200話 重なる力、届く拳
二人は再び構えを取り直し、じりじりと間合いを詰めていく。
互いの呼吸が重なった、その刹那――クラウスの姿が視界から掻き消えた。
「――速いっ……!」
次の瞬間、視界の端から漆黒の爪がねじ込まれる。
リュウジィは咄嗟に両腕を交差させ、迫る爪を受け止めた。
ガキィンッ!!
ファフニールの生地が激しく軋み、凄まじい衝撃が腕を突き抜ける。
何とか裂け目は免れた。
ファフニールの防御効果で、身体が貫かれる事はない。だが、受け止めきれなかった衝撃が骨の髄まで響き、両腕が一瞬で痺れ上がった。
「――ぐっ……!」
足元が大きく揺らぐ。
体勢を立て直す間すら与えず、クラウスが一気に踏み込んできた。
「オブシディアン・ラッシュ!!」
黒い魔力が宿った、左右の爪が、目にも留まらぬ速さで連続して叩き込まれる。
ガキンッ!
一撃目を受け止める。
だが、衝撃が腕を押し下げるよりも早く、二撃目が襲いかかった。
ガキィンッ!!
「――ぐっ……!」
リュウジィはとっさに腕を構え直し、二撃目を受ける。
しかし、クラウスの爪は止まらない。
右、左。
受け止めるたびに腕が弾かれ、足が半歩ずつ後退していく。
ドゴッ! ゴッ! ドゴンッ!!
最後の一撃が、ガードの隙間を正確に突き抜けた。
漆黒の爪が、リュウジィの鳩尾へ叩き込まれる。
「――ぐはっ!!」
肺から空気が一気に押し出された。
内臓を直接握り潰されたような激痛が腹部を駆け抜け、リュウジィの身体が大きく吹き飛ぶ。
「――リュウジィ!」
タツヨが叫ぶ。
その声と同時に、タツヨは自ら前へ躍り出た。
「――こっちだ、化け物!」
地を蹴り、クラウスの正面へと鋭く割り込む。
「ファントムウィップ!!」
青い光をまとった拳が、クラウスの懐へ一気に突き込まれた。
ドッ! ドッ! ドッ!
短く鋭いジャブが、凄まじい速度で連続する。
一撃、二撃、三撃。
拳は大きく振り回されない。
最短距離を走る青い光が、クラウスの身体へ次々と突き込まれ、残像だけが幾重にも重なっていく。
タツヨは足を止めず、クラウスの爪が届く間合いを細かく変えながら、直線的なジャブの連打を叩き込み続けた。
クラウスが爪を振るい、迎撃に転じる。
だが、タツヨはわずかに身体を滑らせ、迫る爪を紙一重でかわした。
爪が空を切る。
その直後、タツヨの拳が再びクラウスの懐へ突き込まれた。
「――ッ!」
青い光をまとった連打が、クラウスの巨体をわずかに揺らす。
しかし、次の瞬間――。
クラウスが鋭く反撃に転じた。
爪が横薙ぎに振るわれる。
タツヨは咄嗟に右腕を掲げ、襲い来る爪を前腕で真正面から受け止めた。
ガキンッ!!
衝撃が腕を突き抜け、骨まで激しく痺れる。
「――くっ、重すぎる……!」
腕が押し下げられる。
それでもタツヨは足を止めなかった。
両足を踏みしめ、全身で爪の圧を受け止める。
「――ぐっ……!」
クラウスの爪が、さらに押し込まれる。
タツヨの足元の石畳が、ミシリと軋んだ。
それでもタツヨは、その場で必死に踏みとどまった。
その緊迫した間隙――。
リュウジィは壁に手をつき、荒い息を必死に整えていた。
「――はぁ……はぁ……」
腹部に走る痛みを押し殺し、顔を上げる。
(まだだ……終わってたまるか……)
目をぎゅっと閉じ、大きく息を吸い込んだ。
血管を巡る内功の熱い流れへと、意識を深く沈めていく。
身体の奥から、熱が湧き上がった。
内功の循環が、傷ついた身体の隅々へと駆け巡る。
その流れに呼応するように、ファフニールの特殊な繊維が熱を帯びた。
漆黒の生地に走る真紅と黒のタイガーストライプが、筋肉の動きに合わせて鮮烈に脈打つ。
(合わせろ……お前の力と、俺の全力を……!)
内功の循環が加速する。
ファフニールの身体強化が、それに重なる。
さらに、両手の人差し指に嵌められたニーズヘッグの指輪から、竜の力が身体の奥へと流れ込んだ。
これまで別々に流れていた力が、深く一つに重なっていく。
身体強化が重なり、発勁の力が一気に膨れ上がった。
真紅と漆黒のタイガーストライプが、より濃く、より鮮烈に脈打つ。
「――まだ、いけるっ!」
リュウジィがカッと目を見開く。
壁を強く蹴り、身体を跳ね起こした。
「――待たせたな、タツヨ!」
「遅えんだよ!」
タツヨがクラウスの爪を激しく弾き返しながら叫ぶ。
ガキィンッ!!
クラウスがタツヨへの追撃を放とうとした、その瞬間――。
リュウジィが背後から凄まじい勢いで間合いを詰めた。
「なに……ッ!」
クラウスが振り向きざまに爪を薙ごうとする。
だが、リュウジィの拳の方がわずかに速かった。
リュウジィの拳が、クラウスの脇腹へと突き込まれる。
激しい炎をまとった拳が、巨体の懐へ深く食い込んだ。
その瞬間、内功とファフニールの強化によって凝縮された力が、拳の一点へ集約される。
さらにニーズヘッグの指輪がもたらす純正の発勁が、拳の表面で止まらず、クラウスの分厚い肉体の奥へと突き抜けた。
「崩拳ッ!!」
ドォォォンッ!!
脇腹で炎が爆ぜた。
拳が肉を打ち抜いた衝撃が、クラウスの内部を激しく揺さぶる。
巨体の表面だけが揺れたのではない。
脇腹から入り込んだ破壊力が、腹部を貫き、背中側へまで突き抜ける。
クラウスの巨大な躯体が、大きく仰け反った。
「今だ、タツヨっ!」
「おうよっ!」
タツヨが即座に呼応する。
クラウスの側面へと踏み込み、隙だらけとなった身体へ渾身の拳を叩き込んだ。
「ファントムストレート!!」
パァッキイィィィッ!!
青い光をまとった拳が、クラウスの巨体を打ち抜く。
リュウジィの崩拳で崩れた体勢に、タツヨの拳が重なった。
二重の衝撃がクラウスを襲い、その巨体が大きくよろめきながら後退する。
「――ちぃっ……!」
クラウスが苛立たしげに舌打ちを漏らした。
踏みとどまろうとするが、足元が大きく揺らぐ。
それでも倒れず、クラウスは再び爪を構え直した。
「まだ逃がさねぇ!」
タツヨが地を強く蹴る。
再び間合いを詰めた。
クラウスの爪が凄まじい速度で振り上げられる。
狙いは、タツヨの顔面。
「――ぐっ……!」
タツヨはとっさに腕を掲げ、ガードする。
爪がメタリックブルーの前腕へ叩きつけられる。
ガキンッ!!
顔面への致命的な一撃は、何とか防ぎきった。
だが、凄まじい衝撃が腕全体を痺れ上がらせる。
「――くっ……!」
それでもタツヨは怯まなかった。
爪を受け止めた腕を押し返し、さらに一歩踏み込む。
「スーパーマンパンチ!!」
タツヨが空中へ跳躍した。
全身の力を乗せた拳が、クラウスの頑丈な顎へと突き上げられる。
ゴギィンッ!!
拳が顎を正確に捉えた。
クラウスの頭部が、凄まじい勢いで大きく仰け反る。
「今だ、リュウジィっ!」
「おうっ!」
リュウジィが地を強く蹴り飛ばした。
身体の奥で巡る内功を、拳の一点へと集める。
ファフニールの身体強化とニーズヘッグの竜の力が重なり、拳の周囲に激しい螺旋の炎が巻き起こった。
炎はただ燃え上がるのではない。
螺旋を描きながら拳へ収束し、突き上げる力そのものをさらに増幅させていく。
リュウジィは、その力を逃がさず、真っ直ぐに突き上げた。
「鑽拳ッ!!」
ドォンッ!!
螺旋を描く炎をまとった拳が、クラウスの脇腹をえぐるように深く突き刺さった。
拳が食い込んだ瞬間、螺旋状の衝撃が脇腹の内部へと侵入し、肉と筋肉を抉るように回転する。
外側を打ち抜くだけではない。
一点に凝縮された発勁が、クラウスの身体の奥へ深く食い込み、内部から巨体を揺さぶった。
「――ぐ、ぬぅっ……!」
クラウスの巨体がぐらりと傾いだ。
脇腹を押さえることもできず、身体が大きく揺れる。
そのまま片膝をつきかけた。
だが――。
クラウスは、倒れなかった。
「――まだだ……! 私は、こんなところで終わらん……!」
凄まじい咆哮が大広間に響き渡る。
次の瞬間、全身から漆黒の靄が再び激しく噴き上がった。
黒い靄が身体を包み込み、周囲の空気が一気に重くなる。
爪の刃が、先ほどよりもさらに鋭く、不気味に伸びた。
「――来るぞっ!」
リュウジィが叫ぶ。
その声と同時に、クラウスが床を強く蹴り抜いた。
石畳が砕け、巨体が一瞬で間合いを詰める。
疾風の如き猛スピード。
両の爪が同時に振るわれた。
「――っ!」
リュウジィとタツヨは咄嗟に左右へと跳び分かれた。
鋭利な爪が二人の間を通り抜ける。
ズシャァァッ!!
二人が直前までいた場所の石畳が、深くえぐり取られた。
砕けた石片が宙へ舞い、床に叩きつけられる。
「――このままじゃ、キリがねぇぞ!」
タツヨが息を弾ませながら叫んだ。
「いや……」
リュウジィが荒い息の合間に静かに呟く。
視線の先にいるクラウスの巨体には、数々の激しい負傷が刻まれていた。
脇腹には崩拳と鑽拳の痕跡。
顎にはタツヨの拳による衝撃の跡。
全身には、これまでの攻防で刻まれた傷が残っている。
「――確実に、削れてる……!」
リュウジィが拳を握り直した。
決して楽観できる状況ではない。
クラウスの爪は、先ほどよりも鋭くなっている。
だが、着実に追い込んでいる。
二人は再びしっかりと構えを取り直し、目の前のクラウスと鋭く向き合った。
クラウスもまた、漆黒の爪を構え直す。
大広間に、再び緊張が張り詰めた。
決着の時は、もうすぐ目の前だった。
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