202話 ダーク・オロチ
「――行くぞ!」
リュウジィが叫び、石畳を蹴り抜いた。
内功の巡りが、先ほどよりも一段深く、速い。
ニーズヘッグの指輪から流れ込む竜の力と、ファフニールの脈動が、これまでにない密度で拳の内側へ凝縮していく。
真紅と漆黒のタイガーストライプに走る金色の筋が、今までよりも鮮烈に脈打ちながら尾を引いた。
リュウジィはクラウスの間合いへ潜り込む。
炎を纏った拳を、狙いを違えず鳩尾へ、まっすぐに突き込んだ。
「崩拳ッ!!」
ドォォォンッ!!
拳がめり込むと同時に、内から弾けるような衝撃が突き抜けた。
クラウスの巨躯が、これまでとは比べ物にならない勢いで吹き飛ぶ。
石畳を転がり、瓦礫の山に突っ込んだ。
巨躯が瓦礫にめり込んだまま、クラウスは爪を突き立てて踏みとどまろうとする。
だが、力が入らない。
鳩尾を押さえたまま、片膝をついた。
「――ば、馬鹿な……この一撃で、ここまで……!?」
瓦礫の中から身を起こしたクラウスの声に、初めて動揺の色が滲んだ。
先ほどまでとは明らかに違う。
リュウジィの拳が、確実にクラウスの身体へ届いている。
「グオオオオオッ!」
苛立ちに任せて咆哮を上げ、クラウスが再び距離を詰め直す。
「――舐めるなよ、人間風情がッ!!」
漆黒の爪が、弧を描いて横殴りに振り抜かれた。
リュウジィは内功盤根の円を描く歩法で、その軌道の外へ体を流す。
爪が空を裂き、リュウジィの脇を通り抜けていった。
その隙に、タツヨが横合いから飛び込む。
「――なぶり殺しにしてやる」
「ファントムウィップ!!」
青い光を纏った高速のジャブが、クラウスの顔面へ叩き込まれた。
まるで爆竹が破裂したような音が響きわたる。
ババババババッ!
鞭のような連打が、クラウスの巨躯を揺らした。
顔面を打ち抜かれ、クラウスの顔が歪む。
だが、反撃は一瞬で牙を剥いた。
「おのれぇ! 小賢しいわ!」
クラウスの爪が、タツヨの顔面めがけて振り上げられる。
タツヨは咄嗟に上体を小さく振って軌道からずらし、爪の切っ先を紙一重でかわした。
「――くっ……!」
だが、逆手に返されたもう片方の爪が、避ける間もなく金属化した二の腕を打ち据えた。
ガギンッ、と硬質な音が響き、腕が大きく弾かれる。
タツヨは奥歯を噛みしめ、痛みを飲み込んだ。
「――いてぇな、この野郎……!」
リュウジィが地を蹴り、クラウスの死角へ回り込む。
「――そっちは、俺が抑える!」
炎を纏った掌が、外回転を描きながらクラウスの下腹部へ叩き込まれる。
「横拳ッ!!」
パアァァァッン!!
掌が下腹部に深くめり込み、鈍い衝撃が内部を突き抜けた。
「――ぐっ……!」
クラウスの巨躯が横向きに吹き飛び、石畳を数メートル滑って止まった。
よろめきながらも、クラウスは立ったまま踏みとどまっていた。
その隙に、タツヨが地を蹴り、間合いを一気に潰す。
「――もらったッ!」
拳を大きく振りかぶり、弧を描くように叩き込んだ。
「ホライゾン・ブレイク!」
ドゴッォォォォン!!
強烈な一撃がクラウスの顔面をとらえる。
骨と肉が軋む感触が、拳を伝って突き抜けた。
「――ぬがぁッ……!」
クラウスの巨躯がのけ反り、大きくたたらを踏む。
石畳を何度も踏み鳴らしながら後退し、柱に背を打ちつけてようやく止まった。
それでも倒れない。
荒い息のまま体勢を立て直し、クラウスは二人を睨みつけた。
「――小癪な連携をしおって……!」
漆黒の爪が、再び構え直される。
先ほどより明らかに動きが鈍い。
だが、瞳に宿る闘志は、まだ衰えていなかった。
リュウジィとタツヨを前に、クラウスは怒りに顔を歪める。
「――おのれ、ふざけるなッ!!」
怒声とともに、クラウスの全身から漆黒の靄が激しく噴き上がった。
その背から、これまでにない気配が立ち上る。
黒い靄の向こうで、尾がゆっくりとうねり始めた。
まるで意思を持つ大蛇のように鎌首をもたげ、二人を見下ろす。
「――闇に飲まれよ、ダーク・オロチ!」
クラウスの咆哮が響きわたった。
尾の先端が黒く硬質化し、無数の棘を突き立てた鉄塊のような形へと変わっていく。
漆黒の尾先が、禍々しい姿へと変貌を遂げた。
「――なんだ、あれは……!」
リュウジィが息を呑む。
クラウスが正面から間合いを詰める。
漆黒の爪が振り上げられた。
リュウジィは内功盤根の歩法で爪の軌道を外す。
だが、その隙を狙い、頭上から鎌首をもたげた尾が振り下ろされた。
「――上か……!」
咄嗟に跳び退る。
棘だらけの尾先が石畳を叩き潰し、破片が四方へ飛び散った。
ドガァァァンッ!!
石畳が大きく砕け、地面に深い亀裂が走る。
尾は深く石畳にめり込んだまま、抜けきらずに軋んでいた。
その一瞬の隙を、リュウジィは見逃さなかった。
地を蹴って一気に間合いを詰める。
ニーズヘッグの指輪に宿る竜の力が、拳へと収束していく。
金色の筋が炎とともに拳に走った。
掬い上げるように、顎めがけて拳を突き上げる。
「鑽拳ッ!!」
ズドンッ!!
拳が顎を捉え、クラウスの頭が大きく跳ね上がった。
脳を揺さぶられ、巨躯がぐらりと傾ぐ。
その隙に、タツヨがクラウスの背後へ回り込み、追撃をかけようとしていた。
「――もらった!」
拳を振りかぶった、その瞬間――。
石畳から抜けた尾が、軋みを上げながら横合いから振り抜かれる。
「――なにっ!?」
タツヨは咄嗟に腕を掲げてガードした。
ガギィンッ!!
棘が鎧に食い込み、凄まじい衝撃が全身を突き抜ける。
「――ぐああっ……!」
タツヨの身体が大きく吹き飛び、石畳を転がった。
「――タツヨ!」
リュウジィが叫ぶ。
「――だ、大丈夫だ……アトラスのおかげで、骨まではやられてねぇ……!」
タツヨが荒い息で身を起こす。
だが、これまでに蓄積したダメージに加え、尾の一撃が重くのしかかっていた。
二の腕に走った衝撃のしびれが抜けきらず、身体の奥には鈍い痛みが残っている。
それでもタツヨは、倒れたままではいなかった。
リュウジィは懐からナロキシンの小瓶を取り出し、タツヨへ投げ渡す。
「――飲め! 少しは楽になる!」
タツヨが小瓶を受け取り、中身を一気に呷った。
「――くっ、苦っ……! でも、効くな、これ……!」
呼吸が整い、身体の奥に鈍く残っていた痛みとが引いて、体力が回復していく。
リュウジィもまた、もう一本の小瓶を懐から取り出し、自ら口にした。
薬効が全身に巡り、削られていた体力が戻る。
「――全身に力がみなぎってきた……まだだ……!」
二人は再び構え直し、正面のクラウスと向き合った。
クラウスは全身から漆黒の靄を纏いながら、一本の尾を大きくうねらせている。
その尾先に並ぶ無数の棘が、二人へ向けられていた。
「――貴様ら、ここからが地獄だと知れ……!」
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