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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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198話 黒獅子、猛る




同じ大広間の反対側では、ミライ・ムサシ・カミラとヴォルグの死闘が同時に幕を開けていた。


リュウジィとタツヨは、クラウスと向かい合っていた。


「行くぞ」


クラウスの声とともに、サーベルタイガーの相貌が大きく歪む。黒い毛並みが逆立ち、輪郭が膨れ上がっていく。


「ショウ」


短い掛け声一つ。


獣人の姿が、さらに獰猛な獣王の姿へと作り替えられていく。


「グ、オオオオオオオオッ……!」


巨大な漆黒のライオンの幻影を背後に纏った、黒いたてがみの獣。


獣王憑依。


「ゴ、ゴゴゴゴッ……!」


大広間の床が、その質量だけで軋む。石片が浮いては砕け、周囲へと散った。


肌がひりつく圧力が満ちる。


呼吸するだけで肺が押し潰されるような、絶対的な捕食者の気配だった。


「ぎちり、ぎちりッ」


嫌な音を立て、太い指の先から爪が伸びていく。


鞘から抜かれる無数のダガーのように、一本一本が鋭利な刃と化した。


拳ではない。


刃だ。


これまで対峙してきたどんな敵とも、根本から質の違う殺気。


闘うのは二度目だが、二人の勘が、悲鳴じみた警鐘を鳴らした。


その圧力に呼応し、リュウジィの全身の血管を凄まじい熱が駆け巡る。


単なる内功の循環を超え、ファフニールの意志が肉体を破壊の器へと作り変えていく感覚。


リュウジィの内功とファフニールの身体強化の重ねがけ。


漆黒の生地の上を、真紅と漆黒のタイガーストライプが波打ち、裂け目を埋めるように金色の光が明滅する。


竜が猛虎の意匠を借りて降臨したかのような、禍々しい色彩だった。


タツヨが両腕を胸の前で大きくクロスさせる。


「バチンッ!頼むぜアトラス!」


それに答えるように、両手首のブレスレットが光を弾け飛ばし、タツヨの両腕の上腕をメタリックブルーの金属質が肘の先まで一気に覆い尽くした。


双拳のアトラスのガントレット、第三形態。


二人は左右に分かれ、クラウスを挟む位置を取った。


無言。


冗談も軽口も、挟む余地はどこにもない。


「消えた……!?」


タツヨが叫んだ瞬間、クラウスの姿が掻き消えていた。


消えたのではない。


それほどの速度で、間合いを潰していたのだ。


「ヒュンッ!」


刃と化した爪が、リュウジィの顔面めがけて振り抜かれる。


頬をかすめる冷たい風圧。


喉元に走る冷たい感触。


「っ――」


リュウジィは半身を切り、大きく退いて躱した。


数センチ届いていれば、顔ごと抉られていた。


「ダンッ!」


クラウスは地を蹴り、超高速でタツヨへ一気に距離を詰める。


爪の刃が肩口へ叩き込まれた。


タツヨが左腕を掲げてブロックする。


「ガキンッ!」


硬質な音とともに爪がメタリックブルーの腕に弾かれ、火花が散る。


骨まで響く衝撃に、タツヨは両足の靴底で石畳に深い溝を刻みながら後退した。


リュウジィは床を蹴った。


姿が陽炎のように歪み、次の瞬間にはクラウスの懐に深く潜り込んでいる。


「劈拳ッ!!」


余計な予備動作を排した、最短距離の一撃。


赤黒い炎を纏った掌が、空気を圧縮しながら真っ直ぐに突き出される。


だが、クラウスは体を横に開き、するりと軌道の外へ抜けた。


「速すぎる……!」


「ブォンッ!」


掌は空を切る。


次の瞬間、逆手の爪が弧を描いて横殴りに振り抜かれた。


「ビュッ!」


リュウジィはとっさに首を振って躱す。


頭髪が数本、宙に舞った。


「グルァッ!」


間髪入れず、クラウスは三撃目を放つ。


反対側の爪が、下からすくい上げるように突き上がった。


「シュンッ!」


リュウジィは上体を後ろへ逃がしたが、爪の先が顎の先をかすめる。


皮膚が薄く裂け、一筋の血が滴った。


「ダンッ!」


クラウスはすかさず床を蹴り、標的をリュウジィからタツヨへ切り替えた。


左、右、と繰り出される爪を、タツヨがアトラスの装甲と化した腕で受け止める。


「ガキンッ、ガキンッ!」


甲高い音が大広間に反響した。


その一連の動きを目の当たりにし、二人の背筋が同時に冷えた。


前回、幾度も互角に打ち合った拳の重さとは、まるで比べ物にならない。


今のクラウスは、力でも速さでも技でも、当時の自分たちの手が届く場所からとうに抜け出していた。


リュウジィとタツヨは、二人とも防戦一方だった。


かわしても追いつかれる。


受ければ骨まで軋む。


じりじりと押し込まれていく。


「クソッ、やっぱつえええ……!」


タツヨが吐き捨てた。


技量を尽くしても、二人がかりでなお埋まらない絶対的な格の差が、冷酷にそこに君臨していた。


「ダンッ!」


クラウスは再び床を蹴ってリュウジィへ切り返し、爪を突き入れる。


「ヒュンッ!」


リュウジィは辛うじて上体を反らし、爪の先を紙一重でやり過ごした。


だが、息をつく間もない。


クラウスはすぐに床を蹴ってタツヨへ間合いを詰め直し、そのままの勢いで顔面めがけて爪を突き入れた。


「ぐっ!」


「ズシャッ!」


タツヨは咄嗟に顔を背けたが、頬を爪の先が薄く裂いた。


熱い痛みとともに、鮮血が石畳へ飛び散る。


歯を食いしばり、それでもタツヨは踏みとどまった。


「タツヨ!」


「こんなのかすり傷だ!」


叫び返す声に余裕はない。


荒い呼吸が二人分、大広間に響く。


クラウスは唇を吊り上げながら笑ってる。


「ハッ、ハッ……その程度か」


低く嗤う声に、侮蔑の色が滲んでいた。


リュウジィが石畳の床を蹴って一気に距離を詰める。


ファフニールのタイガーストライプと金色の残像が流れる。


螺旋を描く炎を纏った拳を突き上げた。


「鑽拳ッ!」


だが、放つ寸前、クラウスの爪の方が一瞬速かった。


「ドンッ!」


逆手の爪が二の腕を真横から叩き、拳ごと軌道を刈り取る。


ファフニールの生地は裂けなかったが、凄まじい衝撃にリュウジィの体は横向きに弾き飛ばされ、石畳の上を転がった。


「くっ……!」


痺れの残る腕を庇いながら、リュウジィは奥歯を噛んで立ち上がる。


腕の感覚が、まだ半分戻っていなかった。


(ファフニールの防御力がなかったら、腕が飛んでた)


「クソッ……このままじゃ、削られるだけだ」


タツヨが荒い息の合間に呟く。


二人がかりでも、埋まらない格の差は立ちはだかったままだった。


そのとき、リュウジィの脳裏に閃くものがあった。


――力じゃない。流れだ。二人で一つの拳になれば……!


今までは、それぞれの間合いで、それぞれに戦っていた。


だが今、目の前にいるのは一人の敵だ。


ならば――


「タツヨ、俺が崩す。頼む」


短く言い放つと、リュウジィは地を蹴って超高速で間合いを詰め、爪が振るわれる軌道の内側へあえて飛び込んだ。


「ドンッ!」


爪が胸元へ叩きつけられる。


ファフニールの生地は裂けなかったが、骨の髄まで痺れる衝撃が突き抜け、一瞬、踏み込んだ足がもつれかけた。


それでもリュウジィは体勢を立て直し、止まらない。


「崩拳ッ!!」


竜の顎を象るような赤黒い炎を纏った拳が、クラウスの鳩尾を深くえぐり貫いた。


「ドォォォォォンッ!!」


表面を弾く手応えではない。


内側の力同士が正面から拮抗し、爆ぜる。


クラウスの巨体が大きく後方へよろめいた。


「ぐ、ぬっ……相変わらず厄介な力だ……!」


クラウスが忌々しげに唸る。


「今だ!」


タツヨはその隙を見逃さなかった。


「ダンッ!」


地を蹴って一気に距離を詰め、青い光の弾丸と化した拳を叩き込む。


「ファントムウィップ!!」


「ドッ! ドッ! ドッ!」


「グ、ゥ……!」


一撃、二撃、三撃。


マシンガンじみた連撃が、顔面、頬、顎を的確に打ち抜く。


クラウスの巨躯が幾度も揺れた。


だが、反撃は一瞬で牙を剥いた。


爪が振り上げられ、強引に反撃へ転じる。


「まだだッ!」


「ズバァッ!」


爪がタツヨの頬をかすめた。


皮膚が裂け、血が噴き出す。


それでもタツヨは歯を食いしばり、拳を止めなかった。


攻防はここから幾度も入れ替わった。


炎を纏うリュウジィの拳が崩し、タツヨの拳が叩く。


クラウスが凌ぎ、爪で押し返す。


「ドッ、ガキンッ、ズバッ」


絶え間なく打撃音と斬撃音が入り乱れ、決定打が出ないまま、拮抗した攻防が続いた。


「はぁっ……はぁっ……!」


息が上がる。


汗と血が飛び散る。


だが、その中で二人の呼吸が確かに揃い始めていた。


「タツヨ、来るぞ!」


「分かってる!」


声を掛け合うだけで動きが繋がる。


今まで届かなかった連携が、ようやく噛み合い始めていた。


クラウスが苛立たしげに咆哮する。


「グオオオオッ! いつまで……!」


その苛立ちこそが、隙だった。


「ファントムストレート!!」


タツヨの畳みかけた右腕が、渾身の剛腕を叩きつける。


「パァッキイィィィッ!!」


凄まじい破壊音とともにクラウスの巨躯が仰け反り、圧倒していた男が、じりじりと後退を始めた。


「行けるぞ、リュウジィ!」


「うん――このまま、押し切る!」


クラウスが態勢を立て直そうと爪を振るう。


リュウジィが最小限の動きでそれをいなし、懐へ潜り込んだ。


そこへタツヨの拳が続けざまに突き刺さる。


「ゴッ! ガッ! ゴッ!」


鈍い打撃音が連続で響き、クラウスの体が石畳を削りながら後退していく。


クラウスがよろめきながらも、なおも爪を構え直す。


決着には、まだ遠かった。


「まだ……まだだ……!」


低く唸りながら、クラウスは再び太い両腕を大きく振り上げる。


追い詰められてなお、その闘志は消えていなかった。


リュウジィとタツヨは、荒い息のまま互いに目配せを交わす。


まだ終わらない。


もう一段、押し切らなければ。


二人は再び構えを取り直し、じりじりと間合いを詰めていった。

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