見てくれ」
「アラン・デカスさんですか?」
リュウジィが声をかけると、男は槌を止めて顔を上げた。
「そうだが。何の用だ」
「防具を作っていただきたくて来ました」
「武具の注文なら他をあたってくれ。うちはもう武具屋はやっとらん」
いきなり断られてしまった。
リュウジィは慌てず、懐から紹介状を取り出す。
「グラニータさんの紹介なんです。これを読んでもらえませんか」
アランは手紙を受け取ると、封を開けた。
アランは二人のことを気にする様子もなく、手紙に目を通していく。
しばらくすると、アランの表情が少し変わった。
「グラニータか。女性専用の武具屋とやらは、まだ続けとるのか」
「はい、今も続けています。それと、友人のタツヨ・ジョージがこちらで防具を作ってもらったと聞いて、お願いしに来ました」
「タツヨ……ああ、アトラスの男か」
アランは手紙から目を上げて、リュウジィを見た。
「あの小僧は元気か」
「元気ですよ。毎日、拳を振り回してます」
アランは鼻を鳴らすと、手紙を作業台に置いた。
「で、誰が着る。あんたか」
「いえ、こちらのミライです」
リュウジィが半歩下がる。
それに合わせて、ミライが前へ出た。
「ミライと申します。軽くて動きを妨げない防具を、お願いしたくて来ました」
ミライが丁寧に頭を下げる。
アランはミライを見ると、肩や腕、腰回りなどを順番に確認していく。
防具を作るために、身体の大きさや動きやすさを見ているのだろう。
やがて、細い腕に目を止めた。
「……その細腕でか」
ミライは自分の腕を見て、それからアランを見る。
「見た目ほど、弱くはありません」
「ほう」
アランは少し考えてから、ミライに尋ねた。
「普段は、どんな戦い方をする」
「拳で戦います」
ミライが頷いた。
「だから、腕や肩が動かしやすいものがいいんです。それと、できれば走ったり跳んだりする時にも邪魔にならないようにしてほしいです」
「なるほどな」
アランは少し考えてから、口を開いた。
「なら、動き方を見せてもらったほうが早いな」
「今ここでですか?」
ミライが目を丸くする。
「まずは奥で少し動いてみろ。工房の作業スペースなら十分だ」
「分かりました」
ミライが頷く。
アランは作業台の上に置いていた道具を片付けながら、二人に声をかけた。
「こっちに来い。話を聞きながら、どんな防具にするか考える」
「ありがとうございます」
リュウジィが頭を下げる。
ミライも笑顔で続いた。
「よろしくお願いします」
二人はアランの後について、店の奥へ向かった。
鍛冶場から伝わってくる熱気と、金属を叩く音が近づいてくる。
新しい防具への期待を胸に、二人は工房の奥へと足を進めた。
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