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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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207話 帰る場所



乗り合い馬車を乗り継いで二日。

王都の門をくぐった頃には、空はもう茜色に染まっていた。


見慣れた石畳。夕飯の支度をする家々から漂う匂い。店じまいを急ぐ露店の呼び声。

何年も離れていたわけじゃないのに、どれも妙に懐かしく感じる。


「やっと帰ってきたな」


タツヨが大きく伸びをする。


「腹減った。もう一歩も歩けない」


カミラがグレイブを肩に担ぎ直しながら、腹をさすってみせた。


「馬車の中でずっと寝てたじゃない」


ミライがくすっと笑う。


ムサシは何も言わず、通りの先をじっと見ていた。


「無事に帰る約束をしたからさ。まずはおやっさんのとこに行こうよ」


俺がそう言うと、四人とも自然と同じ方向へ歩き出した。


途中、ジョジョエンの前を通りかかる。

崩れていた外壁には足場が組まれ、新しい木材が運び込まれていた。


まだ店の形には程遠いけど、止まっていた時間が少しずつ動き出しているのが分かる。


(ハクさん、ちゃんと進めてくれてるんだな)


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


ドナド亭には、もう灯りがついていた。

深夜の営業に向けて、仕込みをしている時間だ。


扉を開けると、厨房の奥でおやっさんが包丁を動かしていた。

その横で、フロドが大鍋を洗っている。


トントントン、と鳴っていた包丁の音が、ぴたりと止まった。

振り返ったおやっさんの顔が、ぱっと明るくなる。


「おお!リュウジィ!よく帰ってきたなあ!」


おやっさんは前掛けで手を拭きながら厨房から飛び出してくると、俺の肩をバンバン叩いた。


「ただいま、おやっさん」


「おう、みんなもよく帰ってきた! 一、二、三、四、五……よし、ちゃんと五人いるな!」


指を折って数えるおやっさんに、タツヨが「数えなくても分かるだろ」と笑う。


「腹減っちゃってさ。五人分、お願いできるかな」


「当たり前だろ! 腹いっぱい食わせてやるって約束したもんな!」


おやっさんは豪快に笑うと、振り返って叫んだ。


「フロド! みんなに知らせてこい! リュウジィたちが帰ってきたってな!」


「はい!」


フロドは濡れた手のまま、エプロンも外さずに店を飛び出していった。


最初に店へ飛び込んできたのはバッドだった。


「兄貴!」


扉が壊れるんじゃないかという勢いで開き、その後ろからシドも息を切らして入ってくる。


バッドは俺の前で足を止めると、何か言おうとして、口を開けたまま固まった。


「どうしたんだよ、バッド」


「……いえ。無事で、本当に良かったです」


ようやく絞り出した声が、少しだけ震えていた。


「やっぱり俺も一緒に行けばよかったって、毎日思ってました」


「お前まで来てたら、こっちを任せる奴がいなくなるって言ったろ」


タツヨが笑いながらバッドの肩を叩く。


「分かってますよ。分かってますけど」


バッドが口を尖らせると、隣でシドが「こいつ、毎晩それ言ってたんですよ」と苦笑いした。


「シド、余計なこと言うな!」


「毎晩ってのは盛ってないだろ」


二人のやり取りに、店の中の空気がふっと緩む。


次に入ってきたのはハクさんだった。


いつもと変わらない静かな足取りで俺たちの前まで来ると、一人ずつに目を向け、深々と頭を下げた。


「皆様、よくぞお戻りくださいました」


顔を上げたハクさんは、もう一度だけ、確かめるように俺たちを見渡した。


「五名様。確かに」


その口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんでいた。


「ハクさん、ジョジョエンの前を通ってきたよ。工事、進めてくれてありがとね」


「業者の手配をお任せいただいたまでです。お礼には及びません」



続いて、リナとニーナ、バッドの母親、ゼノンとギノン、フロドに手を引かれたプリカが次々に顔を見せる。

狭い店内は、あっという間に人でいっぱいになった。


グラニータはミライの姿を見つけると、真っ直ぐそっちへ向かっていった。


「ちゃんと帰ってきたね」


「当たり前でしょ」


ミライが胸を張ると、グラニータは呆れたように笑って、ミライの頭を軽く小突いた。


最後に入ってきたのはカエデだった。


リッカと一緒に帳簿を抱えたまま、急いで来たらしい。


入口で足を止めたカエデは、俺の顔を見たまま動かなかった。


「オーナー……」


その先の言葉が出てこない。

帳簿を抱える腕に、ぎゅっと力がこもるのが分かった。


「心配かけてごめんね、カエデ。出発前に頼んだあの話さ、もう忘れていいから」


「……忘れられるわけ、ありません」


カエデは一度だけ目を伏せた。

次に顔を上げた時には、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。


「オーナー。あのような言付けは、二度となさらないでください」


「うん。約束するよ」


俺が頷くと、カエデはようやく小さく息を吐いた。

隣のリッカが、そんなカエデの背中をそっとさすっていた。


「お待たせ! さあ食え食え!」


おやっさんが大鍋を抱えて厨房から出てきた。

テーブルの真ん中にドンと置かれた鍋から、湯気と一緒に懐かしい匂いが立ちのぼる。


キングオーグの鍋だった。


「おかわりはたっぷりあるからな! 遠慮すんなよ、リュウジィ!」


「……ありがとう、おやっさん」


言いたいことはもっとあったのに、それしか出てこなかった。


「いただきまーす!」


カミラが誰よりも早く皿を取る。


それを合図に、みんなが一斉に鍋へ手を伸ばした。


「で、向こうでどうだったんですか!」


バッドが身を乗り出す。


「ヴォルグは、こいつらがきっちり片付けたよ」


タツヨが顎でムサシ、カミラ、ミライを指すと、店の中がどよめいた。


「ミライさんも、ですか?」


ニーナが目を丸くする。


「私だって、ちゃんと殴ったんだから」


ミライが拳を握ってみせると、グラニータが「あんたねえ」と言いながらも、どこか誇らしげな顔をしていた。


「……三人で、だ」


ムサシがぼそりと付け加える。

カミラは口いっぱいに煮込みを頬張ったまま、「ほうほう」と頷いていた。


「兄貴たちの方は、どうだったんですか」


「俺たちの方は……まあ、なんとかね。こうしてみんな帰ってこれたんだから、それでいいじゃん」


俺が笑ってごまかすと、タツヨが「こいつ、自分の話になると急に雑になるんだよな」と茶化して、また笑いが起きた。


鍋の底が見え始めた頃。

ふと隣を見ると、ミライが自分の手をじっと見つめていた。


拳に残る、うっすらとした赤い痕。

その視線が、向かいに座るタツヨの胸当てへと移る。


「ねえ、グラニータ」


「ん?」


「今度さ、ちょっと相談したいことがあるんだけど」


「相談?」


グラニータが首を傾げると、ミライは「うん。また今度ね」とだけ言って、煮込みの残りを口に運んだ。


何の相談なのか、少し気にはなった。

けど、今はそれよりも。


笑い声と、食器のぶつかる音と、おやっさんの「おかわりはまだあるぞ!」という声。


(帰ってきたんだな)


目の前の賑やかな光景を眺めながら、俺はもう一口、煮込みを頬張った。




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