201話 終幕、双刃
「くそ……、まさか、三人が揃って……」
「――ここからだ」
ムサシが静かに刀を構え直した。
片膝をついたまま、ヴォルグが牙を剥く。
「――くそっ、人間どもが」
咆哮とともに、ヴォルグが両腕を床へ叩きつけて立ち上がった。
二撃を受けてなお、その巨体からみなぎる闘気は少しも衰えていない。傷を負っているのは確かだが、動きに鈍りはなく、立ち上がった姿からはまだ十分な余力が感じられた。
「――くっ、まだ立つのかよ……!」
カミラが息を呑み、グレイブを握り直す。
「この程度で終わるかぁ!」
ヴォルグが吠え猛り、再び爪を振りかぶった。
「――くっ!」
ムサシが二刀を交差させ、その一撃を正面から受け止める。
ガキィンッ!!
激しい火花が散った。
爪から伝わる重圧が両腕を押し潰し、ムサシの膝がわずかに沈む。足元の石畳が軋み、受け止めた刀身が大きく震えた。
「――まだ、あんな力が残っているのか……!」
カミラが驚愕の声を漏らす。
「油断するな! 相手は魔族だぞ!」
ムサシが叫び、一度爪を弾き返す。
そのまま、一気に間合いを詰め直した。
「――かかってこいよ!」
ヴォルグが咆哮を上げ、なおも爪を乱打する。
右の爪が迫る。
ムサシが二刀で受け流す。
続けざまに、左の爪が唸りを上げて襲いかかった。
ガキィンッ!
ムサシは二刀を交差させ、再びその一撃を受け止める。
ガキンッ!
左右から交互に繰り出される猛撃を、ムサシが二刀で必死にいなし続けた。
一撃ごとに腕へ重い衝撃が走る。刀を弾かれるたび、足元が後ろへ滑りそうになる。それでもムサシは踏みとどまり、ヴォルグの攻撃を正面から受け続けた。
「私も!」
ミライが素早く懐へ滑り込む。
天性のフットワークで爪の間合いを潜り抜け、エンペラーナックルを纏った拳を叩き込んだ。
ズドォォァォッ!!
拳がヴォルグの腹部へ深くめり込む。
その瞬間、ヴォルグの巨体がわずかに揺らいだ。
「――グリップ・ファング!」
ヴォルグが即座に反応する。
拳が腹部へめり込んだ刹那、空いた方の爪がミライへと鋭く振るわれた。
「――くっ!」
ミライは体を斜めに傾け、爪の軌道から間一髪で逃れる。
鋭い爪が目の前を通り過ぎ、空気を切り裂いた。
「まだ、あの技が使えるのか……!」
カミラが唇を強く噛み締めた。
この程度のダメージでは、ヴォルグの反応速度は微塵も落ちていない。
攻撃を受けた直後でさえ、反撃の機会を見逃さない。その異常な反応速度こそが、三人の攻撃を阻み続けていた。
「――このまま押し切れると思ったが、甘かったか」
ムサシが低く呟く。
三人の疲労は、すでに限界へ近づいていた。
腕は重く、呼吸も荒い。攻撃を繰り返すたびに体力が削られ、踏み込みにも少しずつ負担が増している。
だが、ヴォルグは違った。
二度の攻撃を受けているにもかかわらず、動きに大きな衰えはない。まだ体力を残しており、三人を相手にしてなお、力強く攻め続けている。
だからこそ、三人は連携の精度をさらに高める必要があった。
「――もう一度、いくぞ!」
カミラが叫び、グレイブを大きく構え直す。
うねる穂先が鋭い弧を描き、ヴォルグの脇腹を深く薙いだ。
ヴォルグはあえてそれを避けず、自ら間合いを詰めてその一撃を受け止める。
ザシュッ!
刃が脇腹へ食い込んだ。
「――グリップ・ファング!」
刃が肉へ食い込んだその刹那、空いた爪がカミラへと肉薄する。
「――くっ!」
カミラは咄嗟に身を捩った。
爪がすぐ目の前を通り過ぎ、鋭い風圧が頬を打つ。
かろうじて直撃を躱したカミラは、グレイブを引き戻しながら後方へと下がった。
「――しつこい技だ……!」
ムサシが激しく舌打ちした。
ダメージを受けてなお、ヴォルグには《グリップ・ファング》を放つだけの力が残されている。
いや、残されているというよりも、まだ余裕すらある。
「くそ、いつまで保つんだ、あの反応速度は……!」
ミライが荒い息の合間に怒声を飛ばす。
「――絶対倒すよ!」
ムサシが地を蹴った。
疲労の重さを振り切るように、ヴォルグの懐へ猛然と肉薄する。
二刀を交差させ、渾身の一撃を叩き込んだ。
「――ッ!」
ヴォルグが咄嗟に爪でそれを受け止める。
ガキィンッ!!
火花が激しく散った。
二刀と爪が正面からぶつかり合い、凄まじい鍔迫り合いが展開される。
ムサシは全身の力を刀へ集中させ、ヴォルグを押し切ろうとする。だが、ヴォルグは真正面からその力を受け止め、さらに上から押し潰すように爪へ力を込めた。
「――終わりにしろよ!」
ヴォルグが吠え猛る。
全体重を乗せた力任せの反撃で、ムサシの刀を押し返した。
「――くっ……!」
ムサシの体が大きく後方へとよろめく。
「――ムサシ!」
カミラが叫び、グレイブで援護しようと踏み込んだ。
その隙を見逃さず、ヴォルグの爪が横合いから猛烈な勢いで迫る。
「――危ない!」
ミライが咄嗟に割り込んだ。
エンペラーナックルを纏った拳で、その爪を力任せに弾き飛ばす。
ガキンッ!!
爪の軌道が逸れ、ヴォルグの腕が大きく流れた。
「――助かった!」
カミラがすぐさま体勢を立て直す。
三人の呼吸は荒く、身体には明らかな疲労が蓄積していた。
だが、ヴォルグはまだ倒れない。
脇腹から血を流しながらも、その巨体は揺るがず、爪を構える動きにも力が残っている。
「――まだ、余力があるのか……!」
ムサシが低く唸り、刀を強く握り直した。
「まだだ……!」
ヴォルグが血走った目を剥く。
最後の力を振り絞るのではない。
まだ残る力を存分に使うように、ヴォルグは爪を構えた。
「――くらえっ!」
ヴォルグが大きく振りかぶる。
巨大な爪が、正面から叩きつけられた。
「――今だ、三人で同時に!」
ムサシの叫びに、カミラとミライが反射的に応じた。
「――もう一度、一斉にいくぞ!」
三人が同時に地を蹴り出す。
カミラのグレイブが右から。
ムサシの刀が正面から。
エンペラーナックルを纏った拳が左から。
寸分の狂いもないタイミングで、三人の攻撃がヴォルグへと殺到した。
「――ッ!」
ヴォルグの目に、ようやく焦燥の色が走る。
「――グリップ・ファング!」
咄嗟に反応したのは、正面から迫るムサシの刀だった。
ヴォルグが身体を捻る。
肩に鋭い刃が深く食い込み、肉を裂いた。
その直後、爪が凄まじい勢いで振るわれる。
ムサシは体を翻し、大きく後方へと跳んで間合いを取った。
しかし、その一瞬の交錯の最中――。
カミラのグレイブとミライの拳は、すでにヴォルグの肉体を確実に捉えていた。
グサッァァァ!!
バキィィィッ!!
カミラのグレイブが胸、ミライのパンチが顎に、凄まじい衝撃が同時に突き刺さる。
「――ぐぁあああっ!!」
ヴォルグの巨体が、たまらず大きく仰け反った。
胸を深く薙がれ、顎を強烈に打ち抜かれた身体が、衝撃に耐えきれず後方へ傾く。
「――今度こそ、終わりだ!」
三人が一斉に距離を取る。
激しくよろめいたヴォルグは、足へ力を込めて踏みとどまろうとした。
しかし、重なった衝撃によって体勢を崩し、ついにその膝からガクリと崩れ落ちた。
「くそ……、まさか、二度もあの連携を許すとは……おのれぇ」
ヴォルグが苦しげに呟く。
ムサシが静かに刀を構え直す。
「――死ねぇぇぇ!!」
地を蹴り、残された全力を注ぎ込むように懐へと飛び込んだ。
体を激しく回転させながら、一刀目でヴォルグの首筋を凄まじい勢いで薙ぎ払う。
ズバァァンッ!!
鮮血が盛大に噴き上がり、巨大な首が宙へと舞い上がった。
ムサシは回転の勢いを止めない。
返す刀の勢いのまま、二刀目が崩れ落ちゆく巨体の胸元を深く斬り裂いた。
ザシュッ!!
首を失った巨大な胴体が、轟音を立てて完全に崩れ落ちる。
ドスンッ!!
大広間の床が大きく震えた。
三人は荒い息を吐き出しながら、しばしその場に立ち尽くした。
「……終わった、のか」
ムサシが刀を下ろし、掠れた声で呟く。
「終わったよ……」
カミラがグレイブの穂先を地面につき、力なくその場に膝をついた。
「――勝った、んだよね」
ミライが震える声で呟き、拳からようやく力を抜いた。
安堵の感情が湧くよりも先に、凄まじい疲労感が三人の体を重く押し潰す。
それでも、気を抜くことは許されなかった。
大広間の反対側では、リュウジィとタツヨの死闘が未だに激しく続いている。
「――向こうも、片付けないと」
ムサシが再び刀を握り締め、その視線を巨大な獅子へと向けた。
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